第210話、榛名「夢だと思いましたか?いえいえ現実ですよ」
大変お待たせしました。
書き上がりましたので投稿します。
「……夢?」
目が覚めると、何事もなかったかのようにベッドにいた。
「いやっ……でも、あれは」
恐ろしい記憶が残っている。
はっきりと鮮明に。
昼寝の夢だと思いたくても無理があった。
「……い、行くか」
意を決してベッドから立ち上がる。
玄関で靴に履き替え、重い足取りで扉を開けた。
「……」
歩けば歩くほど、静かな廊下だと意識する。
それが不気味に思えて、背筋に悪寒を錯覚してしまう。
「……」
そして辿り着いた最上階。閉ざされた扉を開けると、その光景に息を呑んだ。
「っ……やっぱり」
白いマットは無くなっているが関係ない。
そこは間違いなく、自分と葉月が戦った屋上だった。
「うっ…」
足がすくむ。同時に吐き気にも襲われ、迷わず階段を降り始めた。
「くっ…」
そして徐々に思い出される戦いの記憶。
可憐な容姿に反して、その中身は全くの別物。
そんな彼女に圧倒され、自分は敗北したのだと理解する。
「っ!?」
なら、どうして自分はベッドで眠っていた?
「はぁ!はぁ!はぁ!」
それを意識した瞬間から、自分は階段を走っていた。
辿り着いた扉を乱暴に開け、靴を脱ぐのも忘れて部屋を見回す。
「……ぅ」
あった。
彼女は確かに訪れていた。
意識の無い自分をベッドまで運び、その上で居間に証拠を残していったのだ。
【二ヶ月】
メモ書きのように残された小さな付箋。
だが重要なのは、その付箋が貼られた紙にあった。
「葉月っ……本気なんだなっ」
それは宝くじ。
自分が眠っている間にそれを見つけ、見えやすくテーブルに置いたのだ。
そして二ヶ月の意味。
それは彼女が勝負に付けた条件で間違いない筈だ。
『退学を引き伸ばす』
それが二ヶ月間。
もし約束を破れば……いや、考えなくても分かる。
脅迫するように宝くじが堂々と置かれているんだ。
葉月を敵に回せば、間違いなく自分は終わる。
名前と共に情報が拡散され、どこかの高額当選者の失敗談みたいな結末を遂げてしまうだろう。
そうならない為に、選ぶ道は一つしかなかった。
『ピンポーン』
「っ!?」
部屋に響いたインターホン。
それが最悪のタイミングで鳴り響き、心臓の鼓動が跳ね上がる。
恐る恐る玄関まで踏み込み、息を殺してドアスコープを覗いてみた。
「……?」
扉の前には見覚えのない少女が立っている。
切り揃えられた長髪にシミひとつない肌。
年齢は自分と同じくらいに見えるが、その容姿は整っていて好ましい。
だが、しかしだ。
どんなに綺麗で好かれそうな見た目でも、このタイミングは怪し過ぎる。
よく見たら、服に一つの乱れもない。まるでインターホンを鳴らす前に、念入りにチェックしたかのように不自然である。
(ま、まさかっ!?)
声を出しそうになり、慌てて口を塞いだ。
あんな綺麗な人が、知らない相手に対して身なりを完璧に整えてやってきたのだ。
その理由は当然、一つしか思い浮かばない。
(宝くじ……まさか葉月が……いや、でもどうしてっ!)
理由は分からない。だが今はそれしか思い浮かばないのだ。
そして今の状態で初対面の、それも何かを企んでいる少女を相手にするのは無理があった。
やり過ごそう……。
足音を立てないよう、慎重に居間へ向かう。
だが運命は残酷にも、自分を崖へと追い詰めてきた。
『やん〜で〜れの〜、かな〜た〜へと〜』
(もう…どうしてっ…)
意識が飛びそうになりながらも、ポケットに手を伸ばす。
そして表示された名前に、殺意が沸騰するように込み上げた。
(榛名ぁ貴様かぁあああああッッ!!)
躊躇もなく電話を切り、ピッチャーフォームでソファーに投げ入れる。
だがもう遅い。背後に降りかかった理不尽な試練からは逃げられないのだ。
(くっ…!)
覚悟を決めて居間に戻り、インターホンのドアホンに手をかける。
それを握れば相手に物音が伝わってバレる。だが今となっては遅いことだ。
そしてドアホンを手に取り、
「……はい」
「初めまして!あの、隣に引っ越す予定の者ですが!」
明るい声で語りかける彼女。
だが怪しさはプンプンだ。
最初から警戒心のない笑顔と弾ませた挨拶。
変だ。不可解だ。怪しさマウンテンである。
裏に邪な考えがない限り、そんな媚を売るような女の笑顔はしない。
これは完全に取り繕っている。
他の男は騙せても、俺だけは騙されない。
(ここは)
塩対応…………いや、違う。
向こうは俺の弱みを握っている可能性があるんだ。
ならここは、レモン汁対応でいこう。
話は聞く。それも笑顔で。優しい声で。爽やか精神で。
だが言葉だけは酸っぱくする。
相手に反撃の隙を与えない。
口に酸っぱいものを詰め込むが如く、相手に不快感を抱かせて早急にお帰り願おう。
よし、いざ!
「あの──」
『序列第四位の四弦昼愛倫です!よろしければ直接ご挨拶をさせて下さい!』
…………俺、何か悪いことしたかな?
読みに来てくれてありがとうございます。
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