第209話、さやか「もう限界なんですよ。あの子は」
お待たせしました!書き上がりましたので投稿します!
第207話の会話の続きからです!
「街で見つけて……【幸運向上】を使った……」
や、山本?
どうして山本が出てくる?
確かに宝くじが関われば幸運だったかもしれないが、山本とは関わりは無いはずだ。
「広樹は何かを求めて、手に入れた……運がないと、難しくて手に入らない……大きなものを」
声が小さくてよく聞き取れない。
だが怖い。まさか遂に俺の弱みを……?
「放課後に寄り道……商店街を通った……」
い、いいいっ今商店街って!?
マズイ!商店街からの記憶は本当にマズイ!
その先は本当にヤバいんだ!
「その奥……銀行の建物で……小さな窓口で……何か買ってた?」
「うっ!?」
ま、まだだコノヤローッッ!
まだ当てずっぽうだ!微かに見える記憶を推理しているだけなんだ!
そうだ!そうに違いない!希望を捨てるな俺!
「斉木から聞いた……山本の能力……運向上って……その後、羨ましい気持ちになって……」
斉木との会話が暴かれる。
順を追って、その日の出来事を見るように葉月が語る。
「それで運試しをしたくなった……その数日後、次は大きな銀行に行った」
事件に巻き込まれ、詩織と出会ってしまった悪夢の日。
本来、その日は夢のような大金を──
「そこで結果を受け取るために」
葉月が代弁する。はっきりと耳にした。
そこに迷いはなく、その瞳は答えに辿り着いたと語っていた。
「……宝くじ……高額当選」
終わった。
駄目だ。バレてる。
今日ほど葉月を怖いと思ったことはない。
だって既にスマホを開いてSNSを掲げてるもん。
子供が持つ最大の武器を有効活用しようとしてるもん。
「……おめでとう」
もはや目の前にいるのは純粋無垢な少女じゃない。俺の残りの人生を破滅に追い込める危険な少女だ。
「……おめでとう」
二度目の死刑宣告。もう相手はこちらの返事を待つのみである。
こうなったら選択肢は一つしかないじゃないか。
くっ!退学まであと一歩だったのに!
「……しょ、勝負の内容は?」
その言葉を聞き、葉月は口元を小さくて吊り上げて──
────。
────。
それは序列者集合会議が開かれる数日前。
葉月は届けられた映像に心を奪われていた。
「……」
「これは……思い出していますね」
オーストラリアで起こったテロ事件。そこに深く関わった日本支部は、当然テロでの情報を共有する権利があり、そこにはsoldierの戦闘記録も含まれていた。
「不完全ですが、オーストラリア支部の序列第一位、彼女の能力によって一時的に思い出されたかと思います」
「……さやか」
「何でしょうか」
「予定変更……薬の準備をお願い」
「薬?まさか【万全到達】のですか?」
映像から目を離さずに、少女は小さく頷いた。
「しかし、あれはまだ実験段階で」
「いい…」
葉月の無茶ぶりに、さやかは頭を軽く抱えてしまう。
「……分かっていると思いますが、バレないようにやって下さいね」
その言葉に、葉月は言葉を曇らせた。
「……」
「本当にお願いしますよ!」
その意図の掴めない童顔に、さやかは「本当に大丈夫だろうか」と心配な面持ちをかぶる。
恐らく彼女は無理にでも実行する。それほどに我慢し、耐えてきたのだから。
「……」
そしてポンと、さやかの腹部に拳を当てる葉月。
「こっちもお願い……昔みたいに」
「ええ。承知しています」
映像を閉じ、共に部屋を出る。
長い廊下を進んで、二人は誰もいない白い広間に足を踏み入れた。
「ここに来るのも久しぶりですね」
そこは校長の計らいで用意してくれた、葉月だけの専用スペース。
監視カメラはなく、誰の目にも触れない。ここは葉月の気持ちを優先して設計されていた。
「久しぶりですね。葉月の真正面に立つのは」
「……いい?」
「ええ。いつでも──」
そして数分後──。
「…………世界が逆さま」
「それはそうでしょう。投げてひっくり返ってるんですから」
床に倒れている葉月。
その頭上でさやかは苦笑いで見つめていた。
「能力に頼りきった生活の弊害ですね。私が作ったCQCが完全に消えてます」
「……」
「これは取り戻すのは大変ですよ。それでもやりますか?」
「…………やる」
────。
────。
「はぁ……」
溜め息を吐き出す広樹。
勝負内容は葉月が決める事になって五分。
ただ待ってるよう言われ、何もせず玄関で待機していた。
準備する。そう言い残していたが、どこで何を準備するのか全く想像がつかない。
そして何故だが、背中に違和感を感じる。
葉月にライトエールで刺された辺りだ。
少し痒いようで、鈍い痛みを感じる。
シャツの下から背中に手を伸ばし、ビームで刺された箇所を掻いてみた。
「ん?」
何か剥がれたような…………え、血?
戻した手を見てみると、微小だか血の跡と、小さな瘡蓋が取れていた。
まさかライトエールの影響?
原因を考えようとしたが、すぐに中断してしまう。
扉の奥から足音が聞こえ、彼女が姿を現した。
「…来て」
葉月に先導され扉を出る。
そして周囲の光景に目を疑った。
「き、霧?」
「……」
屋外が白一色。道路の通行人はおろか、近くにある建物すら見えなくなっていた。
「なんで霧がこんなに深く…」
「……」
少女は何も反応を示さず、階段を登り始めた。
小さな足は迷う気配を見せず、人気のない空間をただ進む。
そして辿り着いたのは誰もいない屋上。
来るのは初めてだ。だが絶対に無いはずのものがあり、自身の瞳に二度目の疑いをかけてしまう。
「な、なんでマットが?」
屋上全面に敷き詰められた白いマット。踏むと弾力があり、劣化もない。まるで新品同然だった。
「は、葉月さん?ちょっと理解が追いつかないんだけど?」
「……」
「は、葉月さーん?」
無言を貫く少女は奥で立ち止まると、
「勝負の内容は……相撲っぽい何か?」
首を傾げて疑問っぽく言う葉月。
いやいやいや!
言ってる本人も言葉に迷うってどういうこと!?
「三回……マットにダウンしたら負け」
それ違う!相撲違う!
「壁際に武器もある……非殺傷用……自由に使っていい……必要ないと思うけど」
壁網にはゴムナイフがズラリと並んでいた。
「は、葉月さんっ?い、色々と説明が足りないと思うんですけど……」
主にマットとゴムナイフについて。
これは明らかに葉月が用意したものだ。
だが一体どうやって揃えた?
こんなの一人では到底用意できるとは思えない。
ん?ちょっと待て、
よくよく考えてみれば、こんな大掛かりな事を、葉月一人で用意するのは不可能だ。
なら、考えられる可能性は……
「葉月、ドッキリのプラカードはどこにある?」
「……ドッキリ?」
え?違うの?
「……ああ」
葉月は理解したように一言呟き、
「昔と同じ反応。……だから、前と同じやり方で教える」
葉月はゴムナイフを一本取ると、慣れた動作で構え、こちらに向かって投擲し──
「ちょ!?」
一直線に飛んできたナイフをギリギリ躱す。
咄嗟に反応できたのは奇跡だった。
そしてすぐ背後で破裂音が鳴り響き、
「は、葉月……様?」
爆散したゴムの塊を見て、俺のメンタルは土下座した。
本能が葉月に謝れと叫んでいる。だがもう一つの思考が心を更に震わせていた。
葉月の要望は『退学を引き延ばせ』である。
期間は聞いていない。だが数ヶ月単位であれば、身の毛もよだつ脅迫だ。
つまり彼女は俺に、危険なピラニアを大量に放ったプールで過ごせと言っているのだ。
今の葉月の身体能力を目撃して心から確信した。
こんなに小さい葉月でもコレなんだ。
だったら俺と同年代の学生はどうなんだ?
もし喧嘩を売られ、本気でこられたらどうなる。
そうなればピラニアに食い散らかされた地獄絵図。血の香りが漂うブラッドプールの出来上がりである。
「前はスポーツカーだった」
え、何が?
やだ怖い。
「今回も……あれを投げれば良かった」
まさか投げた事あるの?スポーツカーを?
ないよね?嘘だと言ってお願いします!
さっき前と同じ反応って言ってたけど、まさか誰かに投げて解らせたの?え、本当に?
そして何故だか、葉月とスポーツカーをセットで想像したら、身体中に謎の悪寒が駆け巡ってるんですけど?
え?なんで?なんでなの?心臓がバクバクなんだけど?
「その表情……懐かしい……」
嬉しそうに声音を微笑ませる葉月。
その懐かしい表情を見せていた誰かは今も生きてる?
切実に教えて頂きたいお願いします。
「でも……本番はこれから」
「ちょ、待っ──」
待ってくれ。そう言おうとした刹那、視界が横にブレた。
「ちょっとぉおおおお!?」
「ん?」
気づけば葉月が横に立っており、蹴りを入れた後の姿がある。
だがその表情は何故か、小さな驚愕を浮かべていた。
「どうして……頭をガードできたの?」
「ど、どうしてって……」
分からない。気づけば葉月の蹴りを両腕で受け、衝撃の反動で転びながら距離を取っていた。
自然と腕が出たとしか言いようがない。
だが運が良かっただけだ。次はない。
「は、葉月。もう辞め──」
「どこでその構え方を知ったの?」
「え?」
葉月に指摘され、それを理解する。
心は呆然となっていたはずなのに、身体は勝手に備えていたのだ。
「……じゃあ」
葉月が姿勢を低くした瞬間、足が反射的に曲がる。
理解よりも先に、目で見るよりも先に、己はマットを蹴って宙を飛んでいた。
「っ!?」
そして眼下にいたのは、超低位置から回し蹴りを見せる葉月の姿。
もし宙を飛んでいなければ、その蹴りは間違いなく受けていただろう。
「なら…」
足捌きを駆使し、一瞬で次の行動に移った葉月。
風を切り裂く音を靡かせて、瞬く隙も与えない突貫を見せる。
まだ着地していない自分は回避を許されない。
そして少女の構え方で予感する。
次は拳を打ち込む気だ。
その引き締めた小さな拳は、間違いなく自身を突き刺しにくると。
だが──
「え?」
気づけば己の手は、少女の指と絡み合っていた。
葉月は拳を打ち込もうとせず、当たる直前で握力を解き、掴み掛かろうとしていたのだ。
それを先読みしたかのように、身体は勝手に動いていた。
「まだ」
反対の手が襲い掛かる。
それも掴んで動きを止めてしまおう。そう思った。
だが身体は間違っていると言うように勝手に動き出す。
意識に反して、身体は少女の手から逃げた。
片方の手を絡ませたまま足を動かし、少女の小さな身体を振り回す。
「っ!?」
そして遠心力を限界にまでに押し上げて、渾身の力で少女を頭から叩きつけた。
重たい音が足の裏から伝わり、同時に恐怖が生まれる。
咄嗟の事とはいえ、年下の女の子を本気で叩きつけたのだ。
後悔しても遅い。事実、葉月は──
「お返し」
「なっ!?」
強い衝撃が左耳を襲う。
理解しきれないまま、身体はマットを弾んで壁に打ち付けられた。
「受け身……復習しておいて良かった」
首を撫でながら、落ち着いた様子で呟く葉月。
「お互い……一回ダウン」
そう言って、少女は体重を前に傾けて、
「あと二回……」
────。
────。
そこは序列者達が集まる集合会議の場である。
「本当にいいんだな?」
「ええ。問題ありません」
さやかに最終確認をとり、降磁は要請書に名前を書き入れた。
【受注者:白姫葉月】【確認者:真守義降磁】と。
既に書き込まれていた序列第二位の名前だが、二重線を引き、上から消印を押して解決していた。
「主人の判断か?」
「いえ、私個人の判断です」
「主人は納得するのか?」
「しませんよ。だから私だけでお世話をします」
葉月の姿をした人工知能は、軽い口調でその要請書と資料を受け取った。
「もし何かあれば葉月に助けてもらいます。嫌がられるとは思いますが」
童顔に笑みを張り付けて、さやかは己の主人の苦い表情を思い浮かべる。
「力比べで言えば、葉月は戦闘学最強ですから。アイリ・エデルマンが暴走したとしても抑えられます」
「否定は出来ん……だが、肯定も出来んな」
「それは、本気の葉月に勝てる誰かがいると、そう言う意味でしょうか?」
降磁の言葉に興味を抱くさやか。
「事実として言っているのなら興味がありますね。ぜひ葉月と会って頂きたいものです」
「嫉妬か?」
「いえ、純粋に存在してほしいんですよ。葉月と同じ実力を持った人間は貴重ですから」
そして寂しそうに従者は語った。
「私の知る限り、あの娘を本気にさせる人間は、過去に一人しかいませんでしたからね」
────。
────。
「もう……逃げられないよ」
「ま、待って葉月さッッ〜〜いや葉月様ッッ!!」
冷たい壁を背にしながら、悲鳴と差し違わぬ声で叫んだ。
もう年上としての矜持やプライドなんて無い。
そこにあるのは食うか食われるか。
この屋上はもはや弱肉強食の殺シアムなのだから。
「いくよ」
「ヒィイイイイっっ!?」
砕けるような炸裂音。
紙一重で避けた一蹴は、背後にあったコンクリートの外装を難なくと粉砕した。
そして葉月の攻めは、それだけに止まらず、
「ノォッオオオっっ!?」
壁を蹴って急転身。
身体の負担を想わせない次への転換。
風圧を翻す音を全身で奏で、小さな手は自身を掴みにかかったきた。
「くっ…」
だが紙一重。
呼吸を荒くしながらも、なんとか逃げ切れている自分がいる。
だが奇跡に等しい偶然の連続だ。
もしかしたら既に自分は気絶していて、悪夢を見ているかもしれないと何度も感じたことか。
それほどに彼女の闘争心は異常なものだった。
逃げよう。扉は近くにある。
「逃がさない」
俺の視線で察したのか、葉月の意識は扉に向いた。
数十キロはあるであろうマットの一枚をめくり上げ、唯一の通路へと乱暴に塞ぎ入れた。
「くっ…!?は、葉月っ、どうしてこんな事をっ…!!」
情けない声で彼女に聞いた。
退学を引き延ばして欲しいという理由だけで、こんな危ない舞台を用意した彼女の意図がまったく読めない。
そんな哀れな俺の姿に、葉月は表情を下に落とすと、
「……本当に、分からないの?」
分からない。
「私と闘って……何も感じない?」
恐怖。
「懐かしかったり……見覚えのある感覚だったり……」
いや恐怖一色。
「本当に、何もないの?」
いや、本当に恐怖しか……。
これ言ったらますます怒りそうで言えない。
「……やっぱり……【万全到達】でも足りない」
何も言えなくなってしまった俺に、葉月の声音が暗く染まる。
そして揺らめくように姿勢を下げ、小さな青瞳は的を絞った。
「……もう……いやだ……」
…………ん?
今の葉月の瞳……見覚えがある。
どこで見た?
おかしい……何かが頭の中に浮かんで……
『──次は右拳が来る。今までより早く。重たい一撃が』
突如、脳裏で誰かが囁いた。
『真面に受け止めるな。上体を逸らして、ぎりぎりで捕まえろ』
不思議と違和感はない。
それは自然と耳に入ってくる声だった。
『捕まえたらすぐマットに倒せ』
懐かしい感覚を身にしながら、誰かの言う通りに葉月の突き出した右拳を躱して、細い腕を捕まえた。
そこから逃さぬよう、関節の曲がらない方向に移動し、マットに叩きつける体勢に入る──だが、
『これは……駄目だっ!今すぐ腕を離せ!くっ…!もうやらないって約束したはずなのに!』
苦渋に震えた声だった。
その指示に従おうとするが、反応が遅れてしまう。
それは一瞬、動きを止めてしまった自分がいたからだ。
脳内の声が取り乱し時、その声の主は姿となって視界に浮かんだ。
その正体は紛れもなく自分──そして、
『葉月は腕をへし折って無理やりに─』
ボキッ!と。
瞬間、小さな身体から砕ける音が鳴った。
その音の正体に気づく前に、葉月の息が頬を優しく撫で、
「もう……やだよっ」
涙に震えた声。
それを最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
読みに来てくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




