【第40話】武器を選ぼう
「次はどこへいくの?」
ポケットの中で、姿を消したままのヒスイが尋ねた。
「武器屋だよ。剣を買おうと思ってさ」
「ご主人様も武器を使うの、です?」
「うん。戦う度に、手が魔物の血とかでベットリになるのは……気持ち悪いから」
生活魔法・洗浄で洗い流せるとはいえ、あの感覚はやっぱり好きになれない。
「ああ、あの店かな?」
通りの先に、こじんまりとした構えの店が見えた。
軒先には武器屋を示す黒く変色した、金属製の看板。
『怒りの葡萄』
ロランが教えてくれた店に間違いなさそうだ。
「ヒスイ、もう暫く姿を消しておける?」
「はい、なの」
姿消しには、それなりに魔力を消費する。
「魔力、大丈夫?」
騒ぎになるのを防ぐ為、ヒスイには宿を出てからずっと、姿消しを使って貰っていた。
「平気なの、です。ご主人様の傍にいると、お腹の辺りがじんじんして、身体が熱くなって魔力が溢れてくるのです。ヒスイはもう……もう……」
「あの、ヒスイ……?」
相変わらず、誤解を受ける様な表現だが、大丈夫という事だろう。
意味はよく分からないが。
「こんにちは」
シリューは、武器屋『怒りの葡萄』のドアを開け、そっと中を覗いた。
ロランさんが教えてくれたところによると、この店に主人、ドワーフのギールはかなりの偏屈者らしい。
カウンターの奥にそのギールがいた。
身長は140cm位で、がっしりとした筋肉質な体躯。
顔中髭に覆われ、ぎょろりとした目でシリューを睨んでいる。
「……」
いらっしゃい、もテンプレの帰れ、もない。
ただ無言。
「剣が欲しいんだけど」
ギールは畏まったのが嫌いだから、敬語は使わず、要件を言えばそれなりには対応してくれる。
決してひるんだり、遠慮したりしてはいけない。
シリューはロランから教わった通り、堂々とそしてはっきりと、要件を伝えた。
「……」
ギールは、またも無言で顎をしゃくり、傘立ての様なものに、無造作に立てられた剣の束を指した。
『500』
値段の書かれた木札が打ち付けられている。
500ディールなら、ほぼ捨て値の中古品だろうが、この中から気に入った物を選べという事らしい。
シリューは【解析】を使い、さっと剣の束を見ていく。
どれもこれも手入れはされているが、値段相応の物ばかりだが、二振りだけ目を引く剣があった。
シリューはその二振りを手に取り、一振りずつ鞘から抜いて確かめる。
“ 黒鉄の剣 ”
黒鉄製・1184年製造・剣工ドワーフのドレフト・金額1万ディール
“ 魔鉄の剣 ”
魔鉄製・1136年製造・剣工ドワーフのバダス・金額1万7000ディール
シリューは、剣の値段に息を呑んだ。
二振りとも、こんな無造作に扱われる様な物ではない。
店の主人であるギールが気付いていない筈もない。
と、言う事は、これは客を試しているのだろう。
二振りとも、みすぼらしい鞘に納められているのも、おそらく客の目を欺く為。
シリューは片方の口角だけを上げ、笑った。
「これを貰うよ。二振り1000ディールでいいんだよね」
さあ、どう反応するか……。
「……お前……なんでそいつを選んだ……」
ギールがようやく口を開いた。
低いしゃがれ声だが、思ったよりはっきりと聞こえる。
「あー、何となくかな? 剣に呼ばれた様な気がしたんだ。これで一振り五百ディールなら、まあまあお買い得かな」
ギールはまるで値踏みするかのように、じっとシリューを睨みつける。
シリューも同じく、いつもの笑顔で睨み返す。
暫くの間、それが続いたあと、ギールはふっと表情を緩めた。
「ああ、悪いがそれはダメだ。売り物じゃないんでな。お前さんには俺が見繕ってやる。こっちへ来な」
シリューは言われた通り、ギールの前へ立つ。
ギールはシリューの頭からつま先まで、ゆっくりと視線を這わせると、カウンターの後ろの棚に飾られた、一振りの大剣を手に取り、シリューに差し出す。
「こいつを振ってみろ」
シリューは剣を受け取り、鞘から抜いた。
右手一本で上から縦に一閃。
素早く返し上へ。
部屋の中にも拘わらず、大きく空気が唸る。
続いて左から横薙ぎ。右から袈裟懸け。
一瞬も止まらず繰り返す。
「分かった、もういい」
シリューは剣を指先でくるりと回し、鞘に納める。
まるで、剣の重さなど無いかの様な扱い方だ。
「とても、片手で扱える様なもんじゃないんだがな……」
ずっしりと重さのある大剣を受け取りながら、ギールが驚いた顔で呟いた。
人間よりも優れた膂力を誇る、ドワーフや獣人なら分かるが、シリューは線も細く力で押すタイプには見えない。
だが、ギールにはシリューの欠点も見えた。
「確かに、力はあるし、スピードも申し分ない。けどなぁ……お前さん、素人か?」
「うん、まあね。剣は何回か習った程度だよ。才能は無いって言われた、スピードを活かした戦い方をしろって」
シリューは大げさに肩を竦め、両手を上げた。
「なるほどな……、打ち合うよりも、ヒットアンドアウェイか……。ならロングソードより、ショートソードの方がいいかもな」
「出来れば、片刃で、同じものが二振り欲しい」
「双剣か……まあお前さん程のスピードと力があれば……」
シリューは振り向いて、さっきの二振りの剣を見た。
「オイオイ、ありゃダメだぞ。売りもんじゃ無いって言ったろ」
「……分かった、あれは諦めるよ」
「ああそうしてくれ。その代わりお前さんに合った物を出してやる。なんか、希望はあるか?」
シリューは顎に手を添え、少しの間考える。
「……うん、そうだね。駆け出しの冒険者が持つのにふさわしい、そこそこの物が欲しいかな」
「駆け出しで……そこそこだと?」
ギールは髭で殆ど隠れた口角を上げて、ニヤリを笑った。
「分相応って事か。待ってな、今持ってくる」
そう言って、奥の扉へ消えてゆく。
扉を開いた時、隙間から少しだけ覗いたが、そこが工房になっているようだ。
「おや、今日は私服でお出かけかい?」
「はい、孤児院のお仕事もお休みなので」
恰幅のいい、人の好さげな中年の寮母に声を掛けられ、神官の少女はにっこり笑った。
神殿の敷地内にある寮は、神官なら無料で利用できる。
「あんた、又やっちゃったんだって?」
寮母の言っているのは、昨日の騒ぎで壊した街灯の事だろう。
「……はい……神官長から、めちゃ怒られましたぁ……それに修理代も……」
少女は涙目で俯いた。
「まあ、気を落としなさんな! ここなら、ただで寝泊まり出来て、ご飯もたべられるんだからさ」
寮母は、少女の背中をぽんっと叩いた。
「……はい、ありがとうございますぅ……」
「で、何処に行くんだい? まさかデートじゃないだろ?」
「ち、違いますよぉっ。散歩がてら人を探そうと思って」
少女は慌てた様子でそう言った。
「ああ、昨日の男の子かい?」
「はい、それもあります……」
少女には、神教本部から与えられた任務もあったが、それは口に出す事はできなかった。
「あんまり遠くへ行かないようにね」
「え?」
少女はきょとんとした表情で聞き返した。
「あんた、レグノス(ここ)に来てからもう二か月だろう? それなのに未だに道に迷って、帰れなくなるじゃないか……」
「な、だ、大丈夫ですぅっ。子供じゃないんですからっ、ちゃんと一人で帰れますもんっ」
両手の拳を胸の前に置き、少女は口を尖らせた。
「そうかい……、ならいいんだけどねぇ」
寮母は目を細め、穏やかに笑った。




