【第39話】買い取り額、マジですか?
次の日の朝。
シリューは早めの朝食をとり、両替の為商人ギルドへと向かった。
『果てしなき蒼空亭』は、レノが(自分の実家ではあるが)自信をもって薦めてくれただけあって、長期で滞在するには申し分のないものだった。
この街での相場が、一泊二食付きで10ディールから(勿論、素泊まりなら更に安い)、という事だからかなり高目ではあるが、60ディールを支払う価値は十分にあった。
部屋は中々の広さで、ベッドの他に、ローテーブルのついたソファーセット。
隅にはシンプルな形の平机と椅子も置いてあり、細かな作業も出来る。
何よりシリューを喜ばせたのは、トイレ、洗面台に加え、風呂が各部屋に備えられていた事だ。
それに、宿屋の主人、ようするにロランの旦那さんの作る料理は、上品だが何処か庶民的でとても美味しかった。
今の所、一度も本人を見ていないが……。
「さて、次は……」
商人ギルドで両替を終えたシリューは、今日これからの予定を頭に浮かべる。
先ず冒険者ギルドで、魔物を売った代金を受け取る。
それから武器と防具屋。
常識外れの魔法と超強化された身体で、素手で充分過ぎる程戦えるシリューに、今更武器や防具が必要なのかと問われれば微妙だが、冒険者となった以上、何となくそれなりに見えるようにはしたい。
割と形から入る方なのだ。
お薦めの武器屋と防具屋は宿の女将のロランが教えてくれた。
実は冒険者ギルドでレノに尋ねたのだが、公平を期すため、武器屋や防具屋、魔道具や装備品を扱う道具屋などの斡旋は出来ないとの事だった。
シリューは冒険者ギルドに赴き、レノと共にワイアットの待つ倉庫へ。
いつもは知らないうちに、関わる人々を驚かせるシリューだったが、今回は自分が驚く事になった。
「……幾らって言いました?」
「18万9022ディール50アストだ」
頭の中で換算した額に、シリューは全身から血の気が引く思いがした。
日本円で約5600万……、有り得ない。
「お、おかしいでしょ、その、額……」
シリューの声が震える。
「な、おいおいっ、誤魔化してなんかないぞっ。ちゃんと今の相場に合った単価だ」
そう言ってワイアットは明細を突き出す。
「ほら、説明するから、ちゃんと明細を見ろっ。レノ、頼む」
「はい。まずグロムレパードですが、とれた肉が2000kgで8万ディール。骨や牙、角、爪、内臓などが二十頭分で2万ディール。魔石二十個はどれも非常に良好な状態でしたので、1個3000ディール×二十個で6万ディール。合わせて16万ディールになります」
レノは更に続けた。
「ハンタースパイダーは、魔石3個で8千100ディール。外骨格、牙、毒袋が三体分で3600ディール。それに糸線が4千600×3つで1万3800ディール、合わせて2万5500ディールですね」
糸線とは、ハンタースパイダーの腹の部分にある、糸を作る器官で、伸縮性に優れ非常に強い糸を作る事が出来る。
これは、死んだ個体から取り出した後も、専用の魔道具と組み合わせる事により、一定の量を採取出来るがあくまで消耗品の為、何時でも需要がありクエストが発注されている。
「今回は糸線一個につき、1000ディールのクエストが発注されていますので、三個で3000ディールが加算されます。ただ、ギルドに加入前の討伐と入手でしたので、今回はお金の支払いのみで、クエストの加算はできないのですが……」
「ええ、問題ありません」
加えて、ゴブリンは魔石20ディール、素材10ディール。十二体で360ディール。
アルミラージが、魔石10ディール、肉9kg22ディール50アストの五体で162ディール50アストとなっていた。
あまりの格差だが、G級のゴブリンやアルミラージとE級のハンタースパイダーやグロムレパードでは、魔石も素材も段違いの性能になるらしい。
それにしても……。
「……18万……」
一介の高校生が、易々と手にしていい金額ではない気がして、シリューは自分でも顔が蒼ざめているのが分かった。
ここにもしナディアが居たら、おそらく満面の笑みを浮かべて、一矢報いた事を喜んだだろう。
いや今頃は屋敷で、シリューの蒼ざめた顔を想像しほくそ笑んでいるかも知れない。
「納得したか?」
ワイアットが尋ねた。
「……はい」
「で、全部買い取りでいいのか?」
そう言われて、シリューはさっきの説明で気になった部分を思い出した。
「グロムレパードの肉って、食べられるんですか?」
グロムレパードの肉が2000kgで8万ディール。100g4ディールは牛肉で考えれば、シリューの様な庶民にはなかなか手の出ない高級品だ。
「ああ、勿論。滅多に口に出来ない高級品だぞ。幾らか持って行くか?」
いざという時の為に、食料は持っていた方がいいだろう。
「そうですね、じゃあ200kg程……」
「分かった、200kg分の8000ディール差し引いて、18万1022ディール50アストだな。他はいいか?」
「ええ、残りは全部買い取りで」
「よし、なら交渉成立だ。今金を持ってこさせるから、引き換えに受領書にサインを頼む」
シリューは事務員の持ってきた、バッグに入った現金を受け取り、受領書にサインして、ガイアストレージに収納した。
「ああ、それとな……」
そのまま立ち去ろうとしたシリューを、ワイアットは思い出した様に呼び止めた。
「お前さん、アントワーヌ家……ナディア嬢とはどんな関係なんだ?」
シリューは少しの間考えた後、振り返り口を開く。
「ワイアットさんは、ナディアさんと知り合いなんですか?」
「ああ、ナディア嬢の父親、ジョン・ヘンリー・アントワーヌ卿とは昔からの悪友……」
「そっちかぁーっ!」
シリューは何故か、ガッツポーズをとった。
「おいおい、一体何の事だ?」
シリューはきっぱりと答える。
「あ、こっちの話ですから、気にしないで下さい」
「いや、気になるわ!」
「そこそこ楽しめたので、失礼します」
シリューは踵を返し出口に向かう。
「お、おい、まだ話は……」
出入口の前で立ち止まり、シリューは軽く振り返る。
「ナディアさんの手紙には何て?」
「いや、お前さんとの関係については、何も……」
「じゃあ、俺から話す事は、無いですね」
シリューはそう言って、涼し気な笑みを浮かべ、倉庫をあとにした。
シリューの後ろ姿を、眉をひそめて見送るワイアットに、隣に並んだレノがぽつりと声を掛ける。
「……何か……上手くはぐらかされましたね……」
「ああ、そうだな……」
「彼……何者でしょう?」
ワイアットは葉巻の煙をゆっくりと燻らせる。
「……まあ、敵じゃあないだろう。味方とも限らんが……」




