【第355話】陰謀は渦巻く
広大なアストワールの森の中心部を越え更に北東へ進んで行くと、美しかった森はその様子を変え、非常に多くの樹々が日の光を完全に遮り、昼間でさえ夕闇に包まれたように薄暗く、陰鬱で禍々しい空気の漂う地帯となっていた。
夜の森。もしくは魔境。
アストワールの森に住むエルフたちはその一帯をそう呼び、足を向ける者もほとんどいない。
ところがこの一週間ほど。
闇の中を徘徊し、もくもくと作業を続ける一団があった。
松明の灯りを頼りに地面を掘り、そこに拳大の魔石を埋め、埋め戻した後を丁寧に草で覆い隠し、最後に三人の魔導師が何やら呪文を唱える。
それを一日に十か所ずつ。最終日の今日、全部で七十か所に魔石を埋めた。
「さあ、これで最後だよ。とっとと終わらせて、こんな辛気臭い所からおさらばしようじゃないか」
赤い目をした魔族の女、エカルラートは作業する男たちに向かって言った。
教団の命令とはいえ、この場所は到底好きになれない。
場所もそうだが、この作戦の指揮を執るのがあのオルタンシアだという事も気に入らない。
更に、この作業自体にどんな意味があるのかも、作戦の内容もエカルラートには知らされていなかった。
「まったく、毎日毎日、歩かされてばかりで、嫌になるよ」
「歩くだけでいいんだ、楽なものだろう?」
ぼやくエカルラートに、無表情なまま慰めの言葉をかけたのは闇ギルド『リプサリス』の構成員、糸使い『闇切のノワール』だ。
アルフォロメイ王国を中心に活動する彼ら『リプサリス』、合法非合法を問わず金次第でどんな依頼にも応える、いわば裏の冒険者ギルドである。
顧客の依頼に主義や思想を問わないリプサリスは、魔神教団とも少なくない繋がりがあった。
今回ノワールの受けた依頼は、エカルラートと共にこの作業の一団を護衛する事。
「楽、ねぇ……ま、確かに……」
魔境とも呼ばれる夜の森には、アストワールの森と比較にならない程恐ろしい魔物が跋扈すると言われている。
エカルラートもノワールも、当然かなり厳しい仕事になると考えていたのだが、蓋を開けてみれば何の事はない。
魔物よけの携帯用魔法陣が魔素の濃いここでは効率よく働き、この一週間、魔物の襲撃を受けたのは僅か二回。
どちらもグロムレパード数体の群れだったが、ノワールとエカルラートの敵ではなかった。
「でも、あたしはもっと刺激が欲しいとこだね」
どの方向に進んでいるのかさえ分からない暗い森の中を歩き、男たちの作業を黙って眺める。
ただそれの繰り返し。
案内役の二人は、地図も無しにどうやって方向を決めているのか。
三人の魔導師たちが何のために、大量の魔石を埋めているのか。
エカルラートは何度か尋ねてみた事がある。
だがいずれも返答は「お前が知る必要はない」だった。
腹は立つものの、教団ではよくある事だ。
この連中でさえ、本当の目的を知らされていないのかもしれない。
「この連中、お喋りもしないんだから。まったく、こっちまで陰気臭くなりそうだよ」
これ見よがしなエカルラートの嫌味にも、男たちはまるで反応を示さない。
「ま、あんたとは気が合うかもねぇ」
エカルラートは、傍らに黙って佇むノワールをちらりと見るが、
「かもな」
帰ってきた言葉はその一言のみ。
このノワールという男も、ほとんど仕事に必要のある会話しかしない。
それでも何故か、エカルラートはこの男を気に入っていた。
「ねえ、あんたはどう思う?」
無駄と分かってはいるが、あえて尋ねてみる。
この一連の作業が、一体何なのか。
「そうだな……ただ意味もなくこんな事をするはずがない。同じ事をしているのが、俺たちだけとも限らない……」
ここ夜の森からほど近い距離には、世界樹がそびえ立つエルフの国がある。
「まあ何にせよ、俺には関係ない事だ」
最後の作業が終わり、ノワールたちは夜の森を後にするのだった。




