【第347話】逆転
かなり際どい状況だった。
ユニヴェールリフレクションは、三発の火球に耐えられずあっさりと崩壊してしまった。
全方位に展開した障壁放電でさえ、最後まで消滅こそしなかったものの、次々と着弾する火球の爆風を抑え込む事はできなかった。
白の装備でなかったら、確実に命を落としていただろう。
もし何とか耐え抜いたとしても、光球を迎撃する余力など残らなかったはずだ。
シリューの脳裏に、少年の姿をした世界の管理者『メビウス』の白いフードから覗く笑みが過る。
「さすが神話級のアーティファクト。気に入らないけど……今回は感謝しとくよ、メビウス……」
それでも、爆発による衝撃波と熱を完全に防ぎ切れたわけではない。
骨や内臓に損傷はなさそうだが、押し潰されたような激しい痛みは全身に及んでいる。
眩暈がするのは、爆発音によって内耳障害でも起こしたせいだろう。
とにかく、ぎりぎりのところではあるが危機は回避できた。
おそらくこれまでの行動パターンから、光球を使った後しばらくの間イロウシュットは大規模な攻撃を仕掛けてこないはず。
実際、損傷した頭部の再生と二発の光球とで、相当な量の魔力を消費したらしく、イロウシュットは今のところ完全に沈黙している。
活発に飛び回り攻撃してくるのは、生き残っている多数の翼竜だけだ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ここから、一気に逆転、と行きたいところだけど……」
シリューは再度、思考加速を掛けた。
A、B、Cに加えて非存在と、合わせて四つの状態を不規則に繰り返すイロウシュット。
〝確率は1/4、か……〟
一体を集中攻撃するにしろ、三体同時に攻撃するにしろ、有効打を与えるには手数勝負になる。
だが、その程度のダメージではすぐに再生されてしまうだろうし、だからといって、一撃で倒せる程の技はそう何度も繰り返して使えない。
じりじりとした消耗戦になれば、こちらが先に疲弊し倒れてしまうか、相手が魔力を使い果たして撤退するかのどちらかだ。
〝一体に集中か、三体同時か……。1体、三体……同時……ん? まてよ、もし三体を元の一体に纏める事が可能なら……〟
イロウシュットは魔素による幻体を作り出し、その幻体間を不規則に入れ替わり動いている。
〝その動きを止めるには、どうすればいい……〟
敵を空間ごと斬り裂ける、メビウス・ディストラクションなら或いは……。
〝いや、ダメか……メビウス・ディストラクションは覇力で無理矢理、亜空間と現空間を繋ぐ事の出来る技だ。現空間の複数個所を繋ぐ事はできない〟
もちろん、非常に強力な技であるのは間違いない。
〝まてよ……そうだ、三か所の魔素を、一か所に移動させる事ができれば……〟
動きを止める。移動させる。
「あ……」
シリューは、以前ハーティアと交わした会話を思い出した。
「なあ、それって、荷物を移動させたり、魔物の動きを止めたりできる?」
「重さによるわ。普通は自分で持てるくらいの重さが限界だけれど、貴方ならそうね、荷物満載の馬車とか、ブルートベアでもいけるかもね」
「それ、戦闘に使えるかな?」
「かなり難しいわね。理力を使うには理論的な思考が必要だけれど、それを戦闘中に行う余裕も時間もないでしょう? 落ちるカップを止めるのとは訳が違うわ」
「理力、か……」
そこで思考加速を解除する。
通常の時間では僅か数秒しか経っていない。
シリューは直人たちと合流するため、眩暈と痛みを堪えながら地上に降りた。
沈黙を続けるイロウシュットを油断なく監視し、翼竜の群れを蹴散らしながら、仲間たちもシリューのもとへと集まって来る。
「僚!」
そんな中誰よりも先に駆け寄り、よろめくシリューの左腕をしっかりと握り、背中に手を回して身体を支えたのはパティーユだった。
「大丈夫ですか、シリューさんっ」
少し遅れて駆け付けたミリアムは、迷う事なくシリューの右腕を抱きかかえて寄り添う。
「すぐ治療しますね」
それから傷の具合を確認もせずに、治癒魔法を掛けようと右手をシリューの胸にかざした。
「いえ、それでしたら私が」
パティーユも、何故か先を争うように治癒魔法の詠唱に掛かろうとする。
「いや、二人とも待って。大丈夫、そこまで酷い傷じゃないから」
「でもっ」
「ですが」
大丈夫、とは到底見えないシリューの状態に、二人ともなかなか引き下がろうとしない。
「ホントに、必要なら自分でやるから。それに、二人にはまだ、やってもらわなきゃならない事もある」
今はまだ戦いの最中、過剰な魔力消費は抑えるべきだ。
「そう、ですか……」
「それならば……」
快く、には程遠いものの、二人は一応頷いてみせた。
「そんな事より、皆に伝える事があるんだ」
「そんな事?……」
聞き捨てならないとばかりに、眉をひそめるミリアムとパティーユ。
「むぅ……」
それでも、あえてそれ以上の事を口にしたりはしなかった。
「さっきの、レイを何発も何発も撃ち込んでた、アレか?」
急降下してきた翼竜を斬り伏せ、振り向いた直人が尋ねる。
「やっぱり、何か思いついたのね」
分かっているわ。ハーティアは確信を持ってそう続けた。
相変わらずの過剰な信頼。
それはミリアムの影響だろうか。
シリューはフェイスカバーの下でフッと口元を緩めた。
「援護が必要なら遠慮なく言ってくれ、シリューくん」
執拗に纏わりつく翼竜を両断した後、マスクに隠されたシリューの目を見つめたクリスが力強く拳を掲げる。
それこそが自分の役割だと、確信している表情だ。
「話をするには、ちょっと騒がしいかな」
シリューは空を見上げ、
「ガトリング!!」
瞬く間に、群がる翼竜をせん滅した。
「相変わらず、規格外ですね……」
恵梨香は大きな溜息を零す。
「でも、静かには、なったよ」
「うん、そだね……」
ほのかと有希も、乾いた表情でぽつりと呟く。
「時間が無いから、手短に説明するよ」
それからシリューは、イロウシュットの正体について、現段階で判明している事を簡潔に説明した。
「確率……そんな事が……」
「まさか、一体しか存在しないなんて……」
恵梨香とほのかは、にわかには信じ難い事実に表情を強張らせる。
「それでさっき、三体全部に同じ傷が見えたのか」
不可思議な現象にも明確な答えがあると知った直人は、少しだけ口角を上げた。
「でも、存在しない確率もあるって……ちょっとメンドくない?」
大げさに肩を竦めた有希が、言葉とは真逆の不敵な表情を浮かべる。
「今まで通り、一体に集中して攻撃するしか、ないんでしょうか……」
ミリアムは眉根を寄せて呟く。
もちろんそれも一つの作戦ではあるとはいえ、どうしても決定打に欠ける。
「魔法で攻撃して、吸収する瞬間を覇力と武器で狙ってみては?」
ハーティアの意見は理にかなっているものの、イロウシュットが必ず魔法を吸収するとは限らない。
攻撃を受ける危険性を察知した場合、あえて魔法を回避する可能性がある。
真っ先に排除するためシリューに攻撃を集中させたように、イロウシュットが明らかな学習能力とそれなりの知能を持っているのは確かだ。
「消耗戦になるのかな? まあ、それも望む所だが」
気負う事もなく、クリスはそれが何ら特別な事ではないというかのように微笑む。
「どんな作戦でも、完璧にこなしてみせます。僚、指示を」
パティーユが、決して疑うことのない眼差しを向けた。
全員の視線がシリューに集まる。
「絶対、とは言えないけど……」
そう前置きをするものの、シリューの声に迷いはない。
「先ずは、イロウシュット三体を一体に……いや、存在確率を100%にする」
「え!?」
誰もが耳を疑った。




