10-5
ザマス眼鏡が実に面倒な雰囲気を醸し出す。
事務官などと自称していたがその面影はない。寧ろ戦士と思える程面倒な気配をしている。醸し出す面倒さは外にいる連中と大差ないように思える。
もっとも俺の探知できる気配は素直な力の強さを示すものではないけれど。
兎も角、ここから本格的な話し合い、但し力で。ということなのだろう。
この展開は分かり切っていた。というよりもこうなることが分かり切っていたので色々とせせこましく動いていたわけでそれなりの準備はある。
だが闇雲に戦闘しても意味はない。
主人公様の様に力で跳ね返して終わりとはいかない。
寧ろ、ただ力を見せて敵を退ければかえって脅威と判断されかねない。ある程度戦闘後の事も考えておかなければならない。
我ながらあれこれ考えすぎだと思うが仕方がない。
主人公様方はノリで生きられるのかもしれないが友人Aでしかない俺には色々と根回しが必要なのだ。
取りあえず単なる戦闘になる前に出鼻を挫かせてもらおう。
緊張感を出しているザマス眼鏡には悪いが出来るだけ気の抜いた口調で語り掛ける。
「好戦的になっているところ悪いですが戦いませんよ、自分は。面倒ですし」
「それはどういう意味かな?」
「そのままの意味ですよ。戦って、戦って、それでどうなるんです。生憎自分は面倒な事はしたくないんですよ」
初めて俺から語り掛けたのでザマス眼鏡は動きを止める。
しかし俺の言葉は期待したものではなかったらしく目に見えて落胆する。
はっきりと見せつけるようにため息をつき強い言葉を出そうとするザマス眼鏡。
それが声になる前にこちらから言葉を続ける。
「それにあなた方も出来れば自分を殺したくはないでしょう? それでいいなら初めからそうしているはずですし。態々こんな茶番をするあたり何か訳があるんでしょう」
「……わけですか。仮にそれがあったとして斎藤くんはそれがどんなわけだと思うのかな」
言葉をかぶせられ多少ぶれるかと思ったがやはりそう甘くはいかない。
こういうところに出てくる人物がこの程度で揺れるはずもないか。
現実は甘くないので真っ当に攻めてみる。
「どうでしょうね。情報なんてありませんから推測でしかないんですが、自分の面倒事は大体主人公様、竜泉寺の所為でしょうね。あるいは御蔭かもしれませんが」
そもそも何故俺が狙われているのかを考えてみる。
確かに俺は大勢に巻き込まれて知らないうちに面倒に組み込まれることを嫌っている。
だからと言ってその面倒をすべて壊したいというような気概はない。
今のところは。
俺程度の不穏分子なら腐るほどいるだろう。それをいちいち潰していくほど彼らも暇ではないだろう。
ならば狙われる理由は俺の力か。
確かに世界最強の逃げ足を持つ人外の子ども、あるいは眷属。そこらの異能者や土地神などより高位の力を持っている。
だが力の大本であるダメ生物さんでさえ放置されているのだから俺の持つ力にもそれ程の価値は無いだろう。
平均からすれば特異であっても特異の中では平凡以下ということなのだろう。
実際主人公様やヒロインからは一段下がる。
結局、俺に見出されている価値など主人公様との関係しかないだろう。
親友、あるいは相棒。
俺自身の感情は置いておくとしてそうみられている。
御話としてみた時、この親友や相棒的立ち位置はかなり重要な人物になる。
主人公が何か躓けば助言し、危機に陥れば後ろから支える。その言葉通り主人公に対して影響力を持ちその歩みを制御出来てしまう。
勿論俺にそこまでの影響力があるとは思わないし何かしたいという意思はない。
彼らに協力するつもりは無いが積極的に妨害するつもりもない。精々彼らに付き従い擦り切れるまで使い込まれるのは御免だと考える程度。今のところは。
本来ならその程度の不穏分子は無視するか切り捨てるか傀儡にするのだろう。
所詮俺などどうにでもなる石粒だ。
だが、親友や相棒の立ち位置が加わると話は変わってくる。
状況を整え人物を配置し物語を作る人々にとってはイレギュラーは排除したいだろう。それも主要人物の直ぐそばに置きたくない。
けれど主人公という柱を大切にしなければならない彼らにとって主人公の親友や相棒という立場は容易に切り捨てられない。
排除したいが容易に手を出せない。
そういう面倒な存在になっているのだろう。
たぶん、俺が切り捨てられ傀儡にとってかわられても誰も気づかないだろう。
見た目や普段の行動では気付くことが出来ない。彼らはその精度で傀儡を作ることが出来るだろう。
見破れる可能性は限りなくゼロに近い。
けれど別物である以上気付くことのできる可能性はゼロじゃない。
だが、ゼロでなければ十分。主人公様はその程度の確率でも気付いてしまうだろう。彼らには確率論など無意味だから。寧ろ可能性がゼロと言われてもひっくりかえせてしまうまである。
そして、そのことに気付いた時、主人公は彼らと決別してしまうだろう。
人を道具として切り捨て傀儡とすることを主人公は善しとしない。
そうなってしまえば彼らがしたかった何かが出来なくなる。
そこまで深刻かは分からないが容易に切り捨てられていない以上俺にはそれなりの価値があるのだろう。
主人公様の所為で面倒に巻き込まれているので主人公様の御蔭で生き永らえていることに感謝したりしないが。
「こんな面倒なことになるくらいなら初めから配役しておいてほしいですね。あなた方がしっかり準備しないから自分が巻き込まれてしまった」
御話的にこういうことがないのは最初から親友あるいは相棒的立ち位置には役者がいるからだ。
科学と魔術の交差点然り、真祖吸血鬼の人工島然り。
それなのに何でもない俺がそこに立ってしまったのは不運でしかない。
あるは彼らの怠慢だ。
兎も角、彼らが排除という簡単な手段に出ないのはそういった理由がある殻だろう。
「斎藤くんの言いたいことは分かった。なかなか面白い思考だと思うけれど仮にそうだとしても何も変わっていないんじゃないかな」
俺の妄想を大人しく聞いていたザマス眼鏡はそっけなく答える。
それも仕方がない。ザマス眼鏡の言う通り状況は何も変わっていない。
彼らが配役を変えることに対しては慎重だがそれも絶対ではない。最悪変えても問題はない。いずれバレたとしてもそれまでにことを進めておけばいいだけの事。
ならば何故こんな事を話しているかと言えば単なる茶番だ。
そのことはザマス眼鏡も分かっているようであっさりと斬り捨てる。
「さて、斎藤くんの言いたいことも終わったようだし始めようか」
ザマス眼鏡がそう言うとキャンピングカーにレーザーが飛んでくる。
そのレーザーは縦横から複数本が等間隔に並び逃げ場なく迫ってくる。その性質がどういうものか不明だがあっさりと車を細切れにしていく。
狭い車の中で徐々に迫りくるレーザー。
この上なく面倒な状況だが意外と落ち着いていた。
というよりもマンガやアニメのように数瞬が伸び色々と考えられる時間が生まれる。この状況はなんだか某生物災害映画のようだなと思えるほどゆとりがある。
取りあえず周囲の状況を確認する。
レーザーを生み出しているっぽい人物は縦横1人ずつ。横の人は車の傍に立っている。縦の人は別の人物と空中にいる。恐らく空を飛べる人に支えられているのだろう。
因みにザマス眼鏡はのんびりと珈琲を飲んでいる。既に冷めきっているだろうにとか、自分も危ない状況なんじゃないかとか色々と思うが気にしないことにする。
伸びたとはいえ数瞬。全てを考える時間は無いので手っ取り早く行動する。
手近な壁を砂に変えそこから勢いよく外に飛び出す。
本来縦横の攻撃なので横に逃げても仕方がないのだが何故か横担当は車の傍から力を使っているので攻撃範囲外に出るのは容易い。
レーザーの制御に何かしら制限が有るのだろうか。気になるところだが考えても結論は出ないので一先ず放置する。
レーザーからの脱出も適当にしない。
他の6人からの攻撃も注意して距離を取る。
脱出して体制を整えると同時に車はサイコロ状にカットされてしまった。
数百万があっという間に鉄くずだ。やってくれたな、と思うが今はそんな時ではない。
どうやって逃げ出したのか不明だがザマス眼鏡はその鉄くずの上で未だに優雅に珈琲を飲んでいる。
そちらも気になるが気を向ける暇もなく人影が飛び込んでくる。
2メートルを超える身長に服の上から分かる隆起した筋肉。その巨躯に合わない素早い速度で間合いを詰められる。
その手には刀の束らしきものが握られており振り抜かれる。
またしても伸びた数瞬で考える。
巨躯の手にあるものは束だけ。だが本当にそれだけのはずがない。当然刀身が隠れているのだろうがそれがどういうものなのかも不明。
御約束でいくなら刀の軌道を読み避けて攻撃をくらうところなのだが、こちらも刀を作りだして見えない刀を受け止めにいく。
刀が見えない何かにぶつかる。やはり刀身が隠れていたのだろう。
受け止めたことで不用意に斬り付けられることは無かったがやはり力量差があるのか受け止めきれず弾き飛ばされる。
だが簡単に吹き飛ばされるわけも無く物質変換で作りだした蛍光塗料を巨躯の剣の軌道上に振りまく。
弾き飛ばされた中で確認すると上手く刀身が浮き出る。
その大きさは案の定普通の刀ではない。どこかの狂戦士が使っているような人のサイズ程の大剣だ。
考えなく躱していれば御約束通り斬られていただろう。
勿論受け止めただけでダメージを受ける類のものも考えられたが、一先ず賭けに勝ち安心だ。
空中で体勢を立て直し油断なく次の挙動を警戒していると攻撃は無く巨躯が口を開く。
「見事だ。この俺の一太刀をいなすとは。おまけにこのインビジブルブレードの特性を理解したうえで対処をするとは。気に入った、お前を私の好敵手と認めよう。我が名はカツキカツミ。ベルセルクのバーサーカーと呼ばれる狂戦士だ」
巨躯の剣士、かっつは堂々と名乗るのだが、これはあかん奴だ。
取りあえず色々と指摘してやりたいのだがその隙すらなく次の人影が現れる。
小柄な体躯。綺麗な長髪に陶器の様な綺麗な肌。美少女の様な形だが特筆すべきは肌に張り巡らされた縫い目とこめかみにある巨大なネジ。
言うまでもなく有名な怪物を彷彿とさせる様子だ。
その怪物様のボクサー顔負けのデンプシーロールが迫る。
その拳に乗る圧力はかなりのモノだが速度は人の限界を超えた程度なのでしっかりと躱す。小学生の様な女性の拳だからと言って無駄に受けてやらない。
気を緩めていたわけではないので危なげもなく数発を躱しきる。
体制を崩すことなく他との連携も警戒するが追従はやってこない。
何故か動きを止めた怪物様はかっつ様と同じように堂々と名乗る。
「さ、すが。カツミの攻撃を受けて生きているだけはある。このフランケンシュタイン3号の攻撃をかわすとは」
そしてまた思う。
こいつもあかん奴だ。
指摘、というよりは言ってやりたいことが募るがまたしても邪魔が入る。
いや、邪魔は良いんだけどどうせ追従するならそれぞれが名乗り終わりを待つなんて悠長な事するなよ、と相手ながらに思ってしまう。
それは良いとして。
次にやって来たのは2つの影。
攻撃は素手や短刀など体術ばかりで一撃ずつはそれ程脅威ではないが上手くタイミングを外し死角を突くようにしてみせるかなりのコンビネーション。
手数が多くちょこまかして面倒だが所詮人の限界を超えた程度。
主人公様やヒロイン様方とは1枚も2枚も落ちるので余裕はないものの躱すだけなら難しくない。
他との連携も警戒したが案の定それは無い。
一通りのコンビネーションとおそらくそれなりの大技を避けたところで2人組は攻撃を止めた。
「我らジキルとハイド、同じ遺伝子から繰り出される一体攻撃をかわすとは中々やる」
「しかし我らジキルとハイドも攻撃を受けてはいない。勝負はまだまだこれからよ」
またしても堂々と名乗る男と女。
見た目や背格好、口調からすると双子なのだろう。
うん、こいつもあかん奴だ。
ザマス眼鏡の事だ、この状況で襲撃してくる人物なのでそれなりのモノなのだろう。
そう思っていたが期待外れらしい。ふざけた連中だ。
色々と考えるべきところなのだが感情が少し先走る。
言いたいことは色々とあるが取りあえず名乗るならしっかりググれカス。
まずベルセルクもバーサーカーも等しく狂戦士という意味だ。
ベルセルクのバーサーカーと呼ばれる狂戦士。
日本語に訳せば狂戦士の狂戦士と呼ばれる狂戦士。
なんかもう阿呆すぎる。
次にフランケンシュタイン3号と名乗ったがそもそもフランケンシュタインは博士の名前であって怪物の名前ではない。
なんだか普通に怪物の名前として定着しているがちゃんと原作を理解してほしい。
それに本物のフランケンシュタインの怪物はかなり知能は高いというし。
極めつけはニコイチ。
そもそもジキルとハイドは二重人格、今で言えば解離性同一性障害の話。
つまり本来1人の人物の事。
勿論人名なので2人にそれぞれつけても可笑しなものではないのだが、男女の癖に同じ遺伝子とか言っちゃうあたりそういう事は気にしていないのだろう。
彼らが双子だったとしても性別が違うという事は二卵性双生児。同じ日に生まれ同じ環境で育つので類似性は高いが遺伝子上は通常の兄妹と変わりない。
仮に世界的に例の少ない一卵性の男女であっても性別が違うので遺伝子が全て同じではない。
勿論こんな事はどうでもいい無駄知識だ。
気に留めるようなことでもない。
ここは本来なら敵意がないことを見せつけるように逃げ回るべきところだ。
しかし色々と色々が混ざった可笑しな状態ではそれが引き金になってしまった。
こちらも色々と面倒に巻き込まれてストレスが溜まっている。
ちょっとばかし本気を出して阿呆どもをどうにかしてやろう。