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姉らしき人物があっさりと倒れた。そのことに反応できないでいると弟らしき人物も撃たれた。
俺が何もしないことで、あるいは我が儘を通そうとしたことで瞬く間に肉親2人を失った。
その事実は俺を苦しめなかった。
確かに嫌悪はある。恐怖もある。
けれど、それだけ。
当然、憎悪も無い。
肉親らしき人物が囚われ自分の名前を叫びながら撃たれる。
それだけを捉えれば怒りが、感情が湧くところなのだろうが生憎既にその感情は無い。
勿論、御話の様に記憶や感情が消されていても何処かに残っていて、なんてことは無い。
それが本当に記憶と感情を弄ったからなのか、元から堪えない人格をしていたのかは不明だ。
勿論、そんな事でも感傷に浸ったりしない。
俺に強く沸き上がったのは人死にに対する恐怖くらい。
やはり死というモノには抵抗があり畏れもある。それもドロドロとしたものが内側で渦巻くだけで呼吸が乱れることもなく気を失うこともない。
あとは精々人が撃たれるという微グロな映像を見せられて萎えたくらい。感情が抱かない人物の微グロ映像などスプラッター映画を見ているのと変わりない。
映像として見せられたという事も人死にに対する畏れや恐怖を緩和させる要因となっている。
見せられた映像は所詮映像。
そんな風に割り切れてしまうのはやはり俺は人間ではないのかもしれない。
そんなものに拘るつもりもないけれど。
それに手を下したのは俺ではない。
この手の交渉では俺に選択肢があってその選択の所為で人が撃たれたと思いがちだがそんな責任は俺にない。
状況を作り選択肢を作り結果行動したのは彼らであり俺ではない。彼らには俺と同じように、いやそれ以上に自由な選択肢があるのだ。
それなのにその責任を俺に求められても困るしそんなところで自己嫌悪に陥ったりしない。
スプラッター映像を大人しく見ているとザマス眼鏡は諦めたようにひとつ息を吐く。
「やはり、この手はダメか」
その言葉に感情は無い。さっき「人間ではない」などと断じて見せた感情は忘れ去られたようであっさりとしている。綺麗な掌返しだ。
そもそもその言葉通り有効打になる策だとは思っていなかったのだろう。
俺が自身の記憶と感情を弄っているのは神崎でも知っていた。この場面で出てくるザマス眼鏡がその情報を知らないはずがない。
それを知ったうえで交渉の札として使うあたりザマス眼鏡たちはやはり真っ当に可笑しいのだろう。
「悪いね斎藤くん、これは冗談だよ。映像は作りものだし、ご家族は御存命だ。一応こちらの方で確保させてもらってはいるけどね。ちょっとはドキッとしてくれたかな。それとも本気で心配しちゃったかな」
へらっと笑ってみせて何事もなかったようにタブレットをしまうザマス眼鏡。
そのふざけた態度に感情は湧かない。相手を苛立たせるのも交渉のひとつ。反応などしてやらない。
そしてその言葉も素直に受け取らない。
彼らは真っ当に可笑しい。それ故に実際に手を下すことに躊躇いはないだろう。さっきの映像は本物で本当にさっき人が撃たれたとしても驚かない。
あるいは本当に映像が偽物かもしれない。全てが全て偽物で撃たれたのは姉でもなければ本物の拳銃で撃たれたわけでもない。完全なるフィクションという可能性もある。
けれど現実は優しくないので本物の両親と姉弟が何事もないとは考えていない。映像は偽物だがそれとは別に亡き者にされている可能性だってある。
仮に生き永らえていたとしても何一つ変わりないなんてことは無い。彼方さんが生殺与奪を握ることになるだろうし都合のいいように色々と弄られていることだって考えられる。
普段通りの日常を送っていてもその日常は偽りの記憶で穢されているかもしれない。
もっとも、彼ら彼女らから既に感情や記憶を奪っている俺が言えた義理ではないのだが。
取りあえずザマス眼鏡のひとつ目の札を受け流す。
感情も態度も変えずに出方を窺っているとザマス眼鏡は考え込むようなそぶりを見せる。
「なるほど。斎藤くんは実に大人だ。そういう子どもを、いやそういう人を振り向かせるにはどうするべきか」
こういった呟きも交渉のひとつだろう。
阿呆な子どもなら変に認められたとうぬぼれたりもする。そして緊張を解いたり助長して足元をすくわれる。こんな事でうぬぼれるのは余程の阿呆だろうけど。
警戒を解かずうぬぼれず、ザマス眼鏡の言葉を待つ。
「そうだね、まず報酬を出そう。ボクらに協力してくれるという表明だけで1000万。加えて毎月500万の報酬を出そう。これは基本給で何か仕事をこなしてくれたら別途で報酬を出そう」
ザマス眼鏡の言う大人に対する方法とは銭らしい。何とも生々しい。
それもただ言葉を出すだけ、表明するだけで1000万とは。
しかしそんなもので頷けるはずもない。
金銭とは何かを得るための道具でしかない。それだけをもらっても意味はない。そしてそれだけの大金をもらっても俺には欲しいモノがない。
マンガにラノベに円盤。
ザマス眼鏡の提示金額の10分の1以下で何とかなる。そしてそれくらいの金額ならお馬さんで何とかなる。
それに1000万や月収500万は決して高くない。
常に面倒に巻き込まれる危機にさらされ命の危機にもさらされる。
そんな非日常を日常とするには安いくらいだ。
否定の意思として大人しく無反応でいるとザマス眼鏡は提案を続ける。
「斎藤くんが望むなら他のモノも用意しよう。地位か名誉か、あるいは女か。そうだね竜泉寺君が囲んでいる女性は無理だけどテレビに出ているような人なら何とかなるよ。流石に何人もとはいかないけれどね」
金の次は女ですか。まあ、妥当なところだろう。
悲しいかな男にとって女性とは報酬となってしまう。それも1人では飽き足らず何人も欲してしまう。
主人公様を見て見ろ。すごいことになっている。
しかし、残念ながらそれも首を縦に振る理由にはならない。
俺も男の子の端くれ。そういったムフフな事に興味はある。それもテレビに出るような人物がもらえるというなら欲しい。そこをいらないとは言えない。当然だ。
しかし、興味がある、それだけだ。
是が非でも、何においてもそれが欲しいわけではない。阿呆な子たちのように女を落とすこと、あるいはやることを至上とはしていない。従えること屈服させることに生きがいも感じない。
在るに越したことは無いが絶対ではない。
くれるならもらうが欲しいわけではない。
そんなものを欲して面倒事に巻き込まれるならいらない。
その程度の事でしかない。
これもまた不発だと悟ったザマス眼鏡は呆れを見せる。
「やれやれ、これもダメというなら手がないな。困ったね」
呆れを見せるがそんなものが本物のはずがない。こんなものは茶番だ。
ザマス眼鏡もこんな提案で協力が得られるとは思っていないだろう。
こちらは譲歩した。こちらは悪くない。断ったそちらが悪い。
そういうポーズだ。
彼らは竜泉寺の手前色々と制限が有る。人道的、モラル、主人公の嫌うことは出来ない。
有無を言わせず力で組み伏せれば主人公様は怒る。けれどもこちらは礼を尽くしたとみせれば一定の理解を得られる。力で従わせることを善しとはしないだろうけれど。
兎も角この困惑はポーズだ。
それっぽい雰囲気を作って見せてそのうち本音がやってくる。
「困ったね。これでは力で従わせるしかなくなる」
ザマス眼鏡が面倒な気配を醸し出して嗤う。
ほうら面倒がやって来た。




