63 準備できない夏休みの計画
ここから四章です。
「もうやだぁぁぁぁ!」
俺の6日ぶりの睡眠は、そんなマリンの絶叫によって失われた。
窓から伸びる光によって作られる影の位置から太陽の位置を推測するに、今は朝のだいたい8時か。うん、3時間眠れた。
6日働いて3時間睡眠。一日平均30分か。
うん、そこそこ眠れてるんじゃないか?
オセオン村に帰ってきたときは10日くらい眠れなかったもんな。
まぁ、俺がいなかった間、パスカルには村長の代行業務を任せっぱなしだったから仕方ないとはいえ、あの時は流石に天国の父さんと母さんを見たわ。
異世界の天国なのに日本で死んだ両親を見ることができるのか、と流石に思った。
あの時、父さんが「お前にはまだやるべきことが残ってるだろ」と言ってくれなかったらあのまま三途の川を渡っていたな。
いや、違うか。父さんがあの時何も言わなかったら、あと3分は眠れただろうな。
「おはよ……よく寝たわ」
心にもないことを言いながら、寝室から居間へと行く。
「おはようございます、スグルさん。朝ごはんできてますよ」
黒猫のぬいぐるみ姿のハヅキちゃんが、今では手慣れた様子で皿にスープを入れて、木の板をカマドの上からテーブルへとかけるとその上に乗って運んできた
テーブルの上にはパンとスープ、それと目玉焼きが並んでいた。
目玉焼きやオムレツは、今ではマジルカ村の定番の朝食になり、鶏肉は定番の昼食と夕食になっている。
ラキアのおかげで、毎朝の卵は順調に取れて在庫も増えてきている。
マリンのせいで(正確にはマリンの元に訪れた水の精霊王ウィンディーのせいで村の地下にいたイートアントが逃げ出した。
その時、地下に水が充満したせいで魔力が流れ出してしまったせいで、ドゥードゥルが再生するための魔力が足りなくなったのか、100匹から97匹に数を減らした。
今はその数のままで維持していた。
目玉焼きに塩を振って、箸で黄身を潰し、白身を切って黄身につけて食べた。
うまい。
そろそろ白米と梅干が恋しくなるが贅沢は言ってられないな。
梅の実がこの世界にあるかどうかも知らないし。
なんて思いながら食事を続けると、マリンが立ち上がって叫んだ。
「もうやだぁぁぁぁ!」
声が響く。
俺も立ち上がった。それにハヅキちゃんも気付いたようで、
「あ、スグルさん、バターなら私が取りますよ」
「いや、このぐらい自分でするよ」
食糧棚の中からバターを取り、バターナイフで切ってパンに塗って食べた。
昨日買ったパンなので固くなってるが、食べれないほどではない。
スープを飲みながら、俺はハヅキちゃんに訊ねた。
「ハヅキちゃん、今日の予定は?」
「今日も午前中は鑑定の仕事ですが、昼からは休みなので家の掃除をしようかと」
「そっか、夕方、ちょっと二人ででかけないか?」
「デートですかっ!?」
「う、まぁ、俺達付き合ってるのに、それらしいこと全くしてないからなぁ」
「うれしいです!」
ハヅキちゃんがとても嬉しそうに言う。
まぁ、出かけるといっても狭い村の中だから行く場所は限られているがな。
そして――
「もうやだぁぁぁぁぁっ!」
三度目のマリンの叫び声に、俺の堪忍袋の緒が切れた。
「だから無理だって言ってるだろ! 何が夏休みだから海に旅行に行きたいだ!」
「お金は出すって言ってるじゃないですか! 行きましょう、海に! 水着もせっかく買ったんですよ」
「水着を買ったのは俺だ」
公衆浴場の覗き騒動の時に買った水着のことだ。ハンゾウから借りたお金だけど。
「だから、無理だって。俺もハヅキちゃんも仕事があるんだし、マリンを一人で行かせるわけにもいかない」
「仕事とマリン、どっちが大事なんですか!?」
「お前は俺の彼女かっ! うざい彼女かっ!」
仕事かマリンの命、どっちが大事かと言われたらマリンの命だけど、仕事とマリンの遊びなら仕事を優先するわ。
「でも、スグルも見ていったじゃないですか。いいなぁ、海って」
「言ったよ。そりゃ、あんなチラシを見たら言うよ」
乗合馬車ができたことで、マジルカ村に訪れる客も増えたことから旅行者を狙った広告チラシが酒場に貼られた。
その中の一枚がミーシピア港国にある国立ビーチの広告だった。
【青い海! 白い砂浜! 美味しい魚料理! この夏はミーシピア国立ビーチへ!】
いいなぁ、とは思ったよ。
でも、現実はいつも厳しい。
馬車で2日、往復4日。1日遊んだとして5日。
俺がオセオン村に行く時5日留守にしたせいでどれだけ仕事が溜まっていたか。
旅行に行きたいなんて言ったらそれこそパスカルに殺されるわ。
そんなことを考えながら、役場で俺は仕事に忙殺されていた。
一昨日から開始した山羊小屋。ハンゾウに頼んで捕まえてきてもらった。
頼みに行ったらハンゾウを遠ざけようとしている、などと勘違いされ、アンナに殺されそうになり、二人でデート気分で捕まえてきて、と頼んだら許してくれた。
まぁ、そんなことで山羊小屋。この管理はドラゴンレンジャーズの持ち回り管理としている。
おかげで山羊肉、山羊乳の安定供給は可能になったが、山羊の毛皮はレアアイテムのようでまだ出現していない。
あと、卵のカードの一部をオセオン村に販売し、そちらも利益をあげている。
そういえば、先日、ジークスから「大陸銀行」が発足したと連絡があり、オセオン村のミラルカから融資がおりたとも報告を受けている。
今頃温泉街建設のために動き回っているだろう。
忙しいのは俺だけじゃないと思うと、少し頑張れる気がしてきた。
だが――
「村長――ミーシピア港国のエレトン様から手紙が来ました」
「エレトン……国長の息子だったよな」
ミーシピア港国の国長はピアンなのだが、結構認知症がひどいらしく、国長の業務はほとんど息子のエレトンが行っている。
ちなみに、ミーシピア港国の長は選挙で選ばれるため、国王ではない。
「何の用事だ?」
「それが……村長に2週間後、直接会って話したい重要な話がある来てほしいと……いかがいたしましょう?」
「……その手紙は本物か?」
マリンの偽造工作じゃないか?
マリンならあり得る。そう思ったが、押されている国印は本物のようで。
「……くっ、仕事が……また溜まるのか…………」
マリンは精霊だけでなく神にも愛されているというのか。
どうやら、今年の夏休みは海水浴になりそうだ。
ヤッホー、こうならヤケだ! 俺も楽しんでやるぞ!
四章の本当のサブタイトルは、
異世界にみんなでトリップしたら俺だけノーチートで地上人代表として人魚の国を盛り上げることになりました
です。どんな話になるのか?
悲しいのか嬉しいのか、評価ポイントが私のもう一つの作品、異世界でアイテムコレクターに抜かれました。あっちも主人公不幸属性はあるけど、やっぱり、チートのほうが人気あるのかなぁ。




