61 鮮血に染まる村おこし -その11 -
確かにアンナさんだ。
だが、その衣装は……ハンゾウと同じ忍び装束。
違いがあるとすれば、顔は明るみにでていることか。
「ハンゾウ……一体何があったんだ?」
「…………」
ハンゾウが無言で答える。
「前に襲ってきたのもアンナさんだったんだな」
前の戦いで、ハンゾウの様子は少しおかしかった。
炎の竜巻が相手に当たりそうになったところで、術を解除していた。
それに、動きも、速いのは速いんだが、どこか手加減をしている様子があった。
「お前、それに気付いていたのか?」
「……いかにも」
そうか、やはり……。
俺はその可能性を考えていないことはなかった。
アンナ、ぶっちゃけ日本人にいてもおかしくない名前だしな。
それに、髪の色も肌の色も、化粧をしているが日本人であっても不思議ではない。
何より、ハンゾウがモテるなんてありえない。
だが、その可能性も、ハンゾウの毒をアンナの持ってきた薬で治療されたとき無くなったと思ってた。
なのに、何故、再度ハンゾウを殺そうとするのか。
「……気を失ってるだけなんだよな」
「うむ、目を覚ましてもしばらくは動けないと思うでござるが……どれ」
ハンゾウはアンナの背中に回ると、背中の肩甲骨の間くらいを膝で強く押した。
「かほっ……」
アンナが可愛い声で意識を取り戻し、眼球を動かして事態を確認しようとしているようだ。
そして――
「やはり負けたのですね……さすがはハンゾウ様です」
「……教えてほしい、あんたは日本人だな。そして、日本の記憶を持っている。違うか?」
俺が訊ねると、アンナは黙って頷いた。
それを知り、ハンゾウ、ミコト、ハヅキちゃんに言う。
「やはり彼女は俺達と同郷で、俺と同じ記憶継承を持ってこっちの世界に来たらしい」
記憶継承……日本人としての記憶を持つ代わり、それ以外のボーナスが得られない。
ただ、覚悟はしていたが、俺と同じ状態のはずなのに、強さは桁違いなんだな。
「……どうしてハンゾウを狙った?」
「ハンゾウ様は忍びの里を抜けました。里を抜ける者には死を――」
「忍びの掟か?」
「はい」
納得はできる話だが、忍びの掟とかそういうの、軽々しく人に語っていいものなのか?
「ていうことはハンゾウを誘惑したのもハニートラップだったってわけか」
そうだよな。ハンゾウに春なんて来るわけないものな。
「それだけは断じて違う。もしもハンゾウ様があの場で私を選んでくれたら、私は共に里を抜け、修羅の道を行く覚悟を持っていた」
「なんだとっ!?」
まさか、ハンゾウは本当にモテていたのか。
「じゃあ、ハンゾウの治療をしたのは?」
「私がしでかしたこととはいえ、ハンゾウ様が苦しむのをあれ以上見ていられませんでした」
「ハンゾウの命を狙うのは里の命令か?」
「里の者が派遣されるのは2ヶ月後。だが、追い忍に捕まれば、激しい拷問の後に死が待つ。それならば私の手で……そう思いました」
「もしかして、日本にいたときからハンゾウのことを……」
「お慕い申しておりました」
あぁ、そうか。そういうことか。
俺は春に異世界に転移してきた。
多くのありえない現実というものを見てきた。
だから、ありえないことではない。
なるほどなぁ、全部納得したよ。
「俺、パラレルワールドにやってきたようだ。さて、元の世界に戻るにはどうしたらいいのか」
「スグルさん、しっかりしてください!」
「だってよ、ハヅキちゃん、ありえないだろ! ハンゾウがモテるなんて!」
ここはあれだ。モテない人間がモテるパラレルワールドだ。
じゃあ、あれだな。きっとこの世界では俺はハヅキちゃんに嫌われている世界なんだ。
それは辛いな。早く元の世界に戻りたいな。
「ハヅキちゃん、愛してる! 俺と付き合ってくれ!」
そんなことを言っても断られる、そんな世界だ。
「え!? どうしてこのタイミングなのかわかりませんが、とても嬉しいです! ありがとうございます、スグルさん」
「……あれ?」
なんだ? 俺、思わず変なことを口にしていないか?
「……あれ?」
ここ、もしかしてパラレルワールドじゃないとか?
ハヅキちゃんが俺の胸に飛びついて来た。
あれ? もしかして、俺、ハヅキちゃんに告白しちゃった?
「ハンゾウ、さっきから黙ってるけど、何か言ってあげたら?」
俺の考えが纏まらないうちに、ミコトがハンゾウに言う。
「アンナ殿の気持ちはとてもうれしいでござる……ござるが、拙者の中の何かが、アンナ殿と付き合ってはいけないと告げているのでござる」
「どうしてですか!? どうして私じゃダメなんですか!?」
アンナさんが涙ながらに訴える。
本当にハンゾウのことが好きなんだとわかる。
でも、本当にどうしてなんだ?
もしや、アンナは実は男……というオチはないよな。
「わからないでござる。わからないでござるが、どうしてか付き合ってはいけないと思うのでござる」
「いいじゃないですか!? ここは日本じゃないんです。日本の法律も通用しません」
アンナが涙ながらに訴えた。
……あれ? 日本の法律も通用しない?
本当に「アンナ=男」説が浮上してきたのだが、答えは俺の想像の斜め上をいった。
「兄妹で結婚してもいいじゃないですかっ!」
はて。
いま、何と言った?
俺も、ハンゾウも、ミコトも、ハヅキちゃんも、ついでにサイケも全員が固まってる。
きょうだい……そう聞こえた。
そうか、強大な敵がいるのかな。
そんなわけないよな。
思考が纏まり……
「「「妹かぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」
全員がその事実に驚愕した。
ハンゾウの妹がこんなにかわいいわけがねぇぇぇっ!
いや、ダメだろ、兄弟の結婚。
少なくとも西大陸では認められてねぇよ!
「せせせ、拙者の妹」
「忘れてしまっていたんですね、ハンゾウ様……いえ、お兄様」
「……すまないでござる」
ハンゾウが頭を下げる。
「いや、ハンゾウはアンナさんが妹である記憶は失っていてもアンナさんのことはちゃんと心で覚えていただろ。
だから、アンナさんのことを大事に思っているし、アンナさんを抱くことができなかったんだ。
たとえ記憶がなかったとしても、やっぱりハンゾウにとってアンナさんは――」
「うるせぇなぁ、てめぇはよぉ」
あれ? 俺、またパラレルワールドに迷い込んだ?
なんか、変なことを言われたような気がするんだけど。
「さっきから黙って聞いてれば、お兄様を呼び捨てにするって、どういう了見だ? いや、湖でも村でも偉そうに言ってたなぁ」
「…………ごめんなさい」
縄で簀巻きにされている人に凄まれて、俺は本気で土下座した。
なんだ、この人、二重人格?
普通、こういう二重人格って、ハンゾウに隠れたところでするものだろ?
「お兄様、どうしてこのような人間に仕えているのでしょうか。もしも騙されているのなら私が3秒でミンチにしますよ」
「……アンナ殿……いや、アンナ、スグル殿はアンナの見るように弱くて弱くて弱い人間でござるが」
弱いと三回言われました。
「拙者にとって3番目に大事な人間でござる。ミンチにするのはやめてくれないでござるか?」
「……お兄様。私とこの腐れ肉塊、どっちが大事ですか?」
「もちろん、アンナのほうが大事に決まっているでござる」
そういい、ハンゾウはアンナの縄を切った。
……あぁ、兄フェチのアンナは、きっと過保護に甘やかすハンゾウによって作られたんだな。
「……あの、発言してもよろしいでしょうか? お二人にとって重要な話なんですが」
「私にとって大事な話かどうかはともかく、お兄様にとって大事な発言なら聞かないわけにはいきません。……特別に許可します」
睨まれた俺はさらにすくみあがる。
ミコト、ハヅキちゃん、何微笑まし気に見てるの?
……怖いよ、この人、本当に怖いよ。
今の俺なら1秒でミンチになる自信あるよ。
「あの、抜け忍に追手がかかるのは2ヶ月後と伺いましたが、この世界と日本の世界では流れる時間が違います」
「……どういうことです?」
「つまり、日本での2ヶ月後というのは、こっちの世界の60年後より先になるはずです」
ついでにいえば、わざわざ異世界まで追手が来るだろうか?
否。こんな狂気な妹以外誰も来ねぇよ。
「なんと……では、私がここに来た意味は……なかったと」
「否、今ならわかるでござる。アンナが大事な妹だと。たとえ記憶がなくても、心はアンナを妹と認めているでござる」
「お兄様、なんて素敵なことを……」
それ、俺がさっき言ったのとほぼ同じじゃん。
そう思ったが、恐怖で俺は口を開くことができなかった。
ハンゾウの妹が来るというネタは、5/20の活動報告に書いてあったんですよね。
でも、性格がやばい。私の中の妹キャラって、何かがおかしい気がする。




