第1章 辺境の血誓と破れた聖衣
第一幕:教会の涙
帝国の辺境に訪れる冬。その空はいつだって、決して洗い流せない重苦しい鉛色を湛えていた。
長年、野党や敗残兵の容赦ない脅威に晒され続けてきたこの蛮荒の地において、古びたゴシック様式の修道院は、方々から逃れてきた者たちにとって数十キロ圏内で唯一の、最後の避難所であった。
「主よ……どうか死者の苦しみを和らげ、その迷える魂を、永遠の安らぎへと導き給え……」
薄暗い教会の聖堂。
幼きキン・レオンは、冷たい石畳の上にしっかりとひざまずき、その美しい瞳の端に晶瑩たる涙を浮かべて祈りを捧げていた。
その傍らでは、質素な神父服を纏ったガブリエル――かつて名前を馳せ、今は静かにこの辺境へと隠遁した「駆魔公安」の老兵が、温かく、そして慈しむように彼の肩を叩いていた。
キン・レオンの両親は共に、駆魔公安のトップクラスを誇る歴戦の戦士だったが、残酷極まる魔物との戦場で命を散らした。
ガブリエル神父はその養育の重責を引き継ぎ、祈りや経典の教えを授ける傍ら、自らの持つ鋭利な格闘術と剣術のすべてを、惜しみなく彼に授けていたのだ。
キン・レオンは類まれな天資に恵まれていた。戦闘に対しては、本能的なまでに恐ろしい直感を持っている。
だが、その精神の根底には、戦いや暴力に対する強い嫌悪感があった。戦火の中で深く傷つき、倒れてきた被害者たちが修道院へと運び込まれるたび、彼は神に祈りを捧げながら、失われた尊い命のためにいつも悲しみの涙を流すのだった。
彼は、心の底から信じていた。
――愛と許しこそが、この世のすべての憎しみを感化し、救うことができるのだと。
あの血塗られた、破滅の午後が訪れるまでは。
第二幕:致命的な慈悲
それは、激しい冷雨が容赦なく降り頻る、昏い夕暮れのことだった。
全身を血の汚れに塗りたくられ、狂暴な獣のような眼光を放つ一人の敗残兵が、教会の重いドアを蹴破って押し入ってきた。彼は、震える若きシスターの首元へと容赦なくその刃を突きつける!
「動くなぁっ! 食糧と馬を出せ! さもねぇと、このアマの喉を掻き切るぞっ!」と敗残兵が狂乱して咆哮した。
電光石火の瞬間。
まだ十数歳だったキン・レオンが動いた!
雷鳴のごとき驚異的な速さで突進し、見事な受け流しの格闘術だけで素手で刃を奪い取ると、重い一撃を敗残兵の鳩尾に叩き込み、一瞬で地面へと叩き伏せたのだ。
泥水の中に情けなく倒れ伏した敗残兵は、自分を見下ろすキン・レオンの鋭い眼光に怯え、何度も額を冷たい石畳に擦り付けて、狂ったように命乞いをした。
「頼む……神父様! 坊ちゃん! 俺は、俺はただ生き延びたいだけなんだ……! 家にはまだ、幼い妻と子どもが待っている……! たのむ、見逃してくれ……!」
少年の手でしっかりと握られていた短刀が、微かに震えた。
相手の目に宿る、泥臭いまでの生の執着を見て、少年の純粋な胸のなかに耐えがたい憐憫の情が差し込んだ。
「……ここを去れ。そして、二度と戻ってくるな」
キン・レオンは武器を収め、静かに言い放った。
第三幕:血洗とガブリエルの死
だが。
キン・レオンが選び取ったその「優しさ」が引き寄せたのは、地獄の扉が開く音にほかならなかった。
翌朝。
凄まじい濃煙と、地獄のような悲鳴が、町全体の朝の静寂を一刀両断に切り裂いた!
昨日、聖堂でひざまずいて命乞いをしたあの敗残兵が、なんと周囲に潜んでいた凶残な敗残兵部隊の残党を丸ごと率いて、再び町へと襲いかかってきたのだ!
彼らは容赦のない略奪と屠殺を繰り返し、その狂った矛先を、最後にはこの修道院へと向けた。
「ギャハハハハッ! ここだ! ここにたっぷりと食糧も女もいるぞ! 根絶やしにしろ!」
敗残兵の顔には醜悪な狂笑が貼り付き、昨日の改心や涙など、微塵もうかがえなかった。
雪崩のように修道院へと雪崩れ込む敗残兵の群れ。
キン・レオンは目を見開き、剣を引っ提げて決死の抵抗を試みた。見事な剣閃で数人を切り伏せる!
だが、彼は所詮まだ一人の少年。正規軍崩れの圧倒的な包囲と物量の中、その全身は瞬く間に無数の傷で埋め尽くされ、体力は急速に削り取られていく。
「死ね、クソガキがぁっ!!」
一人の巨体の騎兵が、その頭上から重斧を振り上げた。
少年の死角から、逃れようのない死の旋風が、凄まじい風圧を伴って振り下ろされる――!
「ぐサッ……!!」
だが、想像していた激痛は、訪れなかった。
キン・レオンがハッと目を見開いたその瞬間、その瞳孔が、恐怖と絶望で激しく収縮する。
ガブリエル神父が、自らの老いた胸を差し出し、その一斧を身代わりとなって真っ向から受け止めていたのだ。
『ドプッ……』
大量の鮮血が噴水のように吹き出し、キン・レオンの顔面を赤く染め上げる。それはあまりに熱く、そして残酷なまでに冷たい血だった。
「ガブリエル神父――っっ!!」
キン・レオンの喉から、身を裂くような絶叫が絞り出された。
少年の腕の中に崩れ落ちるように倒れ込んだガブリエルは、血に染まったその手で、少年の頬をそっと撫でた。そして、最後の力を振り絞って、掠れ切った声で囁く。
「我が子よ……どうか……生き延びるのだ……」
老いた神父の手が、力なく、だらりと垂れ下がった。
その瞬間。
キン・レオンのなかで、それまで築き上げられてきた世界が、完全に崩壊した。
恩師の冷たくなった遺体の傍らにひざまずき、足元に広がる一面の血の海を見つめ、そして目の前で下劣に嘲笑う兵士たちの醜い顔を見つめる。
――己の甘い慈悲が、自らの手で恩師を殺し、町中の無辜の民を再び惨殺へ導いたのだ。
「主よ……これが、あなたの望む許しなのですか……!? これが、慈悲を施した対価だというのですか――っ!!」
キン・レオンは天を仰ぎ、これまでの信仰のすべてを呪うような、哭泣と絶望の咆哮を叩きつけた。
第四幕:白衣の死神と血色の救済
底知れぬ絶望の淵に打ちひしがれるキン・レオンの頭上に、数本の冷酷な刃が、とどめとばかりに同時に振り下ろされようとした。
まさに、その間一髪の瞬間――。
頭上の鉛色の空から、突如として凛烈極まる漆黒の大鎌が、嵐のごとく舞い降りた!
『轟————ッ!!』
嵐のような聖なる魔力が一帯で爆ぜ、数十人の敗残兵たちは悲鳴を上げる間もなく、発生した強大な気圧の波によって一網打尽に吹き飛ばされた!
吹き荒れる猛烈な風雪と硝煙のなか。
身を包むのは純白の駆魔服。山岳のごとき絶対的な威厳を纏った人影が、高空より悠然と舞い降りる――。
「白衣の死神」クラウド。
その背後では、数人の精鋭「駆魔公安」の部隊が迅速に修道院の周囲を完璧に包囲し、悪行の限りを尽くした敗残兵どもの退路を、容赦なく完全に断ち切っていた。
「クラウド……おじさん……?」
キン・レオンは、すでに魂を抜かれたような虚ろな顔で顔を上げた。
そこには、亡き父が生前最も信頼し、生死を共にした伝説の戦友の姿があった。
クラウドは無言で大鎌を収めると、ゆっくりとガブリエルの遺体へと歩み寄り、その前に深く頭を下げた。
そして、血塗れになり、ガブリエルの亡骸にしがみつくキン・レオンを力強く抱き上げると、低く、しかし痛惜の念に満ちた声をその耳元に漏らす。
「我が子よ……来るのが遅くなって、すまなかった」
キン・レオンは、クラウドの白く汚れた服の裾を、爪が食い込むほどに強く、強く握りしめた。
その瞳に宿っていた、かつての純真で柔らかい光は――この瞬間、永久に消え失せた。
代わりにそこに宿ったのは、病的なまでに冷徹で、あらゆるものを呪い、許さない、強烈な執着に満ちた光だった。
キン・レオンの声は、もう子どものものではなかった。それは、底冷えのする大人のような、掠れた響きを帯びている。
「クラウドおじさん……もう、分かりました」
敵への慈悲は、善良な人々への残酷でしかないのなら。
「もしこの世界が、どうしようもなく戦争と殺戮に満ちているというのなら……」
少年は冷え切った瞳で血の海を見つめ、血を吐くように誓った。
「――僕が、あなたに代わって、すべての罪悪を、この手ですべて斬り伏せます」




