表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
“味がしない”と捨てられた私、吸血鬼王に餌付けされてクイーンになりました  作者: 絹ごし春雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/17

1話 その人しか見えなかった

 その人は立っていた。


立っていた、というより——

その人しか、見えなかった。


雨が、世界を溶かしていた。

冷たくて、重くて、全部を曖昧にするはずなのに。


どうしてか、あの人だけは、やけに鮮明だった。


……お腹が、空いていた。


何も食べていないのは、昨日からだ。


「シェフを雇った。お前の地味な食事は口に合わん」


男爵家の食卓で、父はそう言った。


「リディア、お前は嫁にもやれない。粗末な食事しか作れないしな」


違う、と思った。

ちゃんと考えて作った。体にいいものを選んで、無駄のないようにして。


でも——誰も食べなかった。


「親子の縁は切る。出ていきなさい。王都で仕事でも探すんだな」


最後に出されたパンは、冷えていて、固かった。


それでも、残さなかった。


残したら、もう——何もなくなる気がして。


気づけば、雨の中を歩いていた。


足は重くて、視界は滲んで、もうどこにいるのかも分からない。


それでも。


その人だけは、はっきり見えた。


「……ずいぶん、ひどい顔をしているな」


低くて、やわらかい声だった。


差し出されたのは、黒い傘と——


温かい、匂い。


「食べろ」


命令のはずなのに、どうしてか、優しかった。


「……いいから。全部食べなさい」


その言い方に、逆らえなかった。


ひとくち、口に入れた瞬間。


ああ、と思った。


こんなふうに、ちゃんと食べていいんだって。


喉の奥が熱くなって、うまく飲み込めない。


それでも、手は止まらなかった。


「……そうだ。それでいい」


満足そうに、彼は微笑んだ。


雨の音が、遠くなる。


視界が、少しだけ明るくなる。


「全部食べなさい」


やさしくて、逃げ場のない声で。


「君はもう——私のものだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ