魔術主体の封建勢力 ― 「血統が才能を保証する世界」
魔術国家群の中心に立つのは、いつの時代も血脈だった。
魔素の流れは血に宿る、霊脈は家に根を張る。
それは生まれ持った者だけが握る鍵であり、努力や訓練では開かない扉だった。
家門の継承儀式は、祝福でも教育でもない。
血統を“濃くする”工程だ。
長子は最良の配偶者として選ばれ、次子は神殿に奉納される。
第三子以降は――運がよければ学院、悪ければ戦場。
生まれた瞬間に、人生の分岐は決まっている。
教会はその構造を肯定する。
魔術は神意の延長に過ぎず、人の手ではなく恩寵で授けられる。
司祭は魔力の維持を祈り、信徒は“祝福の証”を受け取る。
それは信仰でも宗教でもなく、魔術家門の権威を保証する貨幣だった。
学院もまた例外ではない。
魔術の研究を標榜しながら、受け入れるのは血統証明を持つ者ばかり。
実験的な魔術理論は“危険思想”と呼ばれ、
推奨されるのは儀式の保守と家門の伝授。
知識は記録されず、**“語り継がれ維持されるもの”**として扱われる。
魔術士の技は、霊脈に触れる掌の形一つで姿を変える。
同じ詠唱を唱えても、術者が違えば結果は別物だ。
それを彼らは“個性”と呼び誇る。
だが観測者から見ればただの不安定であり、再現不能な奇跡に過ぎない。
高位魔術士が死ねば、その術式も死ぬ。
後継者がいなければ書物は灰となり、
儀式の失敗は神罰として処理される。
原因は“信仰が足りなかった”。
計測も記録も、検証という行為も存在しない。
こうして魔術国家は、革新という概念と縁を切った。
最も優れた術者は戦場ではなく祭壇に座り、
家門は護持を誓い合い、外部の疑問は“冒涜”として焼却される。
改革の言葉を口にする者は背信者だ。
血統を疑う者は異端だ。
新しい体系を提唱する者は――存在そのものが罪となる。
魔術は学問でも産業でもなく、
家門と教会が共同で抱え込む文化財産であった。
それは未来へ積み重ねるためではなく、
過去を守り続けるための墓標である。
文明の灯は消えていなかった。
ただ燃え尽きないように覆いが掛けられているだけだった。
誰も炎を大きくしようとはしない。
熱を失うまで、そのまま抱き締めている。




