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【ギリシャ物語】初恋。  作者: 銀糸雀
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「僕の母……マイアがニンフなのは知っているだろ?」

夜の森を軽やかに歩きながら、ヘルメスは結い上げていた髪を解いていく。

「ああ…天に昇り星になってからは、ご姉妹共々、暁の女神エオスの露払いをしているとか」

「そうそう、それでね、まぁ、元々星だったわけじゃないんだよ、母上も」

ふわっと広がった髪を靡かせて振り返り、アポロンは再び胸がドキンとするのを覚える。

「母上は七人姉妹で、とてもダンスがお好きだった。それで、踊っているところを、一人の男が見初めたらしいんだよなぁ。で、全員が追い掛け回されたと」

君も、時々そういうことをしてるよね、とヘルメスがからかう。

「煩い、私はいっぺんに七人も女性を追いかけたことはないぞ。…で?」

「どんなに逃げても付き纏われるし、命からがらという奴でね。息も絶え絶えになったところで、ゼウス様に願いを掛けた。ゼウス様にしても、母上は愛人だし、他の姉妹もゼウス様の手が付いてたり、ポセイドン様の愛人だったりでね。可哀想にも思ったんだろうな。姉妹全員を星にして逃がしてくれたわけ。僕は…」

ヘルメスは長い裾のスカートを摘んで、くるっと回ってみせる。

「薄情にも、何も知らなかった。まぁ、小さかったっていうのもあるんだけど。君達だったら、絶対そんなことはないね。レト様を大事にしているから」

アポロンは眉を顰める。そういった時のヘルメスの声音が、仄かに苦いものだったから。

「その男が……オリオンだ」

「え?」

呆然と目を見開くアポロンに、僕は母親似なんだよ、とヘルメスは笑って見せる。妙に明るい表情に隠された、密やかな影。

「試しに近付いてみたら、彼はあの頃と変わっていなかった。好みの女性なら誰でも口説く。母上を追い回した、乱暴者で愚かな男…」

「そんな男に、姉上は恋をしていると?」

エメラルド色の瞳が、ひたとアポロンの目を捕らえる。

「アポロン。アルテミスの初恋は、綺麗なままで終わらせてあげよう。ね?」

幻のような美しい少女に微笑みかけられ、アポロンは一瞬息を呑んだ。


人を好きになるのは、不思議なことだとアルテミスは思う。

確かに、彼は粗野で乱暴者。気が多いのだって、ちゃんと知ってる。

でも、一緒にいると楽しい。あの素晴らしい狩りの腕、明るく屈託のない笑い声、女神である自分にも臆することなく対等に話せる、飾らない気さくな心。

浅黒い、彫りの深い顔立ちも、硬めの漆黒の髪も、アルテミスはみんな好きだった。

確かに、弟のアポロンとは気が合わないタイプかもしれない。

…でも、そのうち判ってくれるわ。

アルテミスは、狩りに出る仕度を整えながらそう思った。

二人とも、自分が大好きな人に変わりないんだもの。

「……姉上…狩りにお出かけですか?」

不意に声が掛けられる。アルテミスはくるっと振り返った。

「あの人のことなら、反対しても無駄よ」

金色の巻き毛を長く垂らし、美しい白皙にぎこちない微笑を浮かべて、アポロンが部屋の入口に立っていた。

「いや…私も言い過ぎました。姉上が好きになった方だから、私も理解する努力をする」

アポロンの言葉に、アルテミスは思わず弟と同じ色の瞳を瞬かせる。

「やけに物分りがいいじゃない?」

「昨夜、ヘルメスたちに色々言われましてね…」

そうだったの、とアルテミスは眩しい程の笑みを浮かべる。

「別に、私に恋人が出来ても、あなたが一番大事な弟であることは変わりないわ、アポロン」

「……ありがとう…ございます…」

さぁ、今日こそ、狩りの勝負に決着をつけるわよ!とはりきって出かけていくアルテミスを見送って、アポロンは静かに目を閉じる。

「……姉上(アルテミス)…」


消えない松明を持って、アルテミスは暗闇を照らした。美しく走る彼女の周りには、飛び切り勇敢で足の速い猟犬たちが十三匹、お供に付いている。

「オリオンはもう、先に来ているかしら。今日は美しい月夜だし、狩りにはうってつけだわ。ねぇ、私の可愛い犬たち、オリオンを探して頂戴」

犬はアルテミスの命を受けて、夜の森を駆け抜ける。やがて、何かを見つけたという高い吼え声が前方の草むらから上がる。

「なに、オリオンったらあんなところに隠れて、私を脅かす気かしら?」

クスクス笑いながら草むらに近付くと、彼女の犬は困ったようにぐるぐる回りながら、主人を持っていた。

「どうしたの…?なに…?」

アルテミスはそっと木々を掻き分ける。


最初は、眠っているのかと思った。

自分のことを待ちくたびれて、こんなところで眠ってしまったのかと。

しかし…。


「オリ…オン……?」

呼びかけても、返事をしない。

逞しい胸が、ピクリとも動かない。

これ…は……。

「オリオン!ねぇ、オリオン?!」

アルテミスは駆け寄って、彼の傍に跪いた。

小さな赤い蟲が一匹、彼から離れてカサカサと逃げ去っていく。

あれは、サソリだ。

オリオンは、サソリに刺されたのだ。

アルテミスの頭の中を、そんな言葉がぐるぐると意味を成さずに回る。

「オリオン!目を開けてよ!いつもみたいに笑ってよ!!オリオン!!」

女神は彼の頭を胸に抱き、生まれて初めて身も世も無く泣き崩れた。

触れる頬が冷たい。肩も腕も何もかも冷たく、命を失っている。

あんなに彼に溢れていた、熱い輝きが消え失せている。

それが、哀しくて哀しくて。アルテミスは天を切り裂くような泣き声を上げた。

「どうか、お父さま。せめてせめて彼の魂を星にして下さい!」

女神の悲痛な願いは、冬の夜空に叶えられた。


「お帰り」

二人から少し離れた木の陰で、ヘルメスは血のように輝く赤いサソリを、掌に乗せて囁いた。

「ガイヤ様が貸して下さったんだけど、流石にサソリの毒はよく効くね」

「……ヘルメス。本当にこれで良かったんだよな?」

アポロンは号泣し続ける姉の声に苦しげに耳を背けつつ、今はすっかり青年の姿に戻っている親友に聞いた。

「勿論だよ。星になればオリオンはアルテミスを裏切らない。アルテミスは、そんな苦しい思いをしなくていいんだ」

「しかし……」

姉の嘆きを聞くアポロンは辛そうだった。

「うん、アポロン。君のそういう所、僕は嫌いじゃないよ。だけどね、最善のことをしようと思ったら、多少の痛みは仕方の無いと思わなきゃ。何事も、一つも犠牲を払わずに出来るわけじゃない」

大丈夫、アルテミスもすぐにオリオンのことは忘れるよ、とヘルメスは笑う。

「そうか……」

アポロンは目を伏せる。彼に向かって笑顔を維持しつつ、ヘルメスは胸の奥で呟いた。


薄情な息子が、ようやく仇を取りましたよ、母上…。













●あとがき

混ぜるな危険!

ということで、今回は複数あるオリオン神話をグチャグチャに練り合わせて、お話を作ってみました。

あの話にはヘルメス絡まないだろ!というのを強引に。

オリオンがプレアデス姉妹を追い回したという説と、アルテミスがオリオンに恋をした説は、多分両立しません。だって、大体の話だとプレアデスたちはアルテミスの侍女になってますから。

侍女を5年も追い回して星にした男に、今度は女神が恋。…ありえない展開です。

というわけで、エッセンスだけ拾い喰いさせて頂きました。

アポロンがアルテミスを唆して、岩だと思わせてオリオンを撃たせる、というお話も好きなのですが、うちのアポロン様はヘタレなので、泣く泣く見合わせました。そんな、一生姉に恨まれるようなこと、このアポロンが出来るわけないですよね…。


さて、下はシリアスな雰囲気に合わないので省いた部分。

ちょいアポロン×ヘルメスです。苦手な方はこのままお帰り下さい~。














(前夜の会話)

アポロン「で、お前、その姿…一体どうしたんだ?」

ヘルメス「あ~、サルマキスの泉の水をチョイチョイと加工してね、作ってみた、性転換の薬。ヘルマプロディトスには凄い止められたんだけどね~」

アポロン「当たり前だろう!元に戻れなくなったらどうするんだ!!」

ヘルメス「まぁ、女神として生きてしかないかな?」

アポロン「……。そうしたら、私が正妻にしてやる」

ヘルメス「えー、君の奥さんになるの?!色々苦労しそうだなぁ。浮気とか」

アポロン「…お前が私のことをどう思っているのか、よーく判った」

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