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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第三章 想いの継承、世界と人の業
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59話 アイリーンの背負う罪

読んでいただきありがとうございます。

本日四話目。セリカの由来。


「――王国の国民になるために必要なのは大きく分けて二つ。一つ、人の形をしている事。二つ、魔力に適性を持っている事。この二つに該当して、かつ従順であれば、王国で何不自由なく笑って暮らせるわね」


 一概に人の形というのも、王国が定める人の形であって、レイが思い浮かべるそれとは大きくかけ離れていた。

 人としての特徴に加えて、魔物であったりそれ以外の特徴を受け継ぐ亜人の権利を決して認めない、と言う王国の主張が大きく表れている制限に、レイはしかめっ面でうんうんと唸る。


 レイにとって人と言うのは、意思疎通が図れればそれで十分に事足りる。人の形などしていなくともそれは人と何ら変わらないし、幻想の森に加え村での経験から、むしろ人の形をしている相手の方が信用できないとさえ思っていた。それもそのはず、同じ「人」に姉を奪われ、あまつさえ消えない傷をつけられているのだ。それでいて人の形をする相手を信用しろと言うのも難しい話なのだが、それはグレイ爺と過ごしたお陰で少なからず解消されていた。


 魔力に関しては、外の世界で生まれた者は少なからず魔力に順応するようできており、また王国の技術革新を支えた魔力をその身に宿す、魔力を知覚できるようにする技術も相俟ってほぼすべての人間は魔力に適性を持つことができるようになっている。

 魔力の放出は才能が関係しているが、魔力の量を、質を高める事は後天的にも可能である。極論ではあるが、言ってしまえば王国の国民は全て、有事の際にはその身の魔力をもって、戦場へ命を懸けることができる。


 ――当然、そうならないための補助機構が存在しており、王国を、ひいては国民を守護する盾が存在する。


 それこそが、王国が誇る最強の軍隊である、騎士という存在。


 魔物蔓延るこの世界において、魔力の薄い人間が魔物と言う脅威から逃れ平穏無事に過ごすことのできる環境を与えるのが王国の盾である騎士の役目であと同時に、多方面へ喧嘩を売り続けても尚王国が栄え続ける秘訣こそが王国の剣である騎士の存在が非常に大きい。


 また、王国が周辺諸国に喧嘩を売り続けるお陰で「人間=悪」と言う図式が出来上がっており、虐げられる亜人たちからは王国に属してなくとも「人間」と言うだけで石を投げられる風評被害を生むが故に、王国に住まわない残された人間たちもまた王国国民になる道を選ばざるを得ない。

 そうして大多数の支持と騎士という絶対の力を得た国民が亜人への恨みを募らせることで、王国と亜人の間には決して消えない溝が、長い歴史の果てに生まれているのであった。今も王国と亜人の間は深みを増しており、その溝に橋が架かることは未来永劫不可能。修復不可能なまでに溝が深くなったのは、もう百年以上前の話だ。今はどれくらい深いものか、確認のしようなど無のであった。


 また、王国国民にはもれなく騎士育成学校の道が開かれるため、外にいる人間たちが国民になることのデメリットが存在しないこともまた、支配地域と騎士の規模を増加させ続けることの要因の一つ。


 ようやく辿り着いた騎士の話だが、それ以上にレイは一つの疑問が生じる。

 非常に不本意ながら、王国の基準で考えると、アイリーンの姿かたちは他の村人と大差ない。それ即ち、人間の形をしているのは間違いないだろう。また、魔道具を易々扱うどころか、自ら生み出すほどに精通している現状、何故アイリーンが虐げられているのかが見当つかなかった。


「どうして、アイリーンさんが騎士に狙われているんですか」


 王国が決めた条件に当てはまっていると言うのに、何故生活を脅かされなければならないのか。

 それとも何か、グレイ爺が王国の王子だったように、アイリーンもまた何か複雑な事情を抱えているのか、と推測して見せるも、アイリーンの口からもたらされた答えは至極単純なものだった。


「私が魔女だから。ただそれだけの理由よ」

「え……?」

「魔法の祖、リリアナ・マクギリスが提唱した『魔法の可能性』で魔術を敵視する文言から、現代の魔法使いたちが魔術師の排斥を始めたのが事の始まり――」


 現代とは言え百年も前の話だけど、と前置きをして語った内容は、酷く不快なものだった。




 実際にリリアナ・マクギリスが記したのは、魔術の世界で過去に除け者にされたと言う愚痴のような一説と、競争の生まれた世界で魔術と魔法はお互いに高みを目指し発展していくものになる、というもの。


 だがしかし、魔法によって栄え、上り詰めた地位を脅かす存在を、魔法使いたちは危惧した。それが例えリリアナ・マクギリスの発言であっても、自分たちに都合の良いように書き換えたのが事の始まり。

 盤石ではなかった地位に確たる柱を据えるために、魔法使いの一人がリリアナ・マクギリスの意思を継ぐ者として台頭し、曲解し捻じ曲げた事実でもって民衆を、魔法使いを扇動した結果、王国には魔術師や魔女を名乗る存在の居場所はなくなっていった。


 当時から幻想種に続き、亜人の排斥も大きく広まっていたため、そこに魔術師を追加するなど多少の誤差でしかなく、容易に排斥の文化は広まっていった。

 魔力の放出は出来ないにせよ、魔術式を用いて魔術を行使する魔術師。また、その魔術式を刻んだ道具を扱う魔女。魔法使いが出てくるまで、魔物に対する戦力として期待していた人間が突如として手の平を返してきたのだ。その恐ろしさたるや、レイとシオは疎か、アイリーンも知らないものだが、想像するだけでも鳥肌が立つ。


 王国の基盤となる存在である魔法使いが魔術を悪だと論じれば、そうだと信じて疑わない人間たちで構成された王国の民は魔法使いの思うように動くのだ。


 アイリーンは、魔術が排除される時代、冷遇なんて生温いものではない時代に、魔術の隠れ里で生まれた歴とした魔術師の家系の子。

 生活を豊かにする魔道具を作るのが趣味の、身を固めると言う思考が抜け落ちた立派な女性であったアイリーンの生活に変化が起こったのは、今から三十と余年前。


 成人を迎えいつもと変わらぬ日常を過ごしていたある日、アイリーンはかけがえのない親友と共に冬に備えて山の実りを集めた帰り道、村の方角から火の手が上がっているのに気付く。


 すぐに理解できた。

 ――王国の人間が攻め入ってきたのだと。


 魔法使いの命を受けて、騎士連中が魔術師を探し回っていた時代。いつかその日が来る、と備えて生きてきた。幸運にも、村の外にいたアイリーンと親友はすぐにその場から立ち去ってしまえば見つかる前に逃げられたはず。大人たちからも、そう教わってきた。


 だが、アイリーンは頭では逃げなくては、と理解していながらも体が言う事を聞かなかった。


 ――村から聞こえてくる悲鳴。

 聞いたことのある声音が断末魔を上げる。


 悲鳴から分かるのは、せいぜいが男か女か。今のは女性の断末魔。

 母か、近所のお姉さんか、それとも親友の妹か。


 今も母が、父が殺されるかもしれないと言うのに、自分だけ逃げていられるものか、と親友の制止も振り切って村の傍まで駆け寄った。

 慣れ親しんだ獣道を駆け下り、里に近づけば近づくほど、立ち込める煙の臭いと血の匂いが漂ってきては気を失いそうになる。


 木陰から様子を伺うまで近付くと、今すぐにでも胃の内容物を吐き出してしまいたいほどに気分が悪かった。


 後から追いついてきた親友は、アイリーンの背後で静かに嘔吐いては頻りに「逃げよう」と声をかけてくるのだが、アイリーンは自分の作った魔道具ならば、と根拠のない自信があった。アイリーンが優れた魔女であったことが、根拠のない自信に繋がり直後の悲劇を生むことになる。



 それを語るアイリーンは、自分の愚かさに目眩がする、と過去の自分をそう評する。



 山の木々に延焼するのを恐れてか火の回りは早くない。

 誰か生き残りでもいればあるいは、と腰を持ち上げた瞬間、木々の隙間から見慣れない人影が目に映った。


 磨き上げられた鎧には土汚れと大量の血の跡。それら全てが返り血であることは、手に持ったロングソードにべったりと付着した血糊が証明していた。


 その姿を見ただけで、アイリーンは自分の行いが間違いだったと気付く。

 魔法使いによって強化、洗練された騎士に一泡吹かせるなど荒唐無稽。それができていれば、魔術師や魔女はこうして身を潜めることも無かったというのだから。


 軽く腰を持ち上げた状態で静止したアイリーンの目の前を、新しい獲物を探すように辺りを見回して歩く騎士。その一挙手一投足全てが恐ろしく感じてしまうアイリーンは思わず一歩後退る。


 ――直後、枝が折れる音が鳴り響き、騎士がぐるり、と首を回して山の方を睨んだ。


『――ッ!?』


 親友が泣き叫びたいのを必死でこらえる横で、アイリーンは残された力を振り絞って来た道を引き返す。


『山の方に逃げたやつがいるかもしれん。使命は抹殺だ、一匹たりとも逃がすな!』


 背後から集められた騎士が山に入ってくるのを感じる。

 親友の手を引いて山を駆け降りるが、精神の摩耗が激しい親友が突如として立ち止まる。


『アイリーン……ッ、貴女だけでも、逃げ延びて。――生き延びて……っ!!』


 このままでは逃げ切れない。騎士の声が近付いてくる緊迫感の中、冷静に判断したのだろう。繋いだ手を振り払った親友が祈るように告げると、アイリーンの懐から一つの魔道具を奪い取る。

 それこそがアイリーンの自慢の護身用魔道具。騎士の一人や二人、なぎ倒せるだけの力があると自負していたものの、本物の人殺しを前に、使う勇気が出せなかった代物を手に、親友は背を向ける。


『駄目よ()()()っ、貴女が死んじゃう――』


 アイリーンの声に振り返った親友――セリカはふっと微笑み、音を立ててアイリーンの逃げる方向とは真逆の方向へと走り去っていく。


 セリカの思いを無駄にしてなるものか、真っ白になった頭で言う通りに逃げて行く最中、突如として後方で一際大きな爆発音が響き、山を揺らす。


 それは間違いなく魔道具が発動した証拠であり、セリカが騎士と会敵した証拠。



 ――そして、セリカが死んだ合図でもあった。



 この直後に、騎士たちは撤退していき、アイリーンは隠れ里の生き残りとなったのだが、同時に親友と二人で生き残ると言うありえたかもしれない未来、自分が潰した未来を思い、レイと同じく自分を責め続けた。


 ――あの時素直に逃げていれば。


 何の役にも立たなかった魔道具と思い上がりのくだらない意地が、親友(セリカ)を殺したのだと自分に対して呪詛を吐き続ける。


 山の中を彷徨い、心臓を一突きにされたセリカの亡骸を村まで運ぶと、見知った顔の死体たちと共に並べる。


 隠れ里は、わずか数時間で燃えカスと死体の山と化し、セリカが託してくれたアイリーンだけが生命を失わずに済んだ。これが自分の成果の果てであれば、一人取り残された絶望から自殺も選べたのだろうが、託された命である以上セリカの思いを無駄にすることは出来なかった。











「――それからしばらくして、あの人が隠れ里の跡地にやって来てね……。って、大丈夫?」

「あ゛いッ……! 大丈夫、れすっ」


 アイリーンの隣で拳を握り締め、下唇を噛んで泣くのを必死で堪えているレイの様子を伺うと、レイは目にいっぱいの涙を溜めた状態で首肯を返す。

 頷いた弾みで涙が零れるのも厭わずに先を促す。それでも、隣でそんなに号泣されては話の続きを話すに話せなくなると言うもの。


「おら、ひとまずその鼻水をどうにかしろよ」

「あじがどう」


 レイが渡されたチリ紙で鼻をかむ横で、シオは素直な疑問を投げかける。


「セリカっつうのは、俺が思っていることで間違いなさそうか?」

「……えぇ、そうね。ここまで話して隠しても無駄だろうし、白状するわ。私の娘の名前は、親友から借りたものなの。……本当、母親失格よね」


 亡き親友の名を借りた名前。

 もしもこれが普通の家庭なら、その事が悩みのタネになることはまずないだろう。子供の名付けなんて、村長や周りの大人があれこれと挙げる中から選ぶようなもので、その中でたまたま親の親友と名前が被るなんて珍しい事ではない。


 けれども、グレイとアイリーンの娘であれば話は変わる。

 ただでさえ父と母を認めていないセリカの事だ、自分の名前まで母に所縁ある名だと知ってしまえば、より反抗的になるのは火を見るより明らかだろう。アイリーンに対するあの態度からすれば、既に知っていてもおかしくはないものだが。


 レイにとって親と言うものがなんなのか、確かな認識があるわけでは無いが、それでもセリカが感じた信じていた相手に裏切られるという思いはそう簡単に無かったことにはできないだろう。


 もしもレイがセリカと同じ立場であったら、きっと同じ態度を取っていただろうから。


「……そう言えば、セリカは魔力を使えないって言ってなかったか?」


 レイが魔道具に感動していた際にアイリーンの口から聞かされた言葉を記憶の隅から引っ張り出したシオがアイリーンに尋ねる。その声音はどこか心配した様子で、シオの心配の種はレイにも伝わる。


 ――魔力が使えないと言う事はつまり、国民に非ず。


 騎士が出張ってきている今、レイやシオは言わずもがな。アイリーンもまた王国からすれば排除対象であるのに加え、その娘たるセリカの身が危険なのではないかと目線で問いかける。


「あの子は――」







アイリーンも抱き締めてよしよししてあげたい。

残念ながらそれはグレイ爺の仕事ですが……。

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