52話 村の異変(1)
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魔法の発展により人々の生活圏は広がり、大陸の半分を勝ち取ったアルハバート王国。
大陸の覇権を奪い合う隣国の帝国は、不干渉を語る魔法連邦と手を組み王国と対峙している。
幻想種を排斥して得たと言われる、魔力を持たぬ人間に魔力を与える技術は瞬く間に王国の戦力を増強し、今ではただの一兵卒ですら魔物と対峙できるだけの身体強化を扱える程に優れた人材で溢れていた。
幻想種、亜人、異端者……、王国が定める数多の魔法の脅威になりかねない存在を排除した王国側は現在、魔法技術の最盛期に差し掛かかっており、中央に位置する王都は絶賛栄華の極みを讃えている最中であった。
だがしかし、次代の栄華を輝かせるのは王国の中心地である王都に限られ、王国の端に位置する名も無い農村にその栄華の一端すらも分け与えられることは無い。
かつて「帰らずの森」と言う未踏破区域を王国の土地とするために建てた補給基地が今の村の興りであり、ご丁寧に敷かれた街道の石畳もその名残である。もっとも、今では整備もろくにされずに割れ放題の悪路に過ぎないのだが。
魔物蔓延るこの大地で魔物に襲われることなく過ごしていけるというのも、過去に大規模な範囲で魔物の掃討が行われた結果で、魔法技術黎明期の名残、現在の栄華の一端と言えば聞こえが良いだろう。
王都に住まう住民が知る由も無い村に異変が起こったのは、レイとシオが村に来訪する一週間前の話だった。
――ダンデが帰ってこない?
名も無い農村の村長が若い男衆からそう言った噂を聞いてその家族の元を尋ねたところ、正村長にもたらされたのは、街道が続く隣町「エッジ」の街に向かったダンデと言う男が三日経っても戻って来ていないという報せだった。
ダンデは村で唯一小売店を営む男で、主に生活に必要不可欠な日用品の類を隣町から村に運び込んで販売してくれている男だった。
今回も村人たちに頼まれた商品の仕入れで隣町に出たそうなのだが、いつもなら二日目の夜には帰ってくるのだと言うのに、今回に限っては三日目の昼が過ぎても帰ってこないのだと言う。
注文された商品が滅多に手に入らないものかと尋ねても、この村にそのようなものを欲する者などいるはずもなく、もし仮に仕入れたとしても購入する資金などあるはずもない。
何かトラブルに巻き込まれた可能性もある、と言って、今日は探しに行くか行かないかの様子見をする、と言う事で結論を出した村長の元にまた別の報せが届いたのは、その日の夜の事だった。
――街道の魔女が出没。村人の行方に注意されたし。
その旨が書かれた手紙は、ダンデの行方が分からなくなった事に嫌が応にも繋がるもので、明くる朝、村長は村人を集めてその手紙の内容を周知した。
魔女とは、厄を撒き散らす不吉の称号。忌み名。
王国は世界中に散ったとされる魔女の討伐、及び掃討を目標に掲げており、見つけ次第王国の騎士に知らせるようにとの発布を行っていた。
――魔女が通った道に、生者は残らない。
かつて王国に歯向かった一人の魔女によって一つの町は半壊し、逃げ遅れた住民は死に絶え、討伐に向かった騎士もまた、多数の犠牲者を生み出した。
それら全てが魔女の用いる魔術が引き起こしたものであり、魔女は魔術迫害の被害者であると言う抗議の声も空しく、この事件をきっかけにより一層魔女含む魔術に向けられる視線が厳しいものとなってしまったのは言うまでもない。
過去の教訓を経て魔女の脅威を知る王国民にとって、魔女は忌むべきものであると同時に恐怖の対象でもあるが故に、魔女の知らせを聞いたダンデの家族は悲痛の面で泣き崩れる。
それでも諦めきれなかった村人は、悲しむダンデの妻のためにと男衆総出で街道沿いを探索する。
安全面も考慮して日帰りできる範囲のみに限られていたが、見つかったのは村で唯一の見慣れた馬車のみ。街道から外れた森の方に置き去りにされた馬車は、荷物が荒らされた形跡もなければダンデの姿もない。
それはまるでダンデに狙いを定めて、ダンデだけを連れ去ったように見えた。
村を出た時よりもいっぱいに詰められた荷台の様子からして、帰り道に襲撃されたものと思える馬車を引き連れて帰った時、男衆は帰り際に怪しい女性とすれ違う。
それは村の外に住む女で、頻繁に村に顔を出す娘とは違って、滅多に姿を見せない女。
娘が運んでくる酒からして、酒造りの変わった女かと村人は思っていたが、疑心に包まれる村人たちは口々に噂を立てる。
「……あの女も確か、街道の近く、森の方に住んでいたよな」
「怪しいんじゃないのか?」
「確か、林の向こう、川辺の丘に立つ家だろう? 気味が悪くて近付けないが」
「それはつまり、何をしているかも分からない、ってことだろう?」
「……人を連れ去っても、バレることは無い、って言いたいのか?」
「女だろう? ダンデは俺たちの中でも大柄で――」
「魔女なら、肉体も力も関係ないはずだろう。ダンデは商人だったが、畑仕事もこなすし、魔物を追い払うくらいはできる男だ。そんなやつが、抵抗の跡も残さずに連れ去られたとなると、相手は魔女に違いない」
「そうか……。それもそうかもしれないな。くそっ、俺たちを笑いに来たのか!?」
魔女の騒動で沸き立つ中を平然と村の外に出歩く後姿に男衆が睨みを利かせる中、持ち主がいなくなった馬車をダンデの家族の元に届けると、ダンデの行方不明がより現実味を帯びて襲ってきたのか、その場で崩れ落ちてしまう。
ダンデの妻にとっては、夫の安全が何よりも一番大切。
今もただ、隣町で奔走しているのだと、血も涙もない魔女に教われてなどいないのだと、そう考えることで気丈に振舞っていたに過ぎなかったのが、男衆が持ち帰った否定しようのない事実を前にダンデの妻は意識を手放すことを決断したのだ。
その意味が分からないはずがない男衆は、恥も外聞も投げ捨て、お互いに罪の擦り付け合いを行う。
「お前が探しに行こうってい言わなければ――」
「お前だって賛同しただろう――」
「馬車を持って帰ったところで、死の証明にしかならないと――」
「まだダンデが死んだとは限らねぇだろ――」
「声が、声が大きい――」
堂々巡りの擦り付け合いは夜遅くまで続いたが、その答えが出ないまま空が白んでいく。
お互いに睨み合いが続く中で、男衆の一人がボソリと声を発した。
「……俺たちは、魔女を見ただろう」
「――は?」
「……あの女だ。あの女こそが、魔女に違いないんだよ。だから――」
「あ、あの女は村長と懇意なんだろ? なんでも、この村の恩人だとかなんとか」
「村長までグルかもしらねぇだろ」
「それは……、いくらなんでも考えすぎだ」
「そうか……」
その日はお互いに何ひとつとして釈然としないまま解散することに。
それでも、自分たちが村人を、ダンデの妻を傷付けたかもしれないという罪の意識と共に、最後に見かけたあの女が魔女かもしれない、という思いも僅かに残したまま数日が経過する。
その間も街道の魔女による被害は留まるところを知らず、隣町では十数人、名も無い農村ではダンデに加えてさらに数人が行方不明になっていた。
村の中では困惑と悲鳴が飛び交う中、男衆の家族にも被害が及び、唯一の手掛かりと呼べる酒造りの女に疑心が向けられるも、証拠も無い今疑惑を真実として語るのは憚られた。
だが、その微かな良心、真っ当な判断は次の日には間違いだったと痛感する。
見慣れない装束を身に纏った少年が、村を訪れたのだ。
それも街道からではなく、魔物の息遣いが残る魔の森、帰らずの森の方角から。
それだけに留まらず、その傍らには人語を介する魔物を引き連れて。
これが王国の定める異端でなければ他に何が異端だと言うのかという常軌を逸した状況に集められた村の男どもは総出で警戒を示したものの、その少年は村人に手を出すことを厭わない空気を醸し出す中で、少年と人語を介する魔物を連れ去りに現れたのが、例の怪しい酒造りの女だった。
王国が定める異端の全てに当てはまるような少年を「自分の客」だと言って連れ去った女を見て、あの日から疑念を抱えていた男衆の中で全てが繋がったような音がする。
「あ、あの化け物で、連れ去った人間を食うつもりなんじゃ……!」
「誰か、村長に伝えて、騎士様を呼ばねぇとこの村が食い尽くされるぞ……!!」
「もしかして、今まで振舞っていた酒も全て、人間を使って……!?」
「き、気持ち悪い事言うなよ……っ!」
「飲んじまったからには、俺たちも同罪になるのか、なぁ!?」
レイにとってシオは半身であり、友であるため、どんな形であろうと相棒だと認識している。
また、グレイ爺にとってもシオはかけがえのない息子であるため、魔物だなどとは思ってもいない。
そしてアイリーンもまた、グレイ爺から話を聞かされていたため、シオに対して魔物だと罵ることも無い。
だが、村人にとってシオのような異形、人間ではない存在は全て王国による粛清対象であり、人間に牙を剥く可能性があるが故に、恐怖せざるを得なかった。
グレイ爺とアイリーンの子、セリカはシオの事を確かに魔物だと判断したものの、母がなんとも思っていない様子から敵意を収めたのは、無意識ながらも少なからず母を信頼している証でもあった。もしくは、直に縁を切る予定だから関わるのを止したのか。
食堂のおばちゃんことジェニーに至っては、かつて都会にて奇異風貌の冒険者を相手にしていたこともあって、シオ程度の風貌では驚きもせずにペットだと判断する村一番の肝っ玉持ちだった。
少年と化け物、疑わしき女が去った後の村は、街道の魔女が到来したかのような困惑に満ちていた。
「……確か、ジークお前、あの女の娘と仲が良かったよな? まさか、絆されたりしてねぇか」
食堂付近に集まった人垣の中、疑心に塗れた男衆の一人が、青年に問う。
危機にさらされたせいもあって、男衆の疑念は容易に伝播し、視線が一点に集められる。
視線の先、ジークと呼ばれた青年は、レイに向かって一歩踏み出したあの青年。彼は村長の息子で、足腰が弱ってきた村長に変わって、村でのこうした状況では率先して動き回り先頭に立つようにしてきた。
「ほ、絆される……? なんのことだよ!?」
「村長に、って言っていたのは、やっぱりそう言う事なんだろ……!? 村長もお前も、俺たちを……!」
先ほどまで少年と魔物に向けられていた農耕具の先が怒りを伴ってジークに向けられる。
男衆がそれぞれジークに怒りの矛先を向ける中、周りで見ているだけの村人は困惑したまま様子を見守ったまま。困惑しているのはジークもまた同じだと言うのに。
「止めな! あんたら! ここで喧嘩するならあたしが相手だよ!!」
今も状況を飲み込めていなかったジェニーだったが、それでも大の大人たちが揃って歳若いジークを囲んでいる状況が正しいとは思えなかったのか口を挟む。
男衆もまた、ジェニーには頭が上がらないのか農耕具を降ろしすごすごと引き下がりつつも、ジークへの警戒は怠らない。
そんな様子に、せめて誤解は解かなければとジークが声を上げる。
「か、彼女は、セリカは真っ当な王国民、です……! 僕を誑かすような真似は、絶対にしません。彼女はただ、家業が嫌で、辛いからと……、だから僕は少しでも早く彼女が独り立ちできるようにサポートしてあげたいだけで……! 皆さんが何を危惧しているのかはわかりませんが、村での彼女の姿を見たことがある人なら分かるでしょう?」
怪しい女、アイリーンの事は知らないが、長い事付き合っているセリカのことなら良く知っている。
彼女が訳アリで、家から逃げ出そうとしていることも。故に、街道の魔女に怯える村人たちが考えているようなことにセリカが関わっているなど、微塵も思っていなかった。
このまま疑心と怒りの矛先を収めてくれればいいと思って口にした発言を、村人たちは咀嚼するように反芻する。
ジークの気迫の籠った言葉に、村でのセリカの姿を知る男衆は頷き返す。
「そう、だな。確かにセリカに関しては問題ないと思うが……」
「俺たちが間違ってた! すまねぇジーク。セリカも被害者なんだな」
「家業を嫌っているって、酒造りじゃねぇのか?」
「そうなると、やはりあの女、そしてあの化け物は……」
「今すぐ後を追ってとっ捕まえねぇと大変なことになるんじゃねぇのか!?」
「そうだな。出遅れたが、これ以上の被害を見過ごすわけにはいかないだろう――」
「――ち、違っ、待って……!」
だが、ジークの思いとは裏腹に、村人たちは村の一員であるセリカを救うと言う大義名分を得て今にも飛び出して行ってしまいそうに活気づく。
最早ジーク一人では収拾がつかなくなり、ジークの声も届かなくなり始めた頃、杖を突く老人が村人たちの前に立ちふさがった。
「――既に騎士様が動いておられる。騎士様の真似事はもうおしまいだ。ワシら村人はただ黙って見守るしか無かろう」
置いても尚、一介の村人とは異なる存在感を放つジークの祖父、名も無き農村を運営する村長が、村人たちの前に立ちはだかるのであった。




