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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第八章 始まりと終わり
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248話 やるしかない

読んでいただきありがとうございます。

 



「――離れ、ろォォォオオオオオ!!!!」


「何――ッ!?」



 長い長い地下通路を抜けた先、光が満ちる「地下聖拝堂」へと足を踏み入れると同時にレイは人一人を担いでいる事も忘れて跳び上がり、鎖に巻かれて横たわるシオ目掛けて剣を振り下ろそうとしていたガリウスへ空中殺法を仕掛ける。


 絶え間なく襲い来る浮遊感と、体を抑えつける重力によって吐き気に見舞われていたストラウスであったが、レイの爆発的に増加した竜気がもたらす身体強化によって、今度は体の内側がひっくり返ったかのような、これまでで最大の不快感に襲われる。


「クソっ……!」


 中空から滑空して落ちるかのような軌跡を描いてガリウスに襲い掛かったレイの一撃は、突然の侵入者に動揺するガリウスの不意を突いて迫るも、ガリウスは超反応を見せて後ろへ飛び退る事で回避する。

 レイの空中殺法、もとい蹴撃は見事に回避され、長い地下通路の助走を経て放たれたレイの足は、派手な音を立てて、頑強であるはずの地下聖拝堂の床材である岩盤を砕くに終わるのであった。


 けれどもレイの動きは制止したものの、レイが担ぐ()()に加えられた慣性は働いたままであり、ストラウスは気絶寸前の状態で投げ出されてしまう。飛び退ったガリウスに向かって一回、二回と弾んで転がされたストラウスであったが、ようやく止まった頃には何かを悟ったかのような無表情を顔に張り付けた状態で顔を上げる。




「――おぼぅえぇぇぇぇぇえええええ……!!!!!」




 瞬間、レイとガリウスを結ぶ彼我の直線上における中心地点にまで転がされたストラウスは、遂に体が我慢の限界を迎え、その場で盛大に吐瀉物を撒き散らしてしまうのであった。


 ストラウスの口から吐き出された吐瀉物は見るに堪えないものでありながらも、彼の身内である幻想種の成れの果て、竜気の塊だけはそれを隠すように舞うお陰でストラウスのゲロが異様にキラキラと輝くと言う訳の分からない事態が巻き起こってしまい、そんな光景に目を奪われる羽目になったガリウス側の人物は、地下聖拝堂に侵入してきた侵入者に対して、誰一人として動きを見せることは出来なくなってしまっていた。


「シオ、待たせてごめんね! 今、助けるから!!」

「へへっ……こんなの、屁でも無いぜ」

「こんなに、傷付けられて……。許せないな」

「マスター、ヒバリも手伝います」


 竜気を制限する鎖が故に、シオの体を覆う鎖に触れた傍から竜気が霧散して虚脱感に襲われてしまうものの、先に竜気による身体強化で強化した拳であれば一時的とは言え竜気を封印されたとて、放った衝撃までは消す事が叶わないのか鎖を簡単に砕くことが出来る。

 かなりの竜気を消耗してしまうものの、たかだかその程度の消耗でシオを助けられるのだから、レイとしてはその代償に文句など出て来やしない。シオを救う為であれば、腕の一本や二本、身体の損耗などいくらでも代償を払う覚悟が定まっているレイにとって、代わりの利く竜気など代償の内にも入らないのであった。


 それに加えてシスティナの魔力による身体強化、触れても問題のないヒバリが鎖の破片の撤去にと動いてくれたお陰で、シオは無事に制限の鎖から解放されるに至るのであった。


「あー、解放感半端ねぇぜこりゃ。ありがとな、レイ。それから……ヒバリとシスティナも」

「! シオが、素直になってる!」

「傷が痛むだろう? 可哀そうに……」

「蛇さんが! 蛇さんがおかしくなってしまっています! マスター、これは余程の事があったに違いありません! 気持ち悪いです!!」

「だぁ! こんの、ゲロ女ぁ!! もっと俺を労わりやがれや!!!」

「吐瀉物塗れなのはあっちです! あっち!」


「――ヒイぃぃぃ!!!!」


 気恥ずかしさから、僅かに目線を逸らして口を尖らせながら少しだけ素直に感謝の言葉を告げたシオであったが、当のシスティナは助けたのは当たり前だとでも言わんばかりに大した反応を示すことなく、天色の鱗に血が滲む体に静かに手を添えるばかり。対してヒバリはと言うと、いつだって性根がひん曲がったシオが素直に感謝を口にするとは思ってもみなかったのか、揚げ足を取るつもりでも無ければただひたすらに純粋な思いのまま、それがどれだけ辛辣であろうとも思った事を口にする。

 それは一周回ってヒバリなりの気遣いとさえ思えてしまう程自然で、たった一言でいつもの光景に戻るその瞬間がレイはたまらなく嬉しく思えてしまって、ここが敵の本拠地、敵を目の前にしている事も忘れて微笑ましい思いが募ってくる。


 しかし、そんなレイ達をストラウスの頼りない悲鳴が現実に引き戻す。


 命からがらと言った様子でガリウスの剣から逃れてきたのか、これまでに体験した事も無い不快感を味わわされたことに対する非難をレイに浴びせるのも忘れて「助けてくれ」と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のストラウスがレイ達の元へ駆けこんでくる。


「あっ、あぶっ、あぶ、あぶ、危ながった……! じっ、死゛ぬ、死゛ぬどごろだっだ……ッ!! 役に立つためにオイラここまで着いて来たって言うのに、役に立つ前に殺されるところだったよ!! レイ君!!!」


「おい、こいつ誰だ」

「味方! 来るよ、皆構えて!!」


「何故、お前達が此処に居る……。鍵が無い限り、ここに立ち入る方法は無いはずだと言うのに! 一体どんな手を使ったのだ、答えろ、ストラウスッ!!!」


「オイラの事敵視しすぎじゃないッ!? そもそも、未来が視えるお前が想定外で狼狽えるなんて、やっぱりお前の未来視は完璧じゃあないんだな!!」


「抜かせ!! 未来は、俺の掌の中に在る! アキナ、シュウ! ストラウス及び邪魔な連中の排除へ動け! 絶対に(ゼア)を取り戻せッ!!」


 何か思うところがあるのか、ガリウスはストラウスへの憎悪を燃やしながら剣を構える。

 一方のストラウスには、何がどうしてガリウスが自分を恨んでいるのか思い当たる節が無い為、ただ困惑してレイの背に隠れるばかり。それでも尚、自分の「未来視」と言う最強の能力に絶対の自信を持っているガリウスに対して「完璧じゃない」などとわざわざ逆鱗に触れるかのような言葉を羅列していくのを見るに、性格そのものが嫌われている可能性、と言う意見が思い浮かぶ。ストラウスとの付き合いはまだ数時間程度で、彼がどのように成長してきたのかも分からないものの、道中の幻想部隊副隊長らがそれぞれ口にした「人間性」の欠如を思い出してみれば、いまいちストラウスと言う人物の人間性を信じ切ることが出来ないせいで、ガリウスの前で嘔吐したのも一つのパフォーマンスのように思えてきてしまう。



「またお前かァ! 小娘ェッ!!!」


「……随分と、見てくれがお前の性根に合うようになっているな」


「俺は既に、お前を超えた!! 出しゃばるな、小娘風情が!!」




「ピェ……! む、無理、無理ッぽ……!! ウヒィィィイイイイ!!」

「お前、なんで着いて来たんだよ」




 枯れ枝のような腕で嵐の如く剣の猛威を振るうガリウスに対し、前へと歩み出てガリウスの進行を妨げたシスティナ。真剣相手に生身で受け止める光景は戦闘に慣れていないストラウスにとってみれば異常であり、依然として続く剣戟の迫力を前に頭を抱えて縮こまる事しか出来ないでいた。

 その姿は、地下聖拝堂へ向かう道すがら責任だの、報いだのと説法を垂れて芽生えた年長者としての威厳は微塵も残っておらず、そこに居たのはただ一人の臆病な引きこもり成年男性の姿であった。


「なんで……? なんでって、それは……こんなオイラだって、誰かの役に立てると思ったからで……」

「んなら、縮こまってねぇで役に立ってみせろよ。覚悟決めて、ここに来たんじゃねぇのか?」

「無理、無理だよ……! 戦場がこんなにも恐ろしいだなんて、知らなかったんだ! 動く絵巻物の中の世界が、こんなに怖いなんて、思ってもみなかったんだ……! オイラなんかじゃなんの役にも――」


「――あっそ。だったらそこで黙って小さくなっていやがれ。邪魔だけはするんじゃねぇぞ」


「え……? あ……」


 実際、ストラウスは過去視によって映し出された過去に起こった幾つもの過酷な戦場を視て、知っている。それこそ、二百年前の幻想種と人間の争いや、現代に起きている王国と帝国の戦争も、全て知っていた。

 しかし、だからと言って、ストラウス自身が戦場の英雄になることが出来た訳ではない。むしろ、戦地に立つ一人の戦士ですらないのであった。


 当然、過去視と言う自分の能力の解明に時間を費やしたストラウスはそんな事百も承知であり、自身の貧弱さだって理解していた。


 そんな戦争の度に発展していく外の世界の歴史を紐解いては、新たな技術を幻想の森に提供する。

 そうしてストラウスは知る人ぞ知る稀代の天才として名を残してはいるのだが、万年引きこもりのストラウスにその声が届く事は滅多に無く、代わりに届くのはガリウスの武勇伝が乗った古新聞ばかり。

 そんなものに触れて、それ以外の外の声には触れられずに育ったが為に、ストラウスは無意識にも「名声」を欲していた。捻くれて軽薄な性格で蓋をした胸の中には、叶わなかったユメが幾つも詰まっていて、その中の一つである「戦争の英雄」と言うものに、憧れてしまっていたのだった。


 そんな彼の前に、彼が解放される口実を与えてくれる存在が現れたが為に、封じ込めていたはずの憧れが暴走し、責任も何も宿っていない無意識な言葉が軽はずみに飛び出してくるばかり。

 自分でも拗らせているのが分かっていながら、本当は怖い、だなんて正直に言い出すことも出来ない臆病な自分にさえも嘘を吐いてここまでやってきたは良いものの、窶れ細ったとしても衰えぬ眼光の鋭さを持つ、己の芯の強さを持ったガリウスを前にしたその瞬間、ストラウスの虚飾は剥がれ落ちて、こうして怖気づいた姿を晒すばかりになってしまう。


 思っただけで「戦争の英雄」や「勇敢な戦士」になれる程現実は甘くはないと言う事を思い知ったストラウスは、ただ黙って全てが終わるのを待つばかり。



「――レぇぇぇぇぇぇイッ!!! てめぇは何で死なない! 生きる価値のないお前が、俺の、邪魔を、するなあああああああああ!!!!!」



「うるさい」

「おらよ」



「――ぐべらぼげぶふぅう!!!!」



「ゲロ女に黙らせてもらうか?」

「ヒバリは今、手が離せないみたい。システィナの補助に入ろう」

「そうか、分かったぜ」



「退け、小娘がァッ!! ――ッ、何……っ、弓矢、だと……!?」


「そこッ! 瞬撃・貫鬼(ツラヌキ)――また、外された……! レイ、気を付けて! こっちの技が、外される!」


「外される……? 避けられるんじゃ、なくて?」

「……なるほどなぁ。アレが、未来の選択って訳か。レイ、とにかく攻撃し続けるぞ。崩れる瞬間を見極める」

「分かった!」



「――弓矢なぞ、笑止千万ッ!! 卑怯者の使う武具に、この俺が……幻想の森最強の男であるこの俺が、後れを取るとでも思っているのか!? お前たち諸共、切り伏せてやろうッ!!!!」



「普通自分で最強なんて名乗るかね」

「天才の人達は自分でも名乗ってたし、名乗るものなんじゃない?」

「クッハハ! それもそうかもなぁ」


 後光に照らされるガリウスの影は更に濃くなる一方で、その体は増々化け物染みたモノに変質しており、最早()()と呼ぶのも烏滸がましい程に骨と皮しか残っていないとは思えない程の身体能力を見せるガリウスは、真祖エネルゼアの後継に相応しいシオを奪い返すべくレイ達と相対し、反対にレイ達はガリウスを討たんと対峙するのであった。


「どうして……」


 ここに来るまでの道中、常に焦燥感に駆られているような、生き急いでいるような雰囲気を纏い続けているようにストラウスは見ていたレイだが、どうしてかここに来て異常な程落ち着きを取り戻している。その違いは、間違いなくレイの隣で軽口を結びながらも竜気を練り続ける伝説の幻想種、(ゼア)


 ストラウスは当然、レイが過去にこの里を追放された子供である事も知っている。

 レイの姉であったヒジリと言う少女が、残忍な手段で命を奪われた事も、全て過去視において知っているストラウス。そんな過酷な過去を持っているにも拘らず、レイは深い因縁を持つガリウスやシュウを前にしても、怒りに囚われる事無く、怖気づく事も無いどころか、むしろリラックスした様子で対峙しているのを見て理解が追い付かないでいた。


 ――何故、そうまでして強く在れるのか。


 レイの人生に自分を重ねて見た時、ストラウスは生きる覚悟すら揺らいでしまいかねない程に絶望出来てしまえる。何しろ、生きる目的を、生きる意味を与えてくれた人の命を奪われたのだから。


 けれども、目の前のレイと言う少年は決して折れる事無く、今こうしてガリウスと対峙している。

 自分とはまるで違う世界の住人かのように思える中で、ストラウスはレイの過去を思い出す。


「レイ君は、何度も折れて、強くなってきたんだ……」


 レイだけじゃない。

 ストラウスが夢見た「戦争の英雄」も、「勇敢な戦士」も、幾つもの挫折を経験してきているのを、ストラウスだけは知っている。誰にも知られぬ努力を、膝を屈するような挫折を経ている事を、ストラウスだけは知っているのだ。


 自分の半分も生きていない子供たちが死ぬ気で生きようとしている中、自分は何をしているのか。

 怖気づいて、ただ守られて。そんな事をする為に、勇気を振り絞って外に一歩を踏み出したのか。


「……う、うぅ」


 激しい剣戟は今も身が竦む。

 飛び交う怒号は耳を塞ぎたくなる。



 けれども、今度こそ立ち向かうために、立ち上がる。



 レイみたいに、戦争の英雄みたいに、勇敢な戦士みたいに――ではなく。



 自分を認められる自分に、なる為に。



 ストラウスは今、立ち上がる――。









映像でしか見た事無いものをいざ目の当たりにしたその時、本当に動ける人っているんですかね。

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