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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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18話 魔法の祖リリアナ・マクギリス

読んでいただきありがとうございます。

本日三話目です。

説明回。

 



 初めての狩り、初めての命のやり取りを終えてから数日が経過した。


 暴食暴れウサギの狩りには時折同行して――レイの方からお願いして連れ回され、あっという間に森の中を歩くのにも慣れてきた。お陰様でウサギの魔物肉を使った料理のレパートリーが増え、最近では暴食暴れウサギの解体も手伝うようにしていた。


 しかし、何度暴食暴れウサギの狩りに同行したとしても、グレイ爺は暴食暴れウサギ以外の狩りには連れて行ってもらえず、留守番を命じられていた。


 留守番の最中、レイは小屋の周りを掃除したり、畑の管理だったり、水汲みだったりと、慣れたものである家事手伝いを進んで取り組んでいた。

 それらはグレイ爺に「やれ」と言われたわけでもなく、ただ手が空いている時間がいやに落ち着かないために自ら手伝うと言って取り組んでいた。農作業の経験はあるため、多少は自信を持って取り組めた畑仕事でさえもグレイ爺の足元に及ぶのが精いっぱいで、グレイ爺からは学ぶことばかりだった。

 家事手伝いも、グレイ爺の手際の良さに惚れ惚れしながら、今では片付けと下ごしらえをグレイ爺が出かけている間は任されるようになっていた。


 ――森の中での仕事は多岐に渡り、今の時期は冬に備えての薪作りや保存食作りに始まり、モウちゃんカウちゃんの藁を作ったり、畑用の肥料だって作らなくちゃいけない。それに加えてレイやシオの面倒を見る……。


 一日あっても時間が足りないような作業量を、グレイ爺は一秒だって時間を無駄にすることなく、むしろ時間を余らせるペースで全てを完璧にこなすのだ。

 下級区で働き詰めだったレイの一日よりも忙しいのは、グレイ爺は自分のことだけでなく身の回りに関する全てを高い水準で満たそうとしているからで、グレイ爺との生活水準は下級区にいた頃よりかはもちろんのこと、歓楽区の人たちよりも豪勢な暮らしぶりを実現されていた。


 天才には及ばない、と笑っていたグレイ爺のであったが、レイにとっては天才である事よりも非凡である事よりも、そう言った部分においてグレイ爺を心底尊敬していた。

 これも全てレイのささやかな幸せのためにグレイ爺が奮闘した成果であるが、森で暮らし始めた頃の生活ぶりはレイの憧れじみた視線を受けたおかげで墓場まで持っていくことが決定されたことを、レイとシオは何も知らないまま過ごす。


「グレイ爺って、何でもできるんだね!」

「きかか、ワシが何年ここで暮らしておると思うんじゃ」


 年相応の表情を見せるようになってきたレイが瞳をキラキラと輝かせて見上げてくるため見栄を張ったばっかりに、グレイ爺はその見栄を最後まで張り続けねばならなくなった事もまた、レイとシオは知らない。


 そんな見栄を張ったグレイ爺だが、既に述べたように家事やそれ以外においても完璧で、レイに仕事を与えたとしてもそれはほんの僅かな、一、二時間もあれば終わる仕事だった。

 物心つく頃から仕事漬けだったレイにとって、手隙の時間がある事が不安で仕方なく、もっともっととグレイ爺に縋った結果、レイは小屋の周りで()()()なるものに没頭していた。


 グレイ爺曰く、森を歩けるようになったとは言え、森で戦えるようになったわけではない。まずは力をつけるための土台作りだ、と言ってメニューを言い渡されたのが初めての狩りを終えた翌日。始めた当初は筋肉痛に苦しめられたものの、今ではそれも慣れてきて、いつものメニューを切り上げる時間が少しずつだが、一日ごとに短くなってきている。

 確実に成長できていることに実感を得ながらも、結局時間が空けば不安になるワーカーホリックなレイは、無心になれる木剣の素振りに集中する。


 剣の才能が無いと言われたものの、長い間続けてきた習慣はなかなか抜けないもので、こうして素振りをしていると神経が研ぎ澄まされていくような気がしてきて――。


「レイ、また素振りをしているのか」


 ――気がするだけで、グレイ爺の帰宅にはいつも気が付かないまま続けてしまう。


 当初は。オーバーワークだ、などと言って止めさせていたグレイ爺だが、何度言っても帰ってきた時には毎回玉のような汗を浮かべながら木剣を振るレイがいるもので、遂にはグレイ爺が折れるのであった。


 ただ、そうやって何かに取り組んでいると、心の奥で燻る火種がさらに小さくなっていくのを、レイは認識していた。逆に何もしていないとふいごで風が送り込まれるかのように燃え盛るために、何かに追われるように常に何かに取り組んでいる、と言うのもあった。


 そんな折、レイは外の世界独自の文化である『魔道具』と言うものに初めて触れた。


「これが、魔道具……?」

「そうか、魔道具を知らんのか。これは魔道コンロと言ってな、いちいち見守っておらずとも火加減の調整が容易になる」


 埋め込まれた丸い石にグレイ爺が魔力を込めると、寸胴鍋の底に沿うように盤面に刻まれた文字が赤く輝き、炎を生み出した。

 レイはてっきり薪で火を起こしているものとばかり考えていたため、煤も煙も灰も出ないその画期的な魔道具に目を光らせながら歓声を送る。



「おぉぉぉぉ……!!! ど、どうなってるの、これ!? 火種は? 薪は? なにこれすっごい!!」



 いつぞやの世界の壮大な景色を前にした時と遜色ない反応を見せるレイに、グレイ爺は自慢げに火を点けたり消したりしてレイの反応を楽しむ。


「これはワシの知り合いが作った物での、魔道具の革命とも言われた代物なんじゃよ。世界中に出回る魔道コンロは全て、このモデルを基礎として改良されたに過ぎない、魔道具の祖とも言える一品なんじゃ」


 髭を撫でながら自慢するグレイ爺の話に惚れ惚れとした溜息を吐きながら魔道コンロに顔を近づけるレイ。

 レイの頭はグレイ爺の自慢話よりも何よりも、目の前の魔道コンロを使って火を起こしてみたいという欲求が占めていた。


「僕も火、点けてみたい!」

「うーむ、レイには……。まぁいいか。やるだけやってみろ、魔力を流すんじゃ」


 普段のグレイ爺ならば進んでレイにやらせるものだが、今日のグレイ爺はどこか渋い表情で「やってみろ」としか言わない。

 そうして嬉々としてグレイ爺が手を添えていた石に手を置いてみるも、レイは魔力の流し方なんて微塵も知らない。故に、どれだけ踏ん張ろうとも、どれだけ竜気に頼ろうとも、グレイ爺のように刻まれた文字を光らせることはできないまま、潤んだ瞳でグレイ爺を見上げる。


「あー……、まぁ、薄々感づいておったが、やっぱりそうか。ま、とりあえず茶でも入れるから座って待っとれ」


 レイには点けられなかった炎を易々と点けて湯を沸かすグレイ爺が淹れてくれたくれたお茶は、少しだけ苦味が強かったような気がする。


 飼牛のモウちゃんとカウちゃんの元から帰ってきたシオがレイの落ち込む様にグレイ爺に向かって非難を飛ばすも、グレイ爺は落ち着いた様子で話し始めた。


「結論から言おう。レイに魔道具は扱えないし、魔力を感知することも難しいだろう」

「それは、魔力が使えないって言う事?」

「あぁそうだ。レイに魔力の適性はゼロ……、と言うよりも、恐らくは適性が竜気に傾き過ぎている、というのがあるな」


 髭をなぞりながら「詳しいことは調べてみないとわからんが」と付け足す。

 実際に、グレイ爺はレイの体が魔力に馴染むための処理は済ませている。それが森の奥で苦しむレイを救った手段であり、普通の人間ならばその時点で新たな力『魔力』に目覚めるはずなのだが、レイからは目を覚ましても魔力を感じ取る様子も見られなかったため、グレイ爺はもしかすると、と懸念していたのだと言う。


 その事を告げられて、レイは確かにグレイ爺の体からは竜気を感じることはあれど、魔力と言う別の力なるものに気付くことはなかった。

 ここにきて、レイとシオはあの時の苦しみは罰でもなんでもない、外の世界から拒絶された証なのだと知ると揃って渋い表情を見せる。


「なんだよそれ、レイはあの時、魔力に苦しめられてたってのか? グレイの爺さんも、俺だって平気なのに、どうしてレイだけ……」

「ワシも専門家ではないから詳しいことは分からん。だが、レイが霧の結界と言う温室で守られてきた結果、外の世界に満ちる魔力の濃度に体が拒否反応を起こしたのだろう。魔力は、そもそも人間にとって毒なのだから、レイの反応が正しいものなんだがな」

「毒? 体に悪いの? ……そもそも、魔力って、何? 」


 エネルゼアの持つ竜気とは異なる、幻想の森には無かった力。それが外の世界では当たり前に使われている現実に理解が及ばず、シオも口にしようとした疑問を、レイが代弁するとグレイ爺は魔力と言うものを、それに関連する魔法の生い立ち、世界の歪みを懇切丁寧に教えてくれた。





 ――魔力は昔、限られた人間が持つ力だった。

 十人に一人が持つと言われてきたその限られた力でもって、魔なるものに対抗すべき力を提供するものこそが、魔術師。別名を魔道具師とも呼んだ。


 物質を媒体にして魔術を刻み、奇跡を行使する魔道具は人々の生活を豊かにし、人々を守る希望であり、誰からも信頼される存在だった。選ばれし魔力の使い手は、それぞれが魔道具を生み出し、魔なるものを退けてきた。


 しかし、およそ二百五十(250)年前、人間は魔術を捨て、魔法に希望を見出した。

 本来魔法は、魔族や魔物と言った人間に仇なす存在が扱う体内の魔力を刻印として放出し媒体を必要としない奇跡を生み出す技術で、魔に通ずる邪悪なもの、魔法術だと考えられてきた。

 だがその意識を改革し、人間に魔法をもたらした者こそが、魔法の祖、リリアナ・マクギリスであった。



 魔法は魔術と比べて分かりやすく、派手で目立ちやすく、そして何よりも――強かった。



 魔法が姿を見せた当時、人々を襲う魔の手は勢いを増していて、媒体を用いらねば発動できない魔術は連射性能、継戦性能が低いというデメリットを突かれ日に日に戦線を押され始めていた。だがそこにそのデメリットを完璧に補って魔術と比べても余りある力で魔の手を弾き返した魔法と言う存在に、人々は瞬く間に魅入られた。


 ただ、魔法を扱える者は魔術を行使する者よりも狭き門であったため魔術師からすれば、すぐに我々を頼るのだろうと考えていた。しかしその予想は、期待はモノの見事に裏切られ、新たな希望として魔法はグングンと台頭していってしまう。

 その理由の一つとして、リリアナ・マクギリスは魔法の周知に加えてもう一つの隠し玉を用意していたのだ。


 それこそが『魔力による身体強化』である。

 魔法も身体強化も、魔の者達が好んで使う手法であり、魔に身を堕としたのかと非難されていたが、実際にリリアナ・マクギリスが指揮する身体強化を扱う者たちが魔の手を一網打尽にしていく様を見て、その懐疑の目は一瞬にして覆された。


 魔法は使えない者の方が多い、と言って鼻で笑っていた魔術師でさえも身体強化を会得して早々に前線に出て戦うなど、これまでの常識全てを塗り替えるような革命が起こった。


 魔法と身体強化。

 この二つの技術革新により、人間は立場を急激に強め、大陸を支配していく。

 それ程までに『魔法』と『身体強化』は凄まじく、人間は瞬く間に大陸の支配者へと昇り詰めていったのであった。


 そして、人々の中で魔法が信奉され始め、絶大なる信頼と地位を得たリリアナ・マクギリスは、媒体を用いらねば人の役に立てない魔術師を非難し始める。特定の条件下では魔術が魔法を凌駕する可能性があると知れば、魔法によって上り詰めた人間は自分の地位を揺るがす存在を許しはしない。

 その裏に、過去にリリアナ・マクギリスが魔術師界を追放されたという私怨も含まれていることなど誰も知らぬまま、リリアナ・マクギリスを信奉する者たちにより魔術師は世界から排斥されていく。


 それは魔術師だけに留まらず、竜気を用いる竜術、方術、錬丹術、符術と言った、魔法を脅かす力を全て排除し、その矛先はやがて人間ではない者たちにも向いていく。







「幻想種と亜人種は、そうした人間の臆病で卑怯で矮小な心によって、世界から爪弾きにされてしまったんじゃ。……そうして逃げた先で、人間たちの手が及ばぬ地でひっそりと暮らす。レイとシオに会った時は、本当にびっくりしたもんじゃ」

「……魔法と、魔術と、竜術? シオはなんか知ってる?」

「あー、あれを竜術って呼んでるなら、心当たりはあるな」

「……僕、なんも聞いてないけど」

「そ、そのうち教えるって!! 絶対、約束、な? そ、そう言えば、グレイの爺さんは魔法使えるのか? それだけ詳しいんだし、何個か見てみてぇなぁ。なぁレイ!」


 僕だけまた知らない、と口を尖らせて拗ねるレイに、話題を逸らそうと必死になってグレイ爺に尋ねるシオ。魔法に関してはレイも少なからず興味があるようで、膨らんでいた頬も萎んでグレイ爺を期待の眼差しで見つめる。


「まぁ、まずは魔法について教えてやるかのう――」






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