17話 考え方次第で、未来はどうとでも変わる
読んでいただきありがとうございます。
本日二話目です。
泣いたからか、疲労から来る空きっ腹に朝食を流し込んだレイとシオを連れてグレイ爺は「付いてこい」と片付けもそこそこに家の外に出る。
何をするのか、どこに行くのかは二人が尋ねたところで正しい答えが返ってこないのは先日の木のてっぺんに連れて行かれた時と同じで、道中適当な石ころを拾いながら森の中を先導するグレイ爺の背を追いかけながら歩いて行く。
「なぁ、レイが平凡だとしたら、グレイの爺さんはどれくらいなんだよ?」
「ワシか? ワシはこの年になってようやく、非凡の域に辿り着いたくらいかのう」
返事があるとは思っていなかったことに加えて、グレイ爺が口にした言葉に驚きのあまりレイは唾が機関に入り込んでむせ返って、シオは「はぁ?」とグレイ爺の言葉を疑うような反応を見せた。
「ないない、この体であの動きができて非凡? 天才の間違いじゃねぇのか?」
「げほっ、そ、そうだよ。グレイ爺はもっと上にいるんじゃないの?」
「ワシ程度、天才の足元にも及ばぬよ。剣の天才は、それこそ龍ですらその身と剣一本で追い詰めるような化け物よ。ワシは確かにそこいらの魔物にも騎士にも引けを取らぬ強さを持ってはいるが、ただ強いだけでは天才にはなれん。……いつか、本当の天才に会ってみると良い。ワシの言った意味が分かるからのう」
「剣の天才……。グレイ爺は、なんの天才なの?」
ふと思った疑問をぶつけると、グレイ爺はわずかに困ったように笑ったのちに、自分の腕を叩いて筋肉を隆起させる。
「もちろん、これよ。ワシは自分の肉体と魔力、それから竜気を使って戦う肉弾戦が専門よ。だがそれも、天才と呼ぶには程遠いんじゃ。魔力を操るのも、竜気を操るのも、得意な奴はワシなんぞよりもずっと強い。本物は、目玉が飛び出るくらい強いぞ?」
どこまでいっても中途半端、と鼻で笑って自虐するグレイ爺の姿がついさっきまでの自分と重なってしまう。
「ワシには剣も槍も斧も弓も銃も、天才には及ばなかった。故に、自分の体を武器にするしかなかったんじゃが、これがものの見事に性に合ってのう。きっとレイは、竜気の扱いでならワシを超えることも容易いじゃろうて」
落ち込む様を冗談で搔き消しては、きっひっひ、と笑って森の奥へと進んでいくグレイ爺だったがそう簡単に超えられるものではないというのだけは理解していた。
シュウから感じた竜気の量ですらレイが怖気づくには十分だというのに、あの牡鹿と同等かそれ以上の竜気を内包するグレイ爺を超えられる想像が全くと言っていいほどつかない。外の世界ではこのレベルでも非凡。天才がどれだけ強いのか興味がある一方で、決して近づきたくはない、近づくことは無いだろうと心に誓うレイであった。
平凡と非凡、非凡と天才には明らかな力の差があり、世界の多くは平凡に過ぎない連中ばかりで、例に漏れずレイの剣の腕前に関しても平凡の域を出ることは無い。グレイ爺のように、死ぬ間際まで鍛えることができるのであればまた話は変わり、非凡の才を生み出すだろうが、それは剣の才能と言うよりも継続、努力の才能だろう。グレイ爺は正しく努力の人であり、伊達に神童と呼ばれた過去を持つ男ではないのだ。
平凡と非凡の差がどれだけあるのかと言うと、もし仮にレイとグレイ爺が剣で勝負した際、レイが千回打ち合ってようやく一本取れるかどうか、と言うレベルだ。努力次第でこの数が五百にも百以下にもなるだろうが、それに至るまでにグレイ爺の時間は潰えてしまうだろう。
しかしこれが天才が相手になった場合、レイにもグレイ爺にも勝ち目は生まれない。平凡と非凡が束になったとて敵わない者こそが天才と呼ばれるのであった。
グレイ爺によれば、話に出てきたガリウスもまたグレイ爺に並ぶ非凡の才を持つ剣士のようで、レイには俄然勝ち目のない相手であることを突き付けられてしまうが、今さらその程度で落ち込むようなことはなかった。
朝の影響か、レイのメンタル面は無敵だった。今だけは。
「その天才ってのは、何人くらいいるんだ?」
レイが体の内から溢れてくる根拠のない全能感からシュッシュッ、と頻りに辺りを警戒する素振りを見なかったことにしたシオが興味深そうにグレイ爺に問いかける。
「確かにワシは世界中を旅したとは言え、天才共とは縁が無かったからのう。その剣の天才とは顔見知りであったが、それ以外、ワシの知る限りでは後五、六人はいたかの。噂程度にしか知らんが」
もっと増えているかものう、と他人事のように言い終えたグレイ爺は、そこまで言い終えるとレイとシオの二人に静かにするようにと指を立てた。
――見てみろ、とグレイ爺が指差す先には、木の根元に集まる小汚い獣が数匹見えた。
大きな二つの耳をピンと立てながらも、木の根元に一心に食らいつく獣の姿に、レイとシオはグレイ爺の意図が読めずに首を傾げるのみ。
「やつらは魔物、暴食暴れウサギじゃ。この時期になるとあぁして自分より弱い生物を端から食い散らかしていくんじゃが、あんまりやられ過ぎると生態系が乱れるでの。こうして時折狩らんといけないんじゃ」
名前に「暴」が二つも入っているウサギはレイの知るウサギとは異なり、異様に長い耳と胴体の倍はあろうかと言う強靭な脚部、それから血のように真っ赤に染まった目をしていた。本来草食であるはずのウサギが、今や口元にべったりと獲物の血液を付着させながら仕留めた獲物を貪っていた。
周囲の警戒よりも食事に夢中なウサギを前に、グレイ爺はなんともないような軽い口調で「これからあの魔物を仕留めるぞ」と言って道中拾い集めた石をレイに手渡す。
「落ち着いて、よく狙うんじゃ」
さっきまでの全能感は嘘のように形を潜め、生まれたての小鹿のようにプルプルと震え出すレイの背に手を置くと「こういうのは勢いでヤっちまうのがいいわい」なんて言って振り被るグレイ爺に続いてレイも石をウサギに狙いを定める。
グレイ爺の投げた石は木々の隙間を縫って天高く放物線を描いて飛んでいく。
木の葉に擦れる音が鳴ってウサギ達が耳を張り詰め顔を上げたところで、さしものグレイ爺も目測を誤ったのかウサギのすぐ真横に投げた石が落ちる。
「ッピギィ!?」
突然真横に落ちてきた石と衝撃に甲高い声を上げて四方に散っていくウサギ達。
そのうちの一匹が、隠れて潜んでいたレイ達の元に逃げてくるのを確認して、グレイ爺がわざと当てなかったのだと分かるや否や、レイは立ち上がって手に握った石を振り被った。
暴食暴れウサギにとっては災難な一日だったろう。
逃げた先で待つレイ達に気付くと、慌ててブレーキをかけて立ち止まる。目の前にやって来た一匹のウサギは自分よりも大きい人間を見てその目に恐怖を宿していることから、確かにグレイ爺の言う通り臆病で自分より弱いモノを食い荒らす性格をしているのが良く分かった。
だが、死の危険を覚悟した暴食暴れウサギは恐怖に呑まれていようとも生を勝ち取るために戦いを選ぶ。
小さくとも、臆病だとしても魔物は魔物。強靭な下半身による一撃を食らえば身体強化のされていない人の体などは容易く折れてしまうし、当たり所が悪ければ命の危険だってある。
怖くとも、命のやり取りをするんだという気概を放つ暴食暴れウサギだったが、その脅威は単体であればかなり低いもの。暴食暴れウサギが臨戦態勢を取るよりも早く、既に振り被っていたレイの腕から石が投擲される。
レイの目は投擲においても役に立つ。
狙い定めた一投はウサギの下半身を強く打ち付けて惨い音を響かせた後に悲鳴を上げさせる。
「っ!」
「シオっ!」
もしも臨戦態勢に入られていたら蹴り返されていた上に反撃も食らっていたかと思うと密かに案じていたグレイ爺だったが、再起不能に至るまでの傷を与えたのを確認するとシオに指示を飛ばす。
クリーンヒットに喜んでいたシオがグレイ爺の指示でウサギの首を噛み砕いて絶命させるのを見て、レイは腰が抜けたかのようにその場に崩れ落ちて荒い呼吸を繰り返した。
「良くやった、レイ。良く躊躇わなかった。偉いぞ、レイ」
命の懸かった対峙がこれ程までに苦しいものとは知らなかったレイは、重い疲労感と僅かな達成感に包まれながら肩で息をする。その間、グレイ爺はレイの頭を抱き寄せて、手放しで称賛を繰り返す。
「この森で生きていくには、こうして動物や魔物の命を頂かなければ生きてはいけない。仕方ないから殺すのではなく、生きるために必要な分だけを狩って、感謝して頂くのだ。……そして今日、レイは一生懸命に動いて、自分の手でこうして食料を手に入れることができた。暴食暴れウサギは逃げに徹されると捕まえるのが困難になるために、有効な足止めを図って石を投げつけた。獲物を捉えるだけならばその目でもって容易だろうが、移動が困難になる程の傷を負わせられたのは、レイが剣の道を諦めることなく振り続けた末の腕力があったから。――どうじゃ? そう考えると無駄な努力もして良かったと思えてこないか?」
命を奪ったことに関しては、多少なりとも罪悪感は残る。
魔物を見つけたのも、有効な手立てを図ったのも全てグレイ爺であるが、致命傷を負わせたのは紛れもなくレイの放った一撃である。それが魔物を、生き物を殺すことに一役買った事は変えようのない事実。
ただ、その手で叩き潰したわけでもなく、手元を離れた石が肉をつぶしたせいか、レイの心は多少の騒めきを残すだけで落ち着いていた。
グレイ爺の指差す先、シオが絶命させたウサギに目をやると、そのサイズは対峙していた時よりも一回り小さくなっているようにも感じられる。
それでも、確かにレイが一役買って狩りに成功した獲物であることに間違いはなく、だんだんと冷たくなっていくウサギの体に対して、レイの体には次第に熱が点るような感覚と一緒に感慨深い思いが溢れてくる。
「一生懸命にやって上手くいかなかったとしても、その結果をどう受け止めるかで過程に意味が、色が付く。姉の死を無理に前向きに考えろとは言わないが、レイが信じて積み重ねてきたことを、レイ自身が信じてあげないでどうする。……考え方次第で、未来はどうとでも変わると言うものよ」
その言葉を受け、レイは何かがストンと収まったような気がした。
ヒジリの死は到底納得できるものではないが、それでも、少しずつでも、前に向かって歩いて行けそうな気がしていた。「分かったか?」と微笑みかけるグレイ爺に対して、レイは忘れかけていた心からの笑みを浮かべて、頷き返すのだった。
「――うん、分かったッ」
「よぉし、良い子だ!!」
傍から見れば孫とお爺ちゃんな構図も、魔物蔓延る森でなければずっと眺めていたであろう。
その後、グレイ爺が残りの暴食暴れウサギ数匹を手早く狩ると帰路につく。
「そう言えばよぉ、どうとでも変わらなかったらどうすんだ?」
帰りの道中、シオが適当な疑問を投げかけると、グレイ爺は考える素振りもなくかかかっ、と笑いながら答えた。
「そうさな、なるようにしかならん。としか言えんだろうよ。それでも、もしもどうにもならん場面に当たったのなら、――笑え」
「「笑う?」」
「あぁ、笑え。虚勢でもいい、見栄でもいい、とにかく自信満々に笑え。好きなだけ笑った後は、美味い飯と、温かい風呂と柔らかなベッドで寝て起きれば、どうにかなっているもんだ。大抵のことは、これで何とかなる。どうにかならない事の方がずっと少ない。いいか、空腹と不潔、暗闇は精神の天敵だ。今言ったことが完璧にできれば、後は勢いでどうにかなるってもんだ」
んな馬鹿な、とシオが呆れる一方で、レイはなるほど、と頷きを繰り返していた。
グレイ爺は今回の狩りでレイに自信がつかないようなら、実際にその手段を用いようかとすら考えていたくらいに、その手法を信じ込んでいた。
病は気から、気の持ちよう。それこそがグレイ爺の信じる心の柱であり、揺るがない信念であった。
結果的には使う機会は無かったものの、精神の安定を図るにはそれが一番だと覚えておいてもらいたかったのだ。
「レイの教育に悪いような、悪くないような……」
「――さ、レイ。帰ってウサギの魔物肉でパスタでも作ろうかのう~」
「作り方、覚える!」
「おっ、なんだそれ、美味そうだな?」
聞いたことのない料理名にふんす、と意気込むレイと美味しい食事に目が無いシオを連れて、グレイ爺はきっひっひと笑いながらモウちゃんカウちゃんが待つ家に帰るのであった。




