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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第四章 それぞれの正義
100/258

100話 変態だああああ

読んでいただきありがとうございます。


変態で締めたはずなのに、次の章ではまた別の変態が冒頭から出てくるなんて……。

 


 茜差す森の中、街道沿いの森の中に怒号が走る。



「――待ちやがれ変態野郎ッ!!」


「いやああああああああ! く、食われるぅ!!!」



 飛び出る木の根も枝葉も気に留めず、深部では特に悪い視界の状況もなんのその。

 木々の隙間どころか、時には枝から枝を伝うという魔物も驚きの逃走技術で一心不乱に、そして軽やかに姿をくらましレイ達を翻弄する野生児を捕まえるために、日暮れに差し掛かった時間帯の森を駆け抜けていた。


 シオが「変態」と叫ぶのも納得の、一糸纏わぬ生まれたままの姿でイチモツを振り回して逃げて行く男を、レイとシオは必死の形相で追いかける。


 セリカ達と別れた後、どうして森の中で変態全裸男を追いかける羽目になったのかは、レイ自身でも謎であり、衣服は纏わないのに竜気を纏って逃げおおせる男を弓矢で狙いを定めながら、これまでを思い出すのであった。
















 セリカとジークに見送られた後、レイとシオ、ヒバリの一行は予定通り森の中を進んでいた。


 セリカとの会話にあった、街道の魔女であったヒバリに襲われたブルーノと言う男を救出するために、ヒバリの餌場である森の深部に向かう事を決めた次第。

 ヒバリ曰く、そこには魔力を吸収した後に昏睡状態にして放置したままの人や魔物を押し詰めており、ブルーノと言う男が誰かは分からずとも、そこに向かえば何かしらの発見はあると判断したのだった。


 森の深部に向かう事になり、本来ならば街道をある程度進んだ先、中間辺りで森に入り深部を目指すのが一番早いのだが、レイ一行が街道に出られないのには理由があった。


『村に騎士が、怪しい少年を探している、って!!』


 いつかのジークの声が思い出される。

 あの時はヒバリの魔眼で騎士を退けて事なきを得た後だったから流れていった話題であったが、いざその場面に遭遇してみると、非常に動きづらいことが分かる。


 あの時騎士が家に訪れた時点でレイ達も動き出せていれば良かったものの、思いの外、騎士達の動きが早く、街道は完全に騎士達の目が行き届く羽目になってしまっている。今も森の中で息を殺していなければ、街道を村の方角に進んでいく騎士の一行に見つかっていた事だろう。


 騎士に見つかっても、セリカの家にやって来た騎士のようにヒバリの魔眼で解決してしまえば良いじゃないか、とシオは言うが、誰かの意思を操作すること、操られる感覚は実際に味わったことのあるレイだからこそ分かる故に、ヒバリの魔眼には極力頼ることはしないと三人で決めた。

 本当に行き詰まった時の切り札として置いておいて、日常では絶対に使わないと約束すると、ヒバリは「マスターとの、約束……」と何が嬉しいのか恍惚とした表情を浮かべていたのを思い出す。


 結局、騎士への対抗策は見つからなければいい、という単純かつ自由の制限が伴うものになってしまったが、シオも納得してくれている。

 納得してくれたとは言え、既に街道一帯は騎士の目が至る所にある上に、当然町に近付けば近づくほどその数が増えていく。と言うのも、街道の魔女の恐怖は町からも、村からも消えてはいない。

 何せ魔女討伐の肝心の証、証拠が無いのだから、いかに騎士と言うだけで信じられていても、口先だけで信じられる程騎士を妄信している者はそう多くはない。


 特に、今回の街道の魔女の件に関しては、騎士が何ひとつとして成果を上げられていないことからもその信頼は少なからず落ちている。

 加えて、騎士が返り討ちに会った、などと言う話が広がれば、それこそ騎士達の面目は丸潰れ。特に辺境でふんぞり返っていた底辺も底辺の騎士達は、除名を免れないが故に、今は必死になって理由も知らずに「怪しい少年」とやらの捜索に取り組む次第であった。


「……ヒバリって、街道の魔女だったんだよね?」

「街道の魔女、と言うのが何を指すのかはヒバリには理解できませんが、街道沿いにて人や魔物を襲撃していたのはヒバリで間違いありませんよ、マスター」

「なぁ、やっぱりこいつが今回の諸悪の根源だろ。邪悪で巨悪で変態なのは間違いねぇって。騎士に突き出してやろうぜ」

「こいつ、ではありません。ヒバリにはヒバリと言う名があるのでして――」

「だぁっ、しつけえっ!!」

「ヒバリを突き出しても、僕たちが怪しくないって証拠にはならないし、まず間違いなく共倒れだから意味ないよ」

「突き出すのは、止めねぇんだな」

「マスター……」

「ちゃんとメリットがあって、ヒバリも助けられるならやるけど……、今回はリスクが高すぎる割に何も成果は得られないから、やらないよ」

「マスター……!」

「こいつの感性イかれちまってんだろ」


 町の中に入ることができて、かつヒバリも救出できて、自分たちに目が向かない。

 そんな都合の良い要素が揃っているならまだしも、今回はまず間違いなくヒバリと仲良く捕まって闇に葬られることだろう。本気で抵抗できるならまだしも、騎士全体の総力が、底がまだ分からない以上下手に暴れることはしない。ヒバリに危害が及ぶことも、セリカ達に迷惑をかける真似もしたくはないから。


 その事も踏まえて、レイ達は森の深部へと足を運んでいく。

 騎士は人手が足りないのか、森の浅い部分、街道に近い辺りまでしか踏み入れて来ず、森の奥に向かえば向かう程騎士の目は減り、代わりに魔物の襲来が増えてくる。


 すっかり人と魔物の生息域が入れ替わった森の奥地に足を踏み入れ、動物や魔物の息遣いが絶えず聞こえてくる森の中、退屈そうに浮遊しているシオがヒバリに向かって声をかける。


「んで、この先にお前の餌場があるのか?」

「マスターに出会うまで体を休めるために使っていた場所です」


 ヒバリが言うには、この森の奥地にも騎士の捜索の手は伸びてきていたと言う。

 しかしその度に、セリカを訪ねてやって来た騎士と同じように魅了の魔眼を用いて退けていた。

 セリカの付け焼刃の母親(アイリーン)秘伝の魔術の知識によれば、ヒバリ程の強力な魅了の魔術であれば対象者を自死に追い込むことも出来ると言うが、ヒバリはそれをしなかった。

 それは単純に魔力の効率が悪すぎると言う理由であったが、レイが命を奪うことを良しとしない性格だと察したのか「マスターと出会うためです」と口から出まかせを言ってのける様を、シオは隣から冷え切った視線を送る、なんて出来事も挟みながら森の深部へと歩みを進める。


 深部には、騎士であれば対峙は避けたい魔物、メッサーガと言う魔物が生息しており、樹木が乱立する木々の上から強襲を仕掛けてくる厄介な魔物であった。

 魔物の姿は進化の末か、それとも突然変異なのかはまだ明らかにされておらず、その生命の神秘とも取れるメッサーガの両腕には骨が変異した奇異な形状をしており、その膂力から放たれる一撃とその形状が生み出す破壊力も相俟って、メッサーガは別名「鎧砕き」とも呼ばれていた。

 数的有利でもって掃討戦を制する騎士達にとって、連携を阻むように乱立する木々は邪魔でしかなく、その上を悠々と飛び跳ねて強襲してきては、騎士の誇りである鎧を砕かれる。鎧だけならばまだしも、それよりもずっと柔らかい頭を潰されることも非常に多いため、メッサーガの群れと森の中で出会ってしまえば騎士である事を捨てて逃げるべし、と騎士は最初に教わる。


 そんな恐るべき魔物も、レイやシオ、ヒバリにとっては敵ではない。


 レイにとっては、こちらに向かって強襲してくるのであれば放つ矢を置いておけばいい、なんて言って当たり前のように眉間を一発で撃ち抜いて見せる。

 シオは、そのしなる体で華麗に強襲の一撃を躱した後、隙だらけの肉体を晒す猿の首を背後から噛み砕く。

 ヒバリに至っては、魅了の魔眼で行動不能に陥らせてから、魔力を吸い尽くしてメッサーガの干物を作り上げていた。


 そもそも、ヒバリが生活できていた以上、レイとシオが魔物を脅威に感じる可能性は無いに等しかった。ただ一つレイが恐怖を感じたのは、ヒバリがもし一歩間違えれば自分もあぁして干物にされかねなかったのだろうか、と生力を吸われていた時の事を思い出して鳥肌を立てることくらいであった。


 森の深部は騎士の目も無く好き動けるし、魔物の脅威も全くない。他の心配事を強いてあげるとすれば、ヒバリの身体能力くらいのものだろう。

 ヒバリの身体能力は有体に言って「並」。その一言に尽きるもので、森の中を歩く事にも不慣れな様子で、レイとシオは彼女のペースに合わせて森の中を進んでいた。

 ペースを心配してか、シオが身体強化は使えないのか、と尋ねるとヒバリは「使えません」と、レイに失望される恐れが伺えるような恐る恐ると言った様子で答えた。


「そっかぁ」

「申し訳ございません、マスター……。でも、ヒバリはまだ――」

「じゃあ、奥に向かう間に、疲れない歩き方教えてあげるよ」

「……え?」

「勝手に失望してんな、ゲロ女。レイはそんタマじゃねぇんだよ」

「最初は疲れるよね、僕もそうだったから良く分かるよ。でもこれが不思議な事に、慣れてくるとあんまり疲れなくなるんだよ。気付くの遅くなってごめんね? さ、手を貸して。一緒に歩いてみよう?」


 常に教えられる立場だったレイは、誰かに何かを教える、憧れだったグレイ爺やギン、アイリーンと同じ目線に立てることが嬉しいようで、ヒバリのキョトンとした顔に気付かずに彼女の手を引いて歩いていく。

 そんな楽しくてたまらないと言った様子のレイの横で、シオが自分の事のように笑って見せる様を、ヒバリはレイの解説を耳にしながら足を運んでいく。今はどうしてか、不思議とシオのやっかみも心地よく感じるのであった。


 そうして昼前にセリカ達と別れてから数時間、休憩を挟みながら森の中を魔物を蹴散らしながら進んだ結果、日暮れ前には目的の場所に辿り着く。


「……こちらです、マスター」

「ありがと。ヒバリは少し休んでて」


 そこは森の自然の中にある洞窟であり、どこか人工的な何かを感じるものがある。

 はあ、ふう、とどこか艶っぽく息を整えるヒバリに休んでいるようにと言って、レイは案内された先の洞窟の様子を見ようと近付いていく。


 木々が風に揺れる音を背に感じながら、警戒しながら入り口に立つと、その洞窟の中には敷き詰められたかのように人と魔物が重なり倒れ伏していた。

 そのどれもが息はしているようで、これら全部がヒバリが襲撃した相手かと思うと肝が冷える思いだった。


 洞窟の手前には人が、奥には魔物が、と敷き詰められている光景に視線を下ろした状態だったのを、レイは不意に頭を上げる。何を感じ取ってでもなく、ただ不意に視線を持ち上げると、洞窟の天井がその目に映る。

 そして、洞窟の天井で四つん這いになって張り付く、全裸の男とばっちり目が合ってしまう。


「へ」


 レイは男を、男はレイを見て一瞬の静寂が音擦れる。

 しかし全裸の男は何かを察したのか、レイに向かってその毛髪の縮れ毛を振り乱しながら大きく首を横に振るのも束の間、レイは大きく息を吸い込んだ勢いのまま、反響する洞窟の中で悲鳴を上げるのだった。






「――変態だあああああああああああああああ!!!!!!!!!」








「ま、待て少年、これには深い理由、が――っ!?」


 変態だ、と叫ぶレイに対して、男は必死になって弁明を図ろうとした次の瞬間、レイの背後から現れる二つの影に言葉が詰まってしまう。


 一つは、悍ましい程の存在感と威圧感を兼ね備えた、目に映すのも恐ろしい化け物。逆光で翻る肉体は芸術のごとき美しさと強靭さを兼ね備え、文字通りこの世のものではない存在に男は全身から汗を吹き出す。

 残るもう片方の影は、意識が混濁する直前に見た記憶が残る桃色の髪。それには得も言われぬ恐怖と不快感が胸の内から溢れ出てくるのを抑えきれない。


 このままでは不味いと判断した男は、入り口が塞がれるより先に天井から体を滑り込ませるという、その見た目通りの身軽さを見せつける。

 そう易々と道を開けるはずがないレイとシオであったが、その男から瞬間的に放たれた竜気を察知して距離を取ったこともあり、レイ一行は日の下で全裸の男と対峙する羽目になってしまう。


 幸いにも、男の発達した太ももによって奇跡的に彼の男根をその目に映すことは無かったが、彼はヒバリの魔眼を知っているのか、瞼を閉じて違う方向を剥いた状態で相対する。


「……少年、また必ず、助けに戻るからなッ!!!」

「え?」

「全裸のおっさんが何かっこつけてんだ。逃がすわけねぇだろ」

「――はげぶっ」


 何を勘違いしたのか、レイに向かって指を差し、必ず戻ってくると宣言してから立ち去ろうとした男の足を、シオはいつの間にか巨大化した尻尾で容赦なく払う。

 受け身に失敗して頭から地面に激突した男だったが、そこから持ち直して今度はレイ達にその鍛え上げられた尻を、背中を見せつける形で止まる。


 直後、気付けば男の真横にまで移動していたシオが、脅すように男の背後から顔を覗かせ、竜気を放つ。


「――食ってやろうか」


 竜気を扱えると言う事は、少なからず感知できるゆえに、魔物達が騒ぎ出さない範囲でもって、男にだけ浴びせかけるように竜気を放つ芸当は竜気覚醒を完全に制御することのできるシオだからこそできる芸当で、レイからすれば技術の無駄遣いと言わざるを得ない。


 男の背筋が恐ろしい程の殺意を浴びてぴくぴくと震え出す様を目撃した直後、先ほど見せた「必ず戻る」と言う格好つけた様が嘘のように悲鳴を上げて逃げ出していく。

 その様を見て、シオはこれまでの自由を制限された憂さ晴らしだ、とカカカ、と笑ってご満悦な様子のシオにレイは尋ねる。


「逃がしてよかったの?」

「すっきりしたから良かっただろ」

「……騎士とか呼ばれたら、不味いんじゃない?」

「カカカ……。おう、マズいな」


 レイの言葉に瞬時に真顔に戻ったシオは「追いかけるぞ!?」と叫んで木々の隙間を縫うようにして男の後を追いかけていった。















「まぁ、止めなかった僕も悪いんだけどさ」


 ヒバリは洞窟の前に置いて、レイは森の中を駆ける。

 平原を走る平面的な走法ではなく、障害物の多い森の中では立体的な動きが求められる。

 それ故に、全力で走るとなるとかなりの体力を消耗するのだが、こんな状況で贅沢は言ってられないだろう。


「シオ、次は左からいくよ」


 声に出しても、男の背に張り付いて追いかけるシオには届きはしないが、何を考えているかは間断なく届く。今もシオがさっさと噛みついて動きを止めてやりたいと考えていることが筒抜けだが、なるべくなら怪我を負わせる事態は避けたい。故に、レイの思うがままに走らせて体力を消耗させるのだ。


 ――これは、いわば一種の狩りなのだから。


 悪いこと考えてんな、とシオから横やりが入る中で、レイの放った矢は寸分違わず男の行く先に届く。

 樹木が乱立していようとも、必ず通る道はある。それを見つけるのに長けているレイに、死角はなく、このまま後数発で事は済むとシオに伝達すると「さっさと済ませろ」と返ってくる。


 帰らずの森の中ではギンの修行が始まる前はこうして二人で狩りをしていたからか、どこか懐かしい気持ちになりつつも腕が落ちていないことを再確認する。


「よし、張り切っちゃうよ」


 口に咥えた矢を番え、レイは再び狙いを定める。


 その数分後、全裸の男は訳も分からぬまま追い詰められ、疲労困憊の交代でヒバリの待つ洞窟まで連れて来られるのであった。









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