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72 竜騎士団3年目 農家の限界

歓迎会から一週間後の週末、ケイは実家に戻ってきていた。

特殊個体の討伐ついでに実家で一泊してから帰る、というごくありふれた日常である。


いつも通り実家の倉庫前にみーくんに乗って降り立つと、アズサが近寄ってきた。


「お帰り。いつもの準備できてるよ。……その鳥は?」

「これは俺の同僚。雷鳥のガーくんだ。今日はみーくんだけでなく、こいつも倉庫ココに泊まる。よろしくな」

「うん。……うん?同僚?」


何を言ってるの?という感じのアズサに対して、ケイはガーくんに妹を紹介する。


「ガーくん。これが俺の妹のアズサだ。寝床や食べ物に希望があれば、こいつにお願いしてくれ」

「ガ」


ガーくんはアズサに近づくと頭を下げた。その様子を見てアズサは何か納得したようだった。


「あ、なるほど。そういう系ね。兄ちゃんが連れてくる鳥が普通なわけないもんね」

「そういう系ってなんだよ。失敬な。別に普通……ではないか」

「ガァー……」

「悪いコじゃないんでしょ?だったら問題なし。この倉庫自由に使ってね。で、このコは何を食べるの?」

「さぁ。木の実とか虫とかかな。でも、いつも食料を自分で調達してるから、大丈夫だよな。あ、農園に生っているものは勝手に食べるなよ。」

「ガ!」

「じゃあ、いつも通りだ。ここを寝床に使うように。では、明日まで解散!」

「ガー」


ガーくんは一声鳴いて飛び去って行った。

一方のみーくんは勝手知ったる他人の家、と倉庫のなかに入って横になっている。


2匹の様子を見届け、ケイとアズサは母屋へと戻った。アスザはこの後用事があるとかで、母屋の前でケイと別れる。別れ際に伝言を伝えられた。


「そうだ。ミノルにいが、ケイ兄ちゃんに相談があるって。今の時間だと部屋にいるんじゃないかな」

「わかった。行ってみるよ」


母屋の廊下を歩いてミノルの部屋に向かったケイは、ノックなしにバーンと扉を開けた。


「うおっ。って兄貴かよ。驚かせないでくれ」

「すまんすまん。アズサから俺に用事があるって聞いたぞ。例のことか?」

「ん。そうなんだ。前に聞いた、数字の解釈についてだけどさ……」


実家に依頼していた農業におけるデータ解析の実践。ミノルの話は‘数字の処理が難しく、意味を見出せない’ということだった。


「作付面積あたりの収穫量とか、肥料と水の配分とか、そういったのは重要だってわかるよ。でもさ、それって計算する意味ある?大体感覚で分かることを時間かけて計算するのは無意味な気がするんだよ」

「たしかに、そうだな。でも、相関取ってみたり、主成分分析すれば思いもよらない関係が見えたりするかもしれないだろ」

「兄貴が言うことは理屈ではわかるけど、手計算で複雑な計算をやるのは時間がかかりすぎる。無理」

「む……」


ケイとしてもそこは気になっていた。

データ解析の手法を教えたものの、それを実行するには決定的に欠けているものがある。


(やはり、計算機がないと無理なのか)


転生前の知識として、ビックデータ解析とかデジタルトランスフォーメーションといった考え方がケイの中に残っている。が、今それを実行するにはハードルが高い。

そもそも、この世界にはコンピュータがない。計算尺やそろばんはあるが、電卓、エクセルのようなものはないのだ。電気・電子関連の知識体系が未成熟。


ただし帝都の近衛騎士団建屋だけは除く。あそこだけは時代の100年先を行っている。


(データ解析が盛んになったのは、データ、解析手法、計算機という3つの要素が揃ったからだった。今のこの世界の状況に無理やり当てはめようとしても、なかなか厳しい)


各要素の状況を整理する。


まずはデータ。これに関しては実家に残っている生産管理台帳があるし、今後もきちんと数字で残していけばよいので問題なし。

次に解析手法。これは転生前の知識を流用する。主成分分析やら回帰木やら、比較的容易な手法の計算理論は覚えている。遺伝アルゴリズムのような複雑な手法は思い出せないし、思い出したとしても実行できる気がしないが、一応できるということで問題なし。

問題は、最後の要素である計算機。データに解析手法を適用したとき、容易に、正確に、素早く結果を確認できる道具。これが、ない。


何か意味のある結果が出るかわからない一つの事象の解析のために、何十時間も数字と格闘するのは非効率だし、モチベーションも続かない。本業がおろそかになってはなんのための解析か。ミノルが音を上げるのは自然なことだった。


「そうだな。やっぱり、無理だよな。すまん」

「僕も言い過ぎた。でも、無理なものは無理なんだよ。計算量が多すぎる」

「簡単に計算できる何かがあればいいんだかなぁ。俺の方で探してみるから、いったんデータの蓄積に集中しよう。解析は散布図レベルの検討で十分だ」

「わかった。領都や帝都の最新技術があれば何とかなるかもしれないし、その時にまた再開ってことでいいんじゃない?」

「だな。よし、気分を切り替えて今日はパーっと飯でも食いに行くか。俺のおごりだ」

「マジで?ゴチになります……って言いたいところだけど、ダメダメ。今日の夕飯は母さんが張り切って作ってるから。外食はまた今度」


タイミングよく美味しそうな匂いがしてきた。

ミノルと二人で部屋を出る。


リビングダイニングでは、母親が食事を並べていた。


「いいところに来たわね。手を洗って、配膳を手伝ってちょうだい」

「了解」


二人でササっと準備を済ませると、父とアズサも匂いにつられてやってきた。


「「「「「いただきます」」」」」


久しぶりの5人での食事。

話題はケイの現況について。


「今日も魔物を討伐してきのか。大変じゃないのか?危ないし、辛ければ家に戻ってきてもいいんだぞ」

「大丈夫。辛くはないし順調だから。当分戻るつもりはないよ。竜騎士団が解体とかされて行き場がなくなって戻って来るなんてことも、ゼロとは言わないけど、まぁそんなことはないと思う」

「お父さん、ケイ兄ちゃんは都会に染まっちゃったんだよ。田舎に帰りたくないとか思っているんだよ。裏切り者だよ」

「アズサ、それお前が領都に行きたかったって恨みだろ」

「あ、わかる?」


父親、アズサと話をしていると、母親が話を遮った。


「そんな話はどうでもいいの。私はケイがいつ結婚するか知りたいの。あのお嬢さんとはもう長いんでしょう?そろそろいい報告をききたいのよ」

「付き合ってまだ2年だよ。気が早いよ」

「そんなことないわ。もたもたして愛想をつかされたらどうするの。決断は早い方がいいと思うわよ。お母さん、あのお嬢さんなら大歓迎するわ」


実際、お互いの両親へ交際していることの報告はすませてある。

というか学生時代、長期休みでみんなの実家に遊びに行っていたので、もともと面識はあったのだ。


「仕事が落ち着いたら考えるよ」


実家に帰ると必ず言われる小言なので、ケイも慣れたもの。聞き流す。

両親は困り顔である。


「もう……」

「まあまぁ母さん。ケイにも考えがある。もう少し気長にまってもいいじゃないか。……とはいえ、タイミングというのはある。理由があって延期するのはよいが、無意味に決断の時期をのばすのはやめておけよ」

「わかった」


その後、ミノルやアズサの現状報告を経て、話は今の実家の状況や農作物の育成状況へと移った。


「今年の柑橘系は表年のはずなんだが花の数が明らかに少なかった。去年よりも収穫量が落ちると思う。卸量については客先と事前に話しておいた方がいいね」


ミノルの言葉に反応したのは父親だった。


「去年は裏年だったから収穫量が落ちるのは仕方ないが今年は天候状況もよいし、肥料や水にも問題はないと思ってる。にもかかわらず花の数が少ない。何か別の要因があるのだろうか」

「僕もそう思って、色々過去の記録を見直したんだ。そうしたら、同じような年があることに気づいた。具体的には、8年前の記録と一致してる」

「ああ。そういえばそうだった。あの年も表年なのに、収穫量が極めて低かったな」


8年前か。ケイが領都学校へ入学した年だ。


「爺さんやひい爺さんから聞いたことがある。何十年周期で、不可解に収穫量が落ちる年があると。私の記憶だと、8年前のさらに前は30年くらい前だったと思うが、いつだったかな……」

「それも調べた。28年前だよ。その前は46年前」

「28年前というと、大規模侵攻があった年か」

「いろんな数字を解析してみたら、今年の状況はそのときと似てる。これよりも前の情報は残っていなかったからわかんないけど……収穫量については低い前提でこれから予定しておいた方がいいと思う」



そんなこんなで食事を終え、ケイはみーくんのいる倉庫へとやってきた。

ケイの足音に気づいたみーくんが顔を上げてこちらを見る。ガーはみーくんの頭の傍で丸くなっていた。


みーくんに起きなくていいい、と身振りで示し、ケイは倉庫を後にした。ガーもこの家に慣れてくれるといいな、と思いつつ。


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