69 竜騎士団3年目 新装備
新人集合研修が終わった翌週、ナツキは無事竜騎士団詰所へと登庁してきた。
研修で扱かれても竜騎士団が嫌になってはいないということで、一同まずはひと安心である。
登庁早々、ナツキと珍しく詰所にいたレイジの二人は団長に呼ばれ、部屋を出ていった。
残ったケイはマヤに話を振った。
「どうしたんでしょう?ナツキくんに何かありましたかね?」
「正式採用通知でしょ。研修課題はクリアしたみたいだし」
「そういえばそういうルールでしたね」
‘半年前の自分では勝てない相手に勝つ’が正式に竜騎士団に所属する条件だった。
「ということは、マヤさん、彼の研修課題知ってるんですか?」
「詳しくは聞いてないの。結果だけ先に団長から聞いただけ。懇親会の準備もあるし」
「いつもの店で宴会ですね。いやー久しぶりだなぁ」
「そうね。竜騎士団全員が集まるのは何か月ぶりかしら。おばちゃんも喜ぶわよ。きっと」
マヤの言葉を聞き、定食屋のおばちゃんを思い出す。
最近はあまりお店に顔を出せていなかった。
夕飯を自分で用意していたころは結構食べに行っていたのだが、最近は夕飯が用意されているせいで外食機会が減っている。
「懇親会は今週末に実施予定だから、そのつもりでいてね。カオリちゃんにもちゃんと伝えておくように」
「はい」
その日は夕飯の準備いらないって言っておこう。
その時、詰所に誰かが近づいてきた気配がした。
マヤとケイが入口に目をやると、ユリが扉を開けて入ってきた。
「ケイ。いるわね。これから時間ある?」
今日の予定と机の上にある書類をざっと確認してケイは答えた。
「えっと……大丈夫です。特に急ぎの業務は入ってないので時間はあります。何かありました?」
「ケイの専用武装が完成したのよ。最終調整したいと思ってね」
先週、影の獣との戦闘中に破損したケイの正式採用剣。
その代わりになる新武装ができあがったらしい。
「わかりました。地下に行けばいいですか?」
「今回は屋外演習場。動きやすい恰好で来て」
「了解です」
必要事項を伝えたらすぐに詰所を去ることが多いユリだが、今日は珍しくそのまま居座っている。
詰所の中を確認し、マヤに確認を取る。
「マヤ、団長は?」
「先ほどナツキ君たちと一緒に出ていきましたよ」
「そう。ちょうどいいわ。相談があるの」
「なんでしょうか?」
マヤが答えたところで、ユリは話を止めてケイを見た。そのままケイへと話かける。
「ケイ、女同士の話があるの。先に演習場に行っといて」
「……了解です」
ケイは大人しく従った。椅子から立ち上がり、詰所を出る。
ケイが着替えて屋外演習場についたとき、ユリはその場にいなかった。
代わりにいたのはフウカである。
「フウカさん?」
「や。お疲れ」
「フウカさんもユリさんに呼ばれたんですか?」
「呼ばれたというよりは志願ね。新しい装備の使い勝手を確認するには実戦形式が一番でしょ」
「あ、そういうことですか」
フウカも動きやすそうな格好をしている。
ケイと練習試合してくれるようだ。
フウカは見慣れないショートソードを携帯していた。
それが自分の新しい得物か、と一瞬思ったが、どうも使い込んだ感じがある。
「そのショートソードは」
「これ?私の愛剣。きょうはこれを使うつもり」
そうこうするうちにユリが姿を現した。
大きなカバンを手にしている。
「どうしたのフウカ?」
「野次馬。私が相手しようと思って。いいでしょ?」
「んー。人形相手の予定だったんだけどな」
「お願い」
「まぁいいか。ケイもそれで構わない?」
「ええ。大丈夫です」
「じゃ、これは置いておくわね」
カバンから人形を取り出したユリは、それを隣に置いた。
その後、カバンから50センチくらいの棒を取り出した。
棒は緩やかに歪曲している。
「はいこれ」
ケイは、ユリが差し出したその棒を受け取った。
「手斧の、持ち手部分?」
棒きれを観察する。軽すぎない重量。本体は木材っぽいが所々に金属が使用されている。
どの部分でも持てるようなっており、両端は丸くなっていた。突き刺すこともできなさそう。
疑問符を浮かべたケイとは対照的に、ユリはどや顔だ。
「自分の武器をイメージすれば刃が出るわ」
「???」
要領が分からないケイに対し、フウカ補足した。
「聖地で、巫女さんから魔道具貸してもらったでしょ?それと同じだと思って。流した魔力が刃を形成するから」
ケイが言われた通りに魔力を流すと銀色の刃が作られた。
聖地で例の道具を使ったときと同じ、細身の諸刃が形成される。ユリが眉を顰める。
「ん?思ったのと違うわね」
「違うんですか?」
「ケイ、あなた以前使った道具をイメージしたでしょ?だからそのときと同じような形状の刃が現れたの。そうじゃなくて、自分が使いやすいと思う形状を、最も得意なものをイメージして」
「えっと……」
イメージし直してみる。今度は正式採用剣とほぼ同じ諸刃が形成された。
「だめ。やり直し」
「えー?」
この2年間相棒だった愛剣なんだけどな、と思いつつ再びイメージ。再度現れた刃は、これまでより太かった。
長さ70センチ程度の刀身は鉈のように幅広で、緩やかに反っている。刃の部分にはさびた鋸のような見るからに痛々しいトゲがついていた。
「剣、鉈、鋸、手斧、どれとも微妙に違う形状ね」
「実家で使ってた道具のイメージが色々混じりました」
フウカの感想に対してケイが言い訳する。
一方のユリは満足そう。
「これよ。やればできるじゃない」
「は?」
「個々人の特性を読み取り、最適な武器を自動生成する機構。成功よ。素晴らしい」
「はぁ……?」
ケイは片手で軽く振ってみた。
確かに、違和感はない。だがこれが自分に合っているかというと違う気がする。
「さすがにこれはちょっと。禍々しい感じがします。自分、こんなイメージないですよ」
「それはどうかしら。それは間違いなくケイが作ったわけだから、ケイの本質の一部のはず。最初は無害で穏やかそうなのに一皮むけると危険……切れる若者?それともベッドヤクザ?」
「言うに事欠いてそれですか!?」
「冗談よ」
ケイの抗議をユリは流した。
「真面目な話、どうなの?使えそう?」
「使えそうではあります。不気味なまでにしっくりとくるんですよね……」
少し悔しい。
そんなケイに対し、ユリは次の段階へ入るように指示をした。
「じゃ、実戦練習するわよ。フウカ、よろしく」
「りょーかい」
演習場の真ん中へと歩いていく二人についていく。
中心部でケイはフウカと向き合った。
「慣らしだから、本気で戦らないようにね。特にフウカ」
「分かってるって。ケイ君はそれで大丈夫?」
「まぁ、大丈夫かと」
「ケイはその武器の使い方を覚えるのを最優先でね。普段と同じ戦い方ができるかを確認しなさい」
「わかりました」
「それじゃあ、上段から」
ユリの合図で、ケイとフウカは構えを取った。
ケイとフウカは舞うように剣戟を交していた。
まず確認したのは新武器の重心。これまでの得物(正式採用剣)と同じように振るうと重量差により、体のバランスが崩れてしまうので、体幹を使って補正する。
この作業は特に難しくなかった。実家で使っている鉈とほぼ同じ要領でいけた。
大きさや形状が異なるのに重心や振り方は体が覚えている。不思議な感じだ。
様々な体勢から様々な軌跡で様々な場所に斬撃を打ち込む。
フウカはそれをある時は避け、受け、流して相手してくれた。
「フウカさん、属性付与試していきます」
「おっけ」
ケイは刃に各属性付与を試してみた。
7属性を順番に試していく。
(これまでの剣よりも容易にできる気がする)
属性切替もほぼ一瞬。悪くない。
全属性を試したところでケイは動きを止めた。
「ん?終わり?」
「はい。ありがとうございました」
「んー……」
フウカは多少息が上がっているようには見えるが、特に文句など言うこともなく動きを止めた。
ユリが近づいてくる。
「お疲れさま。いい感じに見えるけど、何か気が付いたことはある?」
「そうですね……重心が刃よりになってる気がします。対応できるとは思いますが、完全に慣れるにはもう少し時間かかりそうですね」
「気になるなら、刃の方を変えてみたら?」
「刃を?」
「別にその形で固定されてるわけじゃないからね。その気になれば、別の形状の刃も出せるでしょ」
「あ、そういうことですか」
ケイは魔力をいったん止めて刃を消すと、再び正式採用剣と同じような諸刃を発生させた。
「好きに形状を変えて使えるってことですね。これは便利だ」
「いつも使う形状はある程度固定した方がいいと思うけどね」
「隠し芸としては十分ですよ」
戦闘中、自由に間合いを変えられるのは今後強敵と戦うときに応用が効きそう。
何度が刃の形状を変化させていると、ユリが手を差しだした。
「よし、じゃ、それは回収」
「回収?まだ何か?」
「それをケイ以外が使えないように細工するの。明日には渡せると思うわ」
「細工……」
「この機構は聖騎士団の秘匿技術を流用してるから。あまり公にはできないのよね。万が一鹵獲されたら大問題になるわ。ケイも普段帯剣するときは偽装の刃を着けて、刃の換装は人目につかないところでやってね」
「そういうことなら、了解です」
話がまとまりかけたとき、フウカが声を上げた。
「ね、ね。一回だけ本気でやってみない?」
「本気で勝負を?」
「そ、そ。いいでしょ?せっかく私が協力して作った武装だよ?製作者として、それと戦ってみたいんだ」
「自分は構いませんよ」
ユリに目をやると、まぁ、仕方ないかといった表情をしていた。
「分かった。‘危機一髪’もあるけど無理はしないようにね」
ユリが離れていき、ケイとフウカが向き合う。
再び、二人の剣がぶつかった。
特殊個体を狩るためのノコギリのような鉈 つまり、獣狩りのノコ鉈。




