61 竜騎士団3年目 新人の事情?
少し時は流れ、今は夏真っただ中。
昨年度末から緩やかに下降傾向だった特殊個体出現率は、もう少しで例年通りというレベルまで落ち着いてきた。
特殊応援の機会も減り、今年もカイ団長は竜団会議に参加するために帝都へ出かける。
今年もユリは同行を申し出た。団長はよい顔をしなかったものの、他団員の参加希望がなかったこともあり、結局同行を認めた。
今回のユリの同行理由は、‘新しいケイとナツキの武装開発のための情報収集’。
団長としても微妙に論破しにくい理由だ。
実際、最近ユリはケイ達の訓練の様子を見に来ている。さらにはフウカと二人で地下にこもって何やらやっている。
今日は地下室でユリのメディカルチェックを受けることになっている。
時間通りに向かうと5分ほど待たされた。いつものことだ。
一通り運動能力を測定された後で素振りを見せていると、ユリが感想を口にした。
「ずっと感じてたことだけど……ケイの戦い方って何だか違和感あるのよねぇ……」
「違和感?」
「カイの戦い方と似ているじゃない?主武装も同じ剣だし。でも、なんていうかバランスが違うというか……」
「背丈の違いでは?」
ケイは背が高い方だが、団長はケイよりもさらに背が高い。
一方で剣のサイズは同じなので、見た目のバランスは違ってくる。
「それだけじゃないわ。筋肉の付き方も違う。ケイとカイで、よく使う筋肉の部位が違うんじゃない?」
「そうかもしれません」
幼い頃から家業を手伝い、鍬、鋸、鎌、鉈といった農具を使ってきたケイには、それらを操る体裁きが体に染みつている。
一方で本格的な剣術は領都学校入学後に始めたため、当時の指導者には姿勢、腰の使い方や腕の振り方をよく注意された。
今は矯正されているとはいえ、見る人が見れば農作業と剣術のハイブリット。違和感があると言われても否定できない。
「その辺も考えて新しい武装考えた方がよさそうね」
「お願いします」
「任せなさい。どうせならいいものを作るわよ。フウカの協力もあるしね」
「フウカさん?」
「期待して待ちなさい」
詳しいことは説明のないまま、地下室を追い出された。
ユリの説明が足りないのはいつものことなので気にしないことにした。
地下室を出たその足で対魔物騎士団へ向かう。
「お、来たな」
「来たぞ」
ケイの前には同期のカズタカ。その隣には若い女性が立っていた。
「俺が指導員をしてる対魔物騎士団の新人、ハルヒだ」
「ハルヒです。宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しく」
ハルヒと呼ばれた女性には見覚えがある。
先日の休み、ナツキと一緒にいた女性だ。
「で、用事というのは?」
「新人が、話したいことがあるそうでな……こっちで話そう」
カズタカが申し訳なさそうな表情をしている。
3人そろって小さな会議室にはいってドアを閉める。
席に着きケイが向き直ると、ハルヒは口を開いた。
「突然の無礼、お許しください。ナツキ……さんのことについてお話したいことがあります」
「うん」
知ってた。
「彼、今大変な状況なんです」
「うん」
「本当は近衛騎士団に入りたかったのに、事情があって竜騎士団に入ることになってしまって」
「……うん?」
「お願いします。彼を竜騎士団から近衛騎士団に移籍させてあげてください」
「ちょ……ちょっとまって!」
勝手に初耳の話をどんどん進めるハルヒを止める。
「そもそも君とナツキくんの関係もよく分からない。いきなりそんなこと言われても困る」
「あ、すいません……」
その後、多少冷静になったハルヒから詳しく話を聞く。
カズタカにうながされてゆっくりと話し始めた。
「私とナツキ……さんは領都の同じ地区出身の幼馴染なんです。トナミ区ってところなんですけど」
「商業地区だっけ?」
「はい。セツキ商会という会社、ご存知でしょうか?」
「聞いたことある。領都でも有数の総合商社だよね」
「はい、私と彼の家はそこの創業者一族……傍流ですが、いわゆる分家の家系なんです。彼と私は同い年ということもあり、小さい頃から仲良くさせてもらっていました」
一言一言、確かめるような話が続く。
「小さいころからナツキさんは神童として有名で。実際頭もいいし運動神経もよかったんです。特に魔術がとても上手で。そんな彼に目を付けたのが本家……セツキ家の現当主様です。当主様は商会の発展にナツキさんの能力が役に立つと思って、囲い込むことにしたんです。ナツキさんは嫌がったのですが、本家と分家という関係もあって逆らうことは難しくて……」
とりあえず話を先へと促す。
「ナツキさんの心情がよくないことを察した当主様は、懐柔策に出ました。子供には子供ということで」
「君に説得させた?」
「いえ。そうではなく。自分の子供の教育係、家庭教師を依頼したのです」
なるほど……
「ナツキさんよりも6才年下のお嬢様は今年領都学校に進学されました。卒業までの間、休日に家庭教師をするために、ナツキさんは近衛騎士団を諦めて竜騎士団に行くハメに」
「ちょっと」
あんまりな言い方にカズタカからの小言が入る。
「あっ。すいません。そういう意味ではなくて……」
「いや、いいよ。続けて」
「はい……。そういうわけでナツキさんは竜騎士団に入団したものの、本心では近衛騎士団へ行きたいんです。でも本人がそう言い出すことは難しいと思うんです。彼、優しいからご両親の立場を慮っているんだと思います」
ようやく目の前の新人が言いたいことが見えてきた。
「竜騎士団員に新人として配属されてても、半年後に異動になることがあるという話を聞きました。ナツキさんも同じように異動させてあげれませんか?」
ハルヒはそこで喋るのを止めた。
こちらの反応を伺っているようだった。
ケイはハルヒから視線を外し、カズタカの方を向いた。
先ほどよりも‘謝罪’の表情が表に出ている。
溜息をつくと、ケイはハルヒに対して答えた。
できるだけ穏便な言葉を選ぶ。
「君の考え、ナツキくんと昔から親しくて、今の状況を心配していることは分かった。だが、その想いをぶつ……打ち明ける相手を間違っていないかい?」
「……」
「私は彼の指導員というわけではない。まぁ、今の話を本当に指導員にされても困るが。……まずはナツキくんと君が腹を割って話すべきだろう。君の想い込みで職場の、ただの同僚である私に彼の異動を訴えるのは違うと思う」
「……」
「仮に、だ。私がそれを知って異動させたとしたら、そっちの方が問題になる。本人の意思も確認せずにそんなことできないし、コンプラ的にもおかしい。かといってコンプライアンスホットラインを使うような案件でもないし……彼は、君から私に直訴するように言ったのかい?」
「それは、そんなことはありえません」
「どこかで彼の本心を打ち明けられた?」
「いえ、そういう訳でもありません」
「であれば、今の話は君の一人相撲の可能性だってある。案外彼は今の状況に満足しているかもしれない」
ハルヒにはケイの言葉が納得できないようで、すぐに反論してきた。
「そんなことはありません。彼は不満なはずです」
「でも、実際にそんな話を聞いたわけではない」
「彼はそんなこと口にしません。優しいから。私たちを心配させまいとしてるんです」
「じゃあ直接本心を聞いてみればいいんじゃないか?」
「彼が本心を言う訳がありません」
「いや、だから……」
話が堂々巡りになってしまう。
目の前の新人はどうも思い込みが激しい性格のようだ。
何度が同じ問答を繰り返したところで、いい加減堪忍袋の緒が切れたのか、横から助けが入った。
「ハルヒ」
「なんでしょう?」
「今日の目的は、お前の話をケイ……竜騎士団団長補佐に聞いてもらうことだ。この場で回答をもらうことではないよな?」
「ですが、」
話をつづけようとしたハルヒをカズタカはかぶせるように言った。
「大きな組織として動く以上、判断には時間がかかる。決裁者もいればルールもある。今日は話を聞いてもらう場だ」
「……わかりました」
しぶしぶといった様子でハルヒは引き下がった。
「よし。では、先に詰所に戻ってくれ。俺はこいつと少し話がある」
「はい」
ハルヒは素直に席を立ち、一礼して会議室を出て行った。
部屋を出る際、ケイ達に背を向けたハルヒの表情が変わったことに、ケイもカズタカも気づくことはなかった。
扉が閉まったのを確認して、カズタカが口を開く。
「すなまなかった」
「こっちこそ。ああいう答えになってすまない」
「いや、お前は悪くない。彼女の話し方が悪かった」
ふぅ、とため息をつく。
「ナツキの、彼の情報としては初耳だったが、カズタカは今日の話を知っていたのか?」
「いや。詳細は俺もこの場まで知らなかった。知っていればこんな場所をセッティングしなかったよ」
実際、先ほどの話は酒席で愚痴として聞くような類の話だ。
「うちの新人の性根が優しいのは同意だが、今の状況を不満に思っているかどうかは、五分五分といったところか」
「……ハルヒの妄想ではないのか?」
「近衛騎士団への憧れがあるのは中らずと雖も遠からず。実際に本人から聞いた。それ以外はわからん」
先日の彼との話を思い出す。
そういえば、先日の休みに彼は二人の女性と一緒にいた。片方はさっきの新人。もう一人は誰だ?
見た目と年齢的に、先ほど話に出てきたお嬢様とは考えにくい。まぁ本人に聞けばいいか……
「それよりカズタカ、俺に頭を下げてまでこんな機会を作るとは、ずいぶん新人に甘いじゃないか」
からかうように問いかけると、真剣な口調で答えが帰って来た。
「彼女、雰囲気が義妹に似ててな。つい、世話を焼いてしまうんだ」
「シスコンもいい加減にしとけよ」
「シスコンじゃねえよ!」
ケイはカズタカと雑談してから竜騎士団詰所へと戻った。




