60 竜騎士団3年目 新人の不安
ナツキの情報は思わぬところからもたらされた。
ケイの同期、対魔物騎士団に所属するカズタカである。
一年目の集合研修においてケイとチームを組んだ3人のうちの一人。
田舎に義妹がいる男だ。
週末の夜、同期会ということで久しぶりに4人で飲んでいる際中、カズタカはこんなことを言い出した。
「そういえば、竜騎士団の新人、何かあったのか?」
「?急にどうした?」
「対魔物騎士団の新人が気になる話をしてたぞ」
「……詳しく教えてくれ」
「俺が今年新人の指導員になったのは前にも話したと思う。その子がそっちの新人と仲いいらしい。その子の話しぶりだと、竜騎士団の新人が竜騎士団を辞めて対魔物騎士団に来たがっているみたいだが」
「マジか!?」
ナツキ本人からそんな話を聞いたこともないし、そんな素振りを見た記憶もない。初耳だ。
「うちの新人、もともと竜騎士団に応募したけど、書類審査で落とされたらしい。一緒に応募した仲間のうち一人だけが採用されたんだと。で、話をぼかしてたけど、騎士団を移籍するにはどうすればいいかって話がチラっとあってな」
「その子が竜騎士団に移籍したいってことじゃないのか?」
「いや、どうもそうじゃないっぽいんだよなー」
グラスについた水滴をおしぼりタオルで拭いながら、カズタカは否定した。
「竜騎士団への応募が数人いたのは知っているが、落ちた子は対魔物騎士団に行ってたのか。まぁ、外からみたらどっちも似たような業務内容だし、あり得る話か」
「だな。実際の仕事は全然違うけどな。……半分は推測だから。これ以上詳しい話は知らない。あとは本人に確かめてくれ」
「了解。ありがとう。助かる」
「なに、いいいってことよ。お代はここのおごりでいいぜ」
「ダメだ。割り勘だ」
「ケチめ……」
言葉ほどには残念そうではないカズタカ。
「どうしたんだ?今日は妙に寛容だな?」
「分かるか?いや~分かっちゃうか?」
「面倒な予感がするから、機嫌がいい理由は話さなくていいぞ」
「なんでだよ!言わせろよ!」
何かを言いたがっているカズタカをいじる他の面々。
同期会の夜は更けていく。
良いことというのは、義妹との関係が深まったというのろけ話だった。
週明け、ケイは早速ナツキを呼び出していた。
「どうしたんですか?いつもの基礎訓練ではないのですか?」
いつもとは違って会議室に呼び出され、ナツキは不穏な気配を感じたのか、声が小さめ。
ケイはとりあえず世間話から入った。
「集合研修も近いことだし、訓練内容の見直しをしたいと思ってね。今日の基礎訓練はいったんお休み」
「あ、はい」
促されて入口近くの椅子に座るナツキ。
ケイは椅子を持ってきてナツキの近くに座る。
二人は相対しているわけではなく、机の角に座り向く方向は90度ズレている。
インタビュー時によく見る配置だ。
「まずは、今ナツキ君が気になっていることがあれば教えて欲しい。訓練に関係ないことでもいいよ」
「気になっていること……」
ナツキはすぐに質問を口にした。
「集合研修の内容について知りたいです」
「それはダメなんだ。ごめん」
「概要だけでもダメですか?現時点で言えることとか」
「ダメなんだ。事前情報は与えてはいけない、そういうルールになっているから」
「そうですか」
残念そうな様子ではあったが、この情報自体は他からも入手していたようで、ナツキはあっさりと引き下がった。
「他のことなら答えるよ」
「他のこと……」
「時々レイジさんの任務に同行しているんだよね?その時に疑問に思ったけど解決していないこととか」
「んー……あるといえばあるんですが……ちょっとここで聞いていいものなのか‥…」
口に出すことに迷うような内容のようだ。
ケイが黙って待っているとナツキは端的に質問を口にした。
「竜騎士団のキャリアパスってどうなってますか?」
「キャリアパス」
想定していたのとはまったく違う質問で正直面食らった。思わず復唱してしまった。
気を取り直して話を進める。
「キャリアパスが気になった理由、教えてもらっていい?」
「その、現竜騎士団員の中でもカイ団長がお強いというのは聞いています。でも、団長よりもご年配の方もいるじゃないですか。他の騎士団を見ていると団長は団員を纏める老練な方で、カイ団長のような実力者は部隊長、あるいはエースとか呼ばれています」
「そうだね。確かに」
人数の多い3大騎士団は全てそういう人員構成になっている。
「なのに、竜騎士団だけそうじゃないのが気になってて」
「団長が若いことが?」
「それもありますが、どういう評価がされれば職位があがるんだろうなっていうのが疑問で」
「うーん」
ケイは困った。
カイ団長がなぜ団長という役職についているか。言われるまでに気にしたことがなかった。
正確には、確認したことがなかった。
改めてカイ団長が団長の理由を考えてみる。
現団員の中で実力的に最強だから?年齢的には年上のケンイチやレイジから団長を押し付けられた?あるいは前団長に指名された?
推測は話せるが、下手なことを話してナツキが誤解しても良くない。
竜騎士団という組織そのものに失望されるような受け答えはしたくない。
ケイは無難な内容から話すことにした。
「職位を上げる方法は人事規定に書いていたと思う」
竜騎士団も公務員。給料や人事制度は公務員規定に縛られる。
さらには竜騎士団用の特殊手当も明文化されている。
「そうなんですけど……」
「団長のグレードが知りたい?」
「そういうわけでもなく……」
「団長になりたい?」
「……ええと……」
反応が変わった。これが正解か?
キャリアパスという話にも繋がる。
「ケイさんは3年目で団長補佐という役職についているじゃないですか。ケイさんとカイ団長の戦闘スタイルは特化型ではない、総合型で似ているって聞いてます。そういう人が上に上がれるのかなーと思ったり……」
「それは違う」
ケイは明確に否定した。
「戦闘スタイルは団内の立場とは関係ない。団長補佐というか肩書がついているのは偶々だよ。そういう経験を積む時期ということで」
「ということは、私も数年後にはなれますか?」
「可能性はあるよ。団長補佐って何か実行権限もっているわけではなくて本当に名前だけなんだけどね。……役職につけるかどうかが心配だった?」
「その……はい」
「だったら、心配はいらない。時期が来れば、その時に役職にふさわしい実力を示すことができれば役職につける、と思う。たぶん」
何となくの流れで団長補佐になってしまったケイにとって、正式に肩書を得る方法をし教えることは困難。ただ、事実として今の年配団員は団長になりたいとは思っていない。ナツキのその気があれば、特に問題なくナツキは役職につけるだろう。
ケイの言葉に、ナツキの表情が少し柔らかくなったように見える。
「年配の方々は役職もつかずに働いているから、色々大丈夫なのか疑問でした」
「あの人たちはそういうこと気にしないから。それに、役職はついてなくても竜騎士団はそこそこ給料もらってるよ。危険手当みたいなものだけど」
実際、狩った特殊個体の脅威度ランクによって手当がつく。
そこそこ大きい金額なので、普通に生活する上で金銭に困るようなことはない。
この部分については、ナツキに実感がなくとも仕方ない。まだ単独で狩りをしたことがないのだから。
ケイは手当の具体的な金額を上げて説明した。
ナツキの心配の一つは解消されたようだ。
話しは竜騎士団員面々にまで及んだ
「レイジさんの実力はすごいと思います。特殊個体を魔術で瞬殺できるような魔導士なんてそうそういないですよね。なのに、一人で資料室の一角で本を読んだり、訓練場で魔術の実践訓練をしたり……」
「そうだね」
「その気になれば、もっといい立場になったり、条件のいい職に転職したりできる気がするんです」
「かもしれないね」
「でも、レイジさんはそこに不満を持っているような雰囲気はなくて……。それが竜騎士団では普通のことなのかと。であれば、自分が10年、15年竜騎士団員として働いた結果がレイジさんのような立場というのは、ちょっとどうかと思ってしまって」
ナツキの考えていること、言いたいことがおぼろげながら見えてきた。
きっとナツキは欲求の大小、個人の指向パターンが指導員であるレイジと違うのだ。
レイジは魔導士としてストイックに魔術を究めることに興味が向いている。
なので、いち竜騎士団団員として今の仕事を続けることに特に不満はない。
一方でナツキはそこまで達観してはいない。
少なくとも偉くなりたいという外的承認欲求はある。そのため、自分の指導員であるレイジを見て、擬似的な自分の将来の姿だと思って、言い方は悪いが、失望した。
世間一般的にはナツキの考えは至極まっとうなものであり、むしろレイジの指向の方が少数派かもしれない。
ケイは反省した。竜騎士団という特殊環境に身を置いているせいで、無意識に思考の基準点がズレていた。
安心させようとして、多少余分な情報も口にしてしまった。
「竜騎士団は配置転換が滅多にないけど、絶対不可ってわけじゃない。例えば、近衛騎士団の中には竜騎士団と同じように、特殊個体を狩ることが主業務の部隊もある。近衛騎士団を目指すために竜騎士団で経験を積む、という考え方だってあるよ」
「近衛騎士団。いいなぁ」
「興味ある?」
「……実は、少し。やっぱりネームバリューが違いますから」
「就活時にそっちの道は考えなかったの?」
「考えたことはあります。ただ、友人の勧めで竜騎士団を受けたら自分だけ合格、そのままなし崩しに就職というのが正直なところで。その友人の期待を裏切るようなことはしたくないし、合格したのに断るのも悪いし」
「そうなんだ」
薄々感じていたことだが、ナツキは性根が優しい。
自分の意思ではなく、その友人の意向に従って動いているように聞こえる。
先日聞いた対魔物騎士団の新人だろうか。
今度カズタカに会うとき、何か知らないか聞いてみよう。
そんなこんなでケイは話を最初の質問に戻した。
「キャリアパスについて、こんな感じの回答でどうかな?」
「ありがとうございます。疑問が解決しました」
「よし。では、本題の訓練方法についてだ」
その後、ケイはナツキが行う基礎訓練の種類と時間をかける割合を変えるように指示した。
集合研修をナツキが突破できるように。




