54 竜騎士団3年目 初回訓練
ケイは団長と共に、累加領域にはいるための特訓を開始した.
「まずは私がやってみせる。こっちへ」
ケイは団長の指示通りに訓練場の中心近くまで歩き、そこで待機する。
一方、団長はケイから5メートルほど離れた場所で立ち止まった。
「いくよ」
団長が声を発した次の瞬間、団長はケイの目の前にいた。
「!」
ケイは思わずのけぞってしまった。
「速すぎてよく分かりませんでした・・・」
ケンイチが使う縮地、目では何とか捉えられるが体の対応が追い付かない移動方法ではない。
ツララの使う暗部の体術、意識の隙間を利用したヌルっとした移動方法でもない。
今回ケイは団長に注目していた。瞬きもしていない。
にもかかわらず、移動途中の動きが見えなかった。
「もう一度、今度は先ほどよりもゆっくり移動する・・・いくよ」
団長は移動前の場所に戻ると再び累加領域に入る。
今回はケイにも団長の移動が見えた。
全体的には普通に歩いてこちらへ来ているように見えるが、ストップモーションを見ているような違和感。
「どうだった?」
「見えました。なんだが変な動きでした」
「意識を加速させた状態で体をゆっくり動かしたから、不自然な挙動になってしまうんだ。これはこれで難しいな」
団長がこの技術を自在に使えることは分かった。
「これができるようになれば訓練は終了だ。いいね?」
「はい」
「で、どうやるかだか、先ほど言った通り」
条件は‘全ての属性の魔術変換を特定の強度で同時実行する‘
団長は何でもないことのように言ったが、よく考えたら大変なことを言っている。
そもそも、魔術の同時使用というのは高等テクニックである。
普通の人は同時に発動できるのは1属性。魔術についての知識が豊富なら2属性。
3属性扱えれば優秀、4属性で魔術の専門家。5属性以上というのはあまり聞いたことがない。
「ケイは魔術の同時発動、いくつまでできる?」
「成功したことがあるのは3つです」
ケイは得意な3属性、水・土・闇の同時発動であれば可能。
ゴールは7属性。半分以下である。
「優秀だね。4つ以上を試したことは?」
「学生時代に何度があります。不発でした」
魔術の授業には複数属性を同時に扱うテストもある。
定期試験対策として、練習したことはある。
「4つ以上を真面目に練習する機会はあまりなかったのではないか?」
「それは・・・確かにそうです。学校では3属性扱えればそれで優評価でしたから」
「4属性以上の同時発動が可能な魔術師が少ないのは、それが極めて難しいからではない。単純に効率が悪いからだ。複合属性魔術の使い道は限られる。同時発動できたところで、それはむしろ曲芸。実用性に乏しい」
この世界では火属性と水属性の同時発動で極大消滅魔術なんてものはできない。
魔術発動者の魔力リソースや集中力を分散させるだけなので、同時発動の努力をするよりも各属性に習熟した方が総合的に見て効率がいい。
あまり役に立つ機会はないけど、できないよりはできた方がいいよね、程度の扱いなのだ。
「大丈夫。同時発動はコツさえつかめばすぐできる。むしろ問題になるのは、その発動強度を属性毎に調整するところだ」
「強度調整」
「クリアすべき課題は2つ。7属性の強度をある特定割合にすること。各属性の強度を一定以上にすること」
団長は訓練場の壁際から黒板を持ってきた。
黒板に記載していく。
火:10 水:10 風:10 土:10 雷:33 光:25 闇:25
「ざっくりいうと、この強度割合で属性変換をかける」
「雷だけ突出してるというか、変な数字ですね」
「私もそう思う」
団長はそのまま、黒板に今後の訓練の流れを記載した。
①7属性を同時発動できるようになる
②7属性の強度割り振りを一定比率にした状態で同時発動できるようになる
③②の状態で全体的な魔力変換量を増やし、累加領域を発動できる状態にする
「まずは、同時発動できる属性を増やすこと。さっきも言った通り、これは練習量がモノをいう。なるべく時間を見つけて練習してくれ」
「はい」
ケイの返事に対し、団長は頷き、道具入れから木刀を2本取ってきた。
片方をケイに手渡す。
「では、やろうか」
「はい・・?」
「私と実践型式でやろう。今日は3属性でいい。戦いながら3属性魔術を同時に使うんだ」
「・・・」
ここまでの話から、今日は魔術的な訓練をするのかと思ったらそうではないらしい。
魔術同時発動の練習だけならケイ一人でできる。
面食らったが、よく考えたら団長に体術の稽古をつけてもらう機会だって少ない。
断る理由はない。
「「宜しくお願いします」」
ケイと団長は訓練を開始した。
その日の夕方。ケイの家。
カオリの準備した夕食を一緒に食べつつ、ケイは昼間の出来事を話していた。
「それで団長さんにこっぴどくやられたの?」
「仕方ない。というか勝てるイメージが全くない」
ボコボコにされたものの、特に怪我はない。
団長の回復魔術は竜騎士団でも一番。
強力な回復魔術の使い手であると自覚しているが故に、訓練でも容赦のない攻撃を放ってくる。
怪我したとしても直せばノーカンです。
「7属性同時使用ねぇ。ケイってそういう細かい技術不得意じゃなかった?」
「そうなんだよな・・・3属性でも大変なのに、ここから4属性を追加。できるのかなぁ」
「諦めるの?」
「いや、そんなことはない。ただ・・・ねぇ?」
チラっチラっと何かを要求するケイ。
「はぁ・・・分かった。何かご褒美用意する」
「本当に?」
「本当。欲しいものある?」
「今は思いつかない」
「だったら、考えておくように。あまり高価なものはナシです」
「了解。ところで話は変わるけど・・・」
「なに?」
「これはどうしたの?」
料理の隣にはケーキが置いてある。
今日は記念日ではないはず。なぜこれがあるのか。
「え!わからないの?」
「いや・・・うん。わからない・・・」
何か記念日を失念していた場合、機嫌の悪化は避けられない。
ケーキを見つけてからずっと考えていたが、やはり分からない。
「お土産。フブキちゃんとコトネさんが持ってきてくれたの」
「持って来たって、ここに?」
「まさか。二人が来たのは私の家。ケイと一緒にどうぞってことだったから持ってきた。もしどこかで会ったらお礼言っといてね」
カオリの機嫌は良さそうだ。
「ここのケーキ、人気ですぐ売り切れちゃうからすごく嬉しい」
「よかったね」
「コトネさんのセレクトだって。センスいい子だよね。フブキちゃんも本当はケイにも会いたかったみたいだけど、都合が合わないからって帰ったよ」
「そうか」
「こっちに来てもらうばかりじゃ悪いし、時間見つけてこっちから遊びに行こうね」
「ああ」
フブキちゃんはともかく、コトネさんまでカオリと会っている。
交流の輪が広がるのは悪くはない、はずだ。
ケーキは確かに美味しかった。




