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44 竜騎士団2年目 私用と公用

連休明けの朝、ケイは自宅でうじうじしていた。


「あー、きっと怒られる。仕事行きたくないなー」

「そんなこと言わないの。皆さんに迷惑かけてしまったんだからちゃんとお話しないと。ほら、元気出していってらっしゃい」

「はーい・・・」


ケイはカオリからお弁当を受け取り、市庁舎へ向けて歩き始めた。

最近は平日でも互いの家に泊まることも多い二人。ケイはカオリのオカン化が進んでいる気がしていた。


市庁舎に近づくにつれて人が増えていく。途中、偶然ツララと出会った。

相変わらず大きなお弁当袋を持っている。


「先輩。おはようございます」

「おはよう」

「あの後、大丈夫でしたか?・・・マヤさんから大体のことは聞きましたけど」

「ツララのおかげで助かった。ありがとう」

「良かったです・・・それはそうとですね・・・」


二人は年度末の行事に関する世間話をしながら竜騎士団詰所へとやってきた。

詰所にはすでに団長とマヤ、クロカゲがいた。


「おはようございます・・・」

「おはよう」

「おはようございます」


団長もマヤもいつも通り。


(あれ、そんなに悪い雰囲気じゃない?)


出席札をひっくり返して席に着き、まずは団長に報告。


「団長、先日のことですが」

「うん。ケイも大変だったね。それはあとで、みんなが集まってから話そうか」

「わかりました」


(やっぱり話はあるのね・・・)


自分の机に戻り、積まれていた書類を取る。次の狩り対象特殊個体の調査書類だ。

中身を確認していると、続々と団員が詰所にやってきた。


「みんな、今日は仕事を始める前に共有したい事がある」


全員が集まったところで、カイ団長は注意を自分に集めた。


「先日、領内で魔人と遭遇したことについてだ」


魔人というキーワードでその場の雰囲気が変わった。


「それ本当なの?」

「本当だ。ケイが遭遇し、レイジとマヤが応援に駆け付けたところで魔人は撤退した」

「ケイが相手したの?やるじゃない」

「いえ、自分は魔人と戦ってはないです。魔人の部下っぽい男とは戦いました」


ユリの言葉に対してケイが答える。

魔物使いの使役する魔物たちと戦ったのは、魔物使いと戦った、といってもいいだろう。


「具体的な場所は領内のどこだ?」

「‘聖域’だ」

「最初から話を聞かせてもらった方がいいな」


カイ団長はルイの問いに対して簡潔に答え、それに対するコメントはケンイチからだった。


「きっかけはケイが‘聖域’の住人と私的な交流があったことによる。・・・みんな知っての通り、‘聖域’というのは聖騎士団が守る亜空間のことだ。私とマヤが聖域の住人と交流があることは何となく知っていたと思う。ケイもそれと同じ、と思ってもらえればいい」

「へぇ。ケイがねぇ」

「事情があってね。それはさておき連休初日の夜9時ごろだ、休暇中のケイの前に住人が現れ、個人的に救助を要請してきた。聖域に魔物が多数出現したので助けてほしいという内容だ。ケイは要請に応じ、その住人と共に聖域に単身突入。そのときケイはツララと共に旅行中だったので、ツララがすぐに私にその旨連絡してくれた」

「ケイとツララが旅行?」

「友人たちとプライベート旅行ですよ。全員で9人の団体旅行でした」

「ユリさん、そこは本筋じゃないから。・・・で、聖域は思った以上に深刻な事態になっていた。4人の侵入者が魔物を多数召喚済。適切な避難により住民たちの被害が小さかったのが救いだが、聖騎士団との連絡は遮断されていた。応援が見込めない状況でケイは魔人や特殊個体を使役する人物と対峙、明け方近くにレイジとマヤが応援に駆け付けたところで、侵入者は撤退した。聖域への行き方を知っていることでマヤを、戦闘要員としてレイジに応援をお願いした。二人とも、急な対応をありがとうございました」


「いえ。大したことしてないです」

「初めて聖域に入る、興味深い経験だった」


「さて、概要はここまでだが、何か聞きたいことは?」

「具体的な被害は?」


ユリの問いに団長が答える。


「人的被害としては、死者ゼロで重傷者が1名。判断に困るのが1名。物的被害は大したことはなかった」

「判断に困るってのは?」

「聖騎士団の1名が魔人だった」


「・・・魔人は知ってるヤツか?」

「マヤさん」


ケンイチの問いに対し、団長に促されたマヤが報告を始めた。


「私は初めて見る顔で心当たりはありません。過去資料を当たってみます。ただ、ケイくんやその場にいた人物の話だと、聖騎士団員の一人が目の前で魔人に変化したということでした」

「魔族が潜り込んでいたのか・・・」

「件の団員とは交流がなかったので、その方がもともと魔族だったのか、それともどこかですり替わったのかは不明です。聖騎士団からの情報もありません・・・ですが、向こうはこちらを知っていた可能性があります。撤退を決断するまでの時間が極めて短かったので」


マヤの視線を受けてレイジが言葉を継ぐ。


「魔人と相対したのは自分だが、一般的な魔術師レベルに偽装していたにもかかわらず、にらみ合ったのちにすぐ撤退していった。我々のことを知っていて不利だと悟った可能性はある。あるいは偽装を見抜いたのか、慎重な性格なのか、そういう作戦だったのか」

「ただ、魔人以外の侵入者3名については身元が割れています。一人は諸島連合の過激活動家。特徴的な大鬼の特殊個体を使役していたことからまず間違いありません。残り二人は列島領の商人と傭兵です。この二人は正規の手続きを踏んで辺境伯領に入っています」

「クロカゲ」

「暗部として現在調査中だ。今のところこの3人に繋がりがあるという情報は入っていない」


団長やクロカゲは既に動いていてくれたようだ。

・・・よく考えれば、どこに敵がいるかもわからないのに呑気に旅行の続きを楽しむのはマズかった気もする。


「島関係の可能性が高いが、そもそも‘聖域’を狙う理由、聖騎士団と敵対してまで何がやりたかったのか等全て不明。本当はもっと調査したいところではあるが・・・この件は各騎士団に情報を流し、我々は竜騎士団としての対応はしない。今この場は魔人出現及び島関連のトラブルの可能性ありという事実に対しての注意喚起であり、これ以降の対応は、各自の判断とする。ただし、例外としてクロカゲには竜騎士団としてではなく、暗部として動いてもらい、そこで得た情報は適時共有する。・・他に何か質問は?」


カイ団長は団員を見回した。特にだれからも声は上がらなかった。


「レイジやマヤには休日返上で動いてもらったので、その分の手当ては別名目で何とかする。では、この話はこれまで。・・・特殊応援が増えてきた。忙しくなってきたが、皆、気を抜かずにいこう。ご安全に」


解散の声の後、団員たちは三々五々自分の定位置へと帰って行く。


「私は少し席を離れるが、レイジとケイはまた後で話がある。よろしく」

「わかりました」


団長も詰所を出て行ってしまった。

ケイが自席に着くと、マヤとツララが雑談を始めた。


「今回の件、竜騎士団としては無関係ってことにして、これ以上深入りしないのは何故なんですか?」

「聖域の取扱いに困るのよ。聖域の存在を知るのは一部関係者のみで、存在を表に出すことができない。そんな‘存在しないもの’に対して竜騎士団がどう動くか、判断が難しいの」

「私有地的な扱いにはできないんですか」

「帝国内のどの領においても、聖域の扱いは曖昧にされているの。もし私たちが私有地扱いした場合、最初の例になって色々と面倒になるのは目に見えてる。竜騎士団が私有地で活動したということになって各種書類をそろえる必要がでてくる、それはただでさえ忙しい今の状況では避けたい。・・・竜騎士団の活動範囲や活動内容は法令で定められているから、各種通達や前例がない今、各騎士団は聖域での活動は禁止されているようなものよ」

「そうなると、聖騎士団はどういう理屈で聖域を管理しているんですか」

「あれは公的機関じゃないから。いち民間団体の警備部が騎士団を自称している、という扱いになるわけ。そういう行政的な縛りとは無関係。事実上、聖域は宗教団体が統治する治外法権になっているのよ」


そこでケイも話に加わる。


「住民は税金を払っている、と聞きましたが」

「それは、表の立場として、だよね。宗教団体関係者として表の立場と住居があって税を払ってるはず。聖域の土地で暮らす限り、住民税や所得税、相続税はない」

「うーん・・・」

「一応、竜騎士団うちは表の組織だから、何か動くと記録が残っちゃう。暗部みたいに記録を非公開にしたり、廃棄や抹消したりそもそも‘無かったこと’にしたりって、結構大変なのよ。定期的に一般監査もあるし、法令の解釈で逃げるのにも限界がある。そうなると結局個々人が私用で動いたことにするのが一番楽ってことになっちゃう」

「とはいえ、これって結構重要事項じゃないですか。閲覧制限を強めの極秘事項に指定して対応する、みたいにある程度融通が効いてしかるべきかと」

「他領はこっそりそうやってるかもね・・・。でも、辺境伯領では竜騎士団へのあたりが強くて、竜騎士団の活動はガチガチに規定されてきたのよ。今の市長に変わってから大分マシになってきたけど、これを機に、もう少し柔軟な対応ができるようになればいいわね」

「私用という名目にすることで規則にも縛られない。完全に抜け道というか、何とも言えないグレーな感じです。みんなこれが茶番だと理解した上で行動しているとは・・・」


「だから、表向き、聖域に関する公式情報は何もないの」

「私用だから、たとえ有用な情報であったとしても公式記録として残せない、と」

「そう。記録じゃなくて記憶として残ることになる有用な情報をどう次世代に継承するか。課題よね・・・」


説明を終えたマヤは腕組みしつつ溜息をついた。


団長が戻ってきたのはお昼前だった。

色々問い詰められると思っていたが、戦った相手についての情報を聞かれたものの、特に叱咤を受けるようなことはなかった。


「私用で動いたことに対して、竜騎士団団長として苦言を呈すつもりはないよ。結果的には悪いことにはならなかったんだから」

「ですが・・・」


団長はケイの言葉を遮った。


「もし、竜騎士団としての立場を重視するなら、救援要請にその場で答えるべきではなかった。一旦私に連絡して、それから対応というのが筋だから。だが、今回はケイの決断によって救われた命もある。私もいち個人として、聖域に暮らす人たちの友人として、ケイには感謝している」

「・・・」

「権限と責任は等価であるべきだ。今回のような選択を迫られる場面は今後も幾度となくある。自分の選択に責任を持つことだ」

「はい・・・」

「さしあたっては・・・もっと強くなることだね」

「精進します」


仕事を終えて自宅へと戻ったケイは、そこで大量の料理で歓迎された。ケイが落ち込んで帰ってくると思っていたカオリが好物を用意していたのだ。

ケイはお腹がいっぱいになって横になり、連休明け初日を終えた。


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