10 竜騎士団1年目 成果確認試験 後編
試験日当日、ケイは朝から緊張していた。
一週間できる限りの試験想定・準備をしてきたつもりだった。あとは全力で立ち向かうだけだ。
「では、最初の試験、筆記試験だ」
マヤがケイに問題用紙と解答用紙を配った。
「制限時間は1時間。では・・・開始」
問題用紙に記載されていたのは数学的な基礎知識を問うもの、市庁舎の業務手続ルール、辺境伯領や帝国の法令についてなど、多岐にわたっていた。
マヤにしごかれたケイにとっては、いずれも難しいものではなく、余裕をもって回答することができた。
試験終了後、即座に添削が行われた。結果は95点、ひっかけ問題を1問間違えただけだった。
「優秀だね」
団長的にはまずは合格らしい。
休憩の後、二つ目の筆記試験が行われた。
内容は‘市庁舎の噂と真実について’
・団長がよく使う剣技
・マヤの得意魔術
・飛竜たちの好きなもの
・レイジの欲している魔導書
上記のような竜騎士団団員についてはある程度分かるが
・市長秘書の得意料理
・警備騎士団長の休日の過ごし方
・市庁舎受付おばちゃんの子供の人数
とか聞かれても困る。結果は50点。半分間違えた。
「すごいね・・・」
団長的にはこれで十分らしい。
「他の団員の皆さんがやったら赤点だと思いますよ。皆さん基本的に自分のことしか興味のない方々ですから」
答案を返してもらう際のマヤのコメントに思わず納得してしまった。
昼食を終えて、午後は戦闘能力試験である。
市庁舎を出て移動したのは竜舎よりもさらに遠く、今は使われていない戦闘訓練場だった。サッカーができるくらいの大きさがあるが、一面に草が生い茂っている。市庁舎の近くに新しい訓練場はあるが、そこは不都合とのこと。
その場にいるのはケイ、団長、レイジ、ユリの4人だった。ユリはいつも地下室で怪しい実験をしているお姉さん錬金術師だ。
ケイたちは訓練場の中心付近までやってきた。
「じゃあ、レイジ、ユリ、よろしく」
団長が声を書けると、レイジが魔術を発動させ、戦闘訓練場を覆うように障壁が張られた。
ユリは持っていたカバンから小さな人形を取り出した。
人形を地面に置いて術を発動させると、その人形はケイよりも少し大きいくらいに膨張し、立ち上がった。両目にあたる部分がかすかに光っている。
「午後の試験は、この訓練用人形と戦ってもらう。人形を倒したらその時点で終了だ。制限時間いっぱい逃げ回ってもいい。場所はこの障壁空間内に限定させてもらうが、どんな手を使ってもいい」
「倒す、というのは具体的にどうすれば?」
「一定以上のダメージを受けたら活動を停止するようになっているよ。目の光が10秒以上消えたり、人形が小さくなるのが合図」
ユリがケイの問いに回答した。
「と、いうわけだ。時間制限は今から2時間」
「2時間・・・」
思った以上の長さに、ケイの直感は危険を告げていた。
「では、1分後にスタート。我々は障壁の外で待機してるから。一応、大怪我はしないようになっているけど、ケイも気を付けるように」
そういって団長たちは離れていった。
一分後、あらぬ方向を向いていた人形がケイに向き直った。
目の光はいつの間にか青色になっている。
ゆっくりと構えを取る人形。その構えはまるで
「ケンイチさん?」
ケイが思わずつぶやくとすぐに人形は急速接近し正拳突きを放ってきた。避けたケイに追い打ちをかける人形。ケイは防戦一方になり、距離を開けようとしたが人形がピタリと追いかけてくる。体術を駆使しつつ、拘束魔法を発動させて人形の動きを止めるも、数秒後にはその拘束を破壊して動き始めた。
ケイは悟った。この人形はケンイチの技をコピーしている、と。
そして、コピーにありがちな、精度劣化もある。現在この瞬間にまだケイが一撃も食らっていないのがその証左だった。
本物のケンイチであれば、とっくに一撃もらっているはずだ。
ケイは障壁の外、ユリの様子を盗み見た。ユリの操作によって人形が動いているのか、自律型なのかが知りたかったからだ。
見た感じではユリが何かしている様子はない。ケイは自律型だと判断した。
「ん!」
ケイは魔術を使い始めた。人形の左右、背後に氷の刃を発生させて発射する。
ケンイチ本人であれば、そのすべてを気合だけで叩き落していただろうが、人形は距離を取ってその3つを避けた。やはり、ケイがある程度まともに戦えるように性能が落とされているのだ。
「いつものお返し、させてもらいます」
ケイは普段のケンイチとの手合わせでは禁じている、魔術を含めて自分の能力をフルに使った戦闘を開始した。
―障壁の外では団長たちが様子を見つつ歓談していた。
「なかなかやりますね」
「一年頑張ってたから」
「最初にわたしの方を見て、あの人形の特徴を探ってたわ。戦闘バカではないみたいね」
ユリは続けた。
「でも、次の仕掛けはどうかしら?」
ケイは終始優位に人形と戦いを続けていた。訓練で手合わせする機会が最も多いのがケンイチである。技や体術の流れが何となくわかる上に、向こうが技を出す際、ケンイチにはないスキが人形にはある。
確実にダメージを与え続け、とうとう一撃をまともに受けた人形は倒れこみ、動きを停止した。
目の青い光が小さくなっていく。光が消える、というとき、目に緑色の光が宿った。
同時に人形から雷がケイに向かって放たれる。
「そう簡単にはいかないか!」
人形は自身の周囲に強力な魔法障壁を張りつつ、広範囲対象の攻撃魔法を連発してきた。
「レイジさんのコピーか」
魔法を魔術防壁で受け流しつつ、ケイは戦闘を続ける。
遠距離からの魔術攻撃連発に対し、ケイは砂嵐を発生さえて視界を遮る。
人形は少しの間手を止めたが、すぐに攻撃を再開した。砂嵐などないかのように、特定の場所を狙いうちする。
少し時間が経つと砂嵐が収まってきた。人形が攻撃していた場所には焼け焦げた小さな紙が落ちていた。ケイが作ったデコイだった。
人形の真後ろから、ケイが剣で切りかかる。剣は少量の水をまとっていた。自在に使えるようになった技‘水刃’だ。
魔術障壁ごと真っ二つになった人形が地面に倒れこみ、ケイはその場から飛び離れた。
倒れこんだ人形は震えるとゆっくりと再生を始めた。切断面から無数の触手が伸び、両断された右半身と左半身はつなぎ合わさって元の形に戻った。目の緑の光は消え、黄色に輝く。
人形が跳ね起きると同時に、飛竜をかたどった魔力の塊が発生し、ブレスを吐いてきた。
ケイはそれを間一髪で回避した。
人形が再現したのはルイだった。ルイは精霊使いで、飛竜を模倣した精霊たちにお願いすることで協力を得る。ルイ本人であれば多くの個体を同時に操るが、人形は飛竜を模倣した2体が同時に操れる上限のようだった。
「ルイさん・・・どうしよう」
ケイはルイが戦う様子を見たことがない。非常に困った。
ー障壁の外
「お、レイジがあっという間にやられたぞ」
「いや、驚いた。索敵方法はこの前の任務でちょっと話しただけなんだがな」
レイジは、先日の白狼討伐時、敵の位置を魔力の流れで読み取る、と説明したことを思い出していた。レイジ本人であれば当然おとりと本物を判別できるが、デチューンされた人形には判別できなかったために瞬殺されてしまった。
現時点でのケイの対処としては理想的なものだ。
「でも、ルイには苦戦しているようだね」
ケイは苦戦していた。何十分も2体の精霊竜と交戦を続けているものの、2体は攻撃担当、防御担当と役割が明確で、人形本体へまともな攻撃が通らない。
救いは、人形本体が攻撃してこないことだった。ルイ本人であれば、複数の精霊竜と自身の連携によってあっという間にケイは負けていただろう。
このまま時間切れを狙ってもいいが・・・どうせなら、とケイは奇策に打って出た。
自分の前に土魔法で飛竜のミニチュアを作り出したのだ。一瞬攻撃が止まる。
その瞬間を見逃さず、ケイは土魔法を放つ。人形の目前に飛竜の銅像を出現させ、後ろからは鋭い金属のトゲを持つ杭を打ち放つ。
目前の銅像に一瞬止まった人形は、背中側から杭に貫かれた。
「なるほど」
「うまいこと考えたね・・・人形は性格も再現するのかい?」
「そうよ。ルイだから使える戦法ね」
障壁外の3人が感心する中、人形はさらに戦闘スタイルを変更しようとしていた。
目の光は黄色から赤色へと変更される。
人形は杭を抜き、空いていた穴がふさがると、右手から剣を出した。
「まぁ、そうですよね」
あくまでも自然体なのにスキがない。
それはカイ団長のスタイルだった。
姿がぶれた、と思うと人形は瞬きの間に距離を詰めてきた。ケイが全力で回避する。人形の持つ剣はケイの首があった場所をひと薙ぎしていた。
「私の人形、容赦なしだね」
「団長だから」
「そうね。団長だから」
ケイはカイ団長の動きをコピーした人形の攻撃に対し、全力の回避、防御を続けていた。
反撃できない、と絶望しかなかったところで不自然に人形が攻撃をやめて距離をとった。
「なめプだ」
「なめプね」
「なめプ・・・なのかなぁ」
なめプであっても、ケイにとっては降ってわいた反撃の糸口である。
人形が使ってくる技を想定し、残る力を全部使うつもりで集中する。ケイは時間がゆっくりと流れるような感覚を覚えた。
「水刃」
全力のケイと人形がぶつかる。ケイの水刃は人形が使った劣化雷刃を剣ごと両断したものの、人形本体はケイの刃を超反応で回避し、剣を振り抜いた姿勢のケイを蹴り飛ばした。
ケイは戦闘訓練場の端まで吹き飛ばされた。
「終了だ」
団長が告げ、ユリが人形を停止させる。
ケイは大ダメージを受けていたが、致命傷ではなかった。団長が近づき、回復魔法をかける。
ケイの傷はすぐに塞がった。
「すいません、負けました」
「そうだね」
近づいてきたユリが告げる。
「ステージ4・団長まで行くとは思わなかったわ」
「ルイさんを倒せたのは偶然ですよ」
レイジが話に加わる。
「俺をあんなに簡単に倒すとはな。あっぱれだ」
「本人からヒントがあったから・・・です」
団長が総括した。
「ケイは竜騎士団団員にふさわしい戦闘能力を示した。文句なしだ」
ケイは自分が一つ壁を越えることができたと感じていた。
試験が終わり、今は夜。団員達と夕食を終えたケイは、週末ということで羽目を外して、半年前と同様に例のお店に来ていた。
メンバーも同じ、団長、クロカゲ、ケイの3人である。
待合室で待つことしばし、フブキと団長の相手の女性がやってきた。
「では、上に行きましょう」
「ああ」
なれたもので、残りの人物が待合室で談笑するなか、ケイはフブキに手を取られ、導かれるように階段を上った。
部屋に入り、例のごとく飲み物とおつまみを少しかじり、ケイは敷かれた布団の上に移動した。
フブキがにじり寄り、目を閉じて顔を近づけてきた。
いつもであればこのまま目を閉じるケイだが、今日は違う。手を伸ばし、フブキの髪飾りを素早く抜き取る。
「え・・あっ」
驚いて目を開いたフブキ。いや、フブキだった人物は一瞬ののち、別人になっていた。
「カオリ・・・だったのか」
「・・・」
そこにいたのは、学生時代からの友人、カオリだった。
「いつ、気づいたの?」
「今日。待合室で」
簡潔に答えた。ケイは髪飾りに目を落とす。髪飾りには強力な幻術が付与されている。こんなものを準備できるのは
「マヤさん、か」
「・・・」
沈黙するカオリを前に、ケイは状況を整理する。
1週間前、団長は言った。朝から晩まで試験だらけ、と。だが今日の午後の試験は準備と後始末含めて3時間。夕方前には終わっている。夕食時にもいつもと違う部分はなかった。となると、これが試験なのでは?
もう一つは、この店、部屋に入ってからの記憶が非常に曖昧なのだ。お酒が入っているせいだとも思ったが、それだけでは説明できない。しかも今日までそれを疑問に感じていなかった。10回以上来てるのに。
一つ疑問に思ったことをきっかけに、気づいた。気づいてしまった。初回時に渡されたカードに巧妙な幻術がかけられている。毎回、この部屋で幻術にかけられて、普通に寝ていただけだと。
ケイはフブキに騙されている、と気づいたが、フブキが実はカオリだとは夢にも思っていなかった。
「どうして、こんなことを?」
「・・・」
カオリは答えない。ただ、チラチラとケイを見て、口を開こうとするがやはりやめる、視線を合わせてはそらす、という行為を繰り返していた。ケイの知るカオリはこんなしぐさをするような女性ではない。いつも明るい、さっぱりした性格だ。それが、こんなにもじもじと・・・。
沈黙を守るカオリにケイはだんだんとイライラしてきた。強力な幻術によって姿が変えられていたが、カオリは元からグラビア体型。しかも今カオリはその体を透けそうな薄い布一枚で隠しているだけだ。見ていると、イライラが募る。
ケイはカオリの容姿を嫌いではない。友人なので意識してそういう目で見ないようにしていただけで、友人フィルターを外して冷静に見るとばっちりストライクだ。
ケイは部屋に遮音障壁を張った。周囲の雑音が消えたことにハッとしたカオリの手をつかみ、布団の上に押し倒した。そのまま上にのしかかる。
カオリは驚いた様子だったが、抵抗はしなかった。
ケイはカオリの耳元に顔を寄せてささやく。
「楽しかったか?まんまと金を巻き上げて、俺を笑ってたんだろ」
「違う!そうじゃない・・・」
「いや、違わない。お前は俺を騙し、もてあそんだ」
「・・・」
「11回、いや、今回で12回目か。だいぶ金もたまっただろ」
「・・・」
泣きそうな顔をしているカオリに、ケイは攻め続ける。
「でも、それも今日までだ。今日からはこれまでの分も含めてたっぷり楽しんでやる」
「あ・・・」
「12回分だからな。覚悟しろよ。カオリちゃん」
「ああ・・・♡」
ケイは泣き笑いのような表情になったカオリの目にたまった涙を指で拭い、もう片方の手をカオリの体に這わせる。夜はこれからだ・・・
階下では、団長たちが上の様子を探っていた。
部屋に遮音障壁が張られたことで、階下にいた団員は、階上の事情を察した。
「ケイは無事、ムチを回避して、アメを手に入れたようだね」
「あーあ、つまんない」
団長とイチャイチャする演技をしていた女性の姿は直後、ユリの姿に変わっていた。
「マヤ、手加減したんじゃないの?」
「そんなことしませんよ」
受付のお姉さんの姿が、マヤの姿に変わる。
このお店はマヤの幻術によって作られた、偽りのマッサージ店である。
「カオリちゃんは半年の間この状況になることを待っていました。いじらしいじゃないですか。先輩として後輩の恋路を手助けするのは当然です」
「ははは・・・ご愁傷様・・・」
しれっと答えるマヤに対し、団長は苦笑し、ケイに同情した。
「さあ皆さん、解散です。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、ですよ」
パンパン、と手をたたきながらマヤが団員を建屋から追い出した。
待合室だった部屋で一人になったマヤはつぶやく。
「カオリちゃん、よかったね」
このときは二人を祝福したマヤであったが、ケイが調子にのってそのまま翌日昼過ぎまでカオリと過ごしたのには、さすがにカミナリを落とさざるを得なかった。その後マヤはケイに責任をとることを約束させた。
こうして、ケイは竜騎士団1年目の成果確認試験の全課程をこなしたのであった。




