健康診断をします。後編
そして健康診断が始まった。
広場はカーテンで仕切られており、入口で男女に別れる。
「ではロイド様、我々はこちらに」
「うん、あとでな」
シルファたちと別れ、俺は男側に入る。
向こうの女側からはキャッキャッと向こうから騒ぎ声が聞こえてくる。随分盛り上がっているようだ。
「ぬおおお、布一枚隔てたあちらでは秘密の花園が広がっているというのに私は……私はァァァ……!」
「ロイド様、やっぱりこいつシメちまいやすかい?」
「……程々にな」
適当に相槌を打ちながら、俺は先に集まっている兄弟たちの方へと向かう。
そこにはディアンたちは勿論のこと、アルベルトまでいた。
「アルベルト兄さんもですか?」
「あぁ、仕事に戻るならきっちり検診を受けておけだとさ。参ったよ」
やれやれと首を振るアルベルト。
リオンからすれば、また無理して倒れられてはたまらないだろうからな。
「いよっしゃあ! 勝負だアル兄! ガキの頃は身長とか諸々負けてたからよぉ。今度こそ勝ってみせるぜ!」
「測るのは身長と体重だけらしいぞディアン。お望みの握力やら跳躍力やらの測定はしないらしい」
「何ィ!? マジか!? ……じゃあそれで勝ってやるよ!」
「いや、パッと見ただけでわかる程、アルベルト兄上の方が背が高いのだが……」
「やってみなくちゃわからねぇ!」
ディアンとゼロフが何やら言い合う中、シュナイゼルが進み出る。
白衣の看護師がシュナイゼルの身長と体重を測定していく。
「えぇと……身長229センチ、体重は144キロ……惚れ惚れするような素晴らしい肉体美ですね」
「うむ」
短く返すと、次の測定へ向かうシュナイゼル。
「……」
そのあまりに圧巻的な測定結果に、ディアンはただ息を呑むしかない。
ちなみにディアンはアルベルトより5センチ身長が低かった。
その後も測定は順調に続んでいく。
聴力、視力、血液検査にレントゲンなる体内を透かし撮るような装置も使うらしい。
色々詳しく調べるんだなぁ。どうでもいいけど注射は痛いからあまり好きじゃないから出来れば勘弁して欲しいのだが。
「うぅ……クラクラするぞ。やはり注射は苦手である」
「ははは、今だに注射嫌いなんだなゼロフ。しかし流石シュナイゼル兄さん。顔色一つ変えないとは」
「あぁ、筋肉が太すぎて針が中々刺さらねぇってだけで地獄なのに、それでも眉一つ動かさねえんだもんな。やっぱシュナ兄はスゴすぎるぜ」
アルベルトたちが注射の跡を抑えながらシュナイゼルに尊敬のまなざしを向けているが、座っていた椅子がへし曲がっている。
痛みに耐える為に抓っていたからな。怪力ってのも大変だ。
「さ、次はロイドの番だぞ」
「はい」
俺も例に漏れず注射嫌いなので、ここはちょっとズルさせて貰う。
まずは注射の瞬間、皮膚そっくりな質感の魔力体を生成して針を刺させる。
更に血管内部に極小の魔力孔を生成、空間転移で注射器の中へ直接血液を流入させていく。
これで俺は注射されても痛くないってわけだ。
「いやいや、体内、しかも血管の中に魔力孔作るとか、幾らなんでも危なすぎるでしょロイド様。注射器なんかよりよほど危険ですぜ」
「その通りです。凄まじい精密さと制御力を持つロイド様でなければ身体の中身が異次元空間にバラ撒かれ、瞬く間に消滅してしまうでしょう」
グリモとジリエルがドン引きしているが、注射が嫌なんだから仕方ないだろう。
どうにか痛みを感じずに血を抜き取る技術くらい作って欲しいものだ。
こうして全ての測定を終えた俺たちは結果用紙を持ってリオンの元へ向かう。
リオンは用紙に書かれた結果を熟読し、一人ずつアドバイスをしていく。
「シュナイゼル兄上は肉体的には健康過ぎるくらいです。異常とも言える肉体の強さ、ただそれにかまけて無理をし過ぎてます。戦いの際には十分注意して下さい」
「善処する」
「アルベルト兄上はまぁ……結果の上では仕事に支障はないようです。それでも病み上がりですからゆっくり慣らしていって下さい。くれぐれも無理はなさらずに」
「うん、気を付けるよ」
「ゼロフ兄上はやはりデスクワークのし過ぎで姿勢が大分悪くなってますね。毎日肩と首のストレッチを30秒ずつ三セット、面倒がらずにやってください。あと食べすぎです。肉よりも野菜をよく噛んで食べてるように。当然運動も忘れてはダメですからね」
「う……わかったのである」
「ディアン兄上は理想に近い体形ですね。大きなストレスもなく、運動量も十分です」
「いよっしゃあ! アル兄に勝ったぜ!」
「とはいえ酒の飲みすぎには注意ですよ。若いとはいえ飲酒が習慣になると歳を取ってから危険ですから、程々に」
「……お、おう」
勝ち誇っていたが追加の言葉にしょんぼりするディアン。
この人は城の内外に顔が広いから、毎日のように何かの集まりに呼ばれているのだ。
とはいえ他の兄たちと同じく、大きな問題はなさそうである。
それにしても血液検査とやらで随分色々なことがわかるものだな。血液は体内を巡っているから一部を吸い出すだけで全身の調子が分かるわけか。
以前血液に術式を刻んだことがあったが、あの時は全身に大量の術式を一気に刻んだんだっけ。
本来は血流に沿って少しずつ流し込み、時間をかけて完成させるのだろうな。
いやー、こんなところでこんな方法を知るとは、色んなところで魔術の発見はあるものだ。面倒だったが受けて良かったな。
「さて、最後にロイドだが……うん、問題なしだ。あれほど不規則な生活をしているのに不思議なくらいの健康体だよ」
つまらなそうに鼻を鳴らすリオンだが、これでも俺は案外健康に気を使っているのだ。
普段の食生活や生活習慣はシルファたちにしっかり管理して貰っているし、睡眠時間がどうしても足りない時は剣術訓練の際に身体だけを制御系統魔術で動かしながら熟睡している。
それに読書の際には魔術で浮かんでいるから自由に姿勢を変えられるので、身体が硬くなることもない。
前世では無茶な生活が祟り、何度も体調不良で苦しんだからな。その時の経験を活かして現在は出来るだけ気を遣っているのだ。
「普通に考えりゃあ不健康極まりねぇ生活なのに、魔術や何やらで健康を維持してたとは……何とも抜け目ねぇですな」
「ぬおお、私もシルファたんたちにお世話されたい! それが叶わぬならせめてカーテンの向こうに行きたいです!」
ボコボコになった顔のジリエルが呻き声を上げている。
どうやら全く懲りてないようだ。グリモも呆れている。
「しかし、ふむ。健康管理か。思ったより皆は自身の体調について気にしていないようだ」
今はまだいいがこれではそのうちまた誰かが倒れてしまうかもしれない。それは困る。
リオンがまた解決できるとも限らないし、優秀な兄姉が働けなくなったら俺の魔術研究に支障が出るのは間違いない。
「出来るだけ皆には健康で長生きして貰わないといけないよなぁ……そうだ」
いいことを思い付いたぞ。俺はほくそ笑みながら大広間を後にするのだった。




