第六王子はとても賢い
「そりゃそうですぜロイド様。ってか普通はこんなちいせぇ頃から留学する奴なんかいねぇんですよ。ロイド様の一個上とか、そんなちびっ子が学問の中で特に難度の高い医学を学んでるだけでも、とんでもねぇことですぜ」
「とはいえロイド様の兄の中ではまともな方でしょう。医学は確かに難しいですが、勉強量がモノをいうジャンル。どちらかといえば才能よりは努力、記憶力と集中力の世界ですからね。間違いなくすごいことに変わりありませんが」
グリモたちの言うことも尤もだ。
俺は記憶力にはいまいち自信がないからな。特に興味ないことはすぐ忘れてしまう。
医学書は何度か目を通したことはあるが、専門用語が多すぎて眠くなったしな。……いや、魔術書もそういう意味では似たようなものだが、興味がないとどうもダメなのである。
……まぁ魔術を使えばどうとでもなるのだが。残念ながら俺の限りある記憶容量は全て魔術に注がれているので余計な知識が入るスペースは存在しない。
「そこまでは俺たちも辿り着いてたんですが、そこから先――治療薬が作れずにいまして……」
「ふん、薬の原料がないのだろう? 此岸草の実が手に入る時期ではないものな」
「えぇ、だから俺が探しに行こうかと――」
「代わりなら、ある」
俺の言葉を遮りながら、懐から取り出したのは一粒の丸薬だった。
「内臓系全般、特にストレス系の症状によく効く薬だ。アルベルト兄さんは心労の耐えない人だからな。念の為調合しておいたが使えそうで良かったよ。これを一日三錠飲ませればよくなるだろう。意識が回復するまでは点滴に混ぜて使うといい」
「なるほど……レン、どうだ?」
俺はリオンに渡された丸薬をレンに渡す。
毒と薬を自在に操り、これらの知識を蓄え続けたレンならこの薬の効果の程がわかるだろう。
レンはそれを少し削り、味わうように舐める。
「……ロイドこれ、すごく効果がありそうな薬だよ! しかも市販のものよりずっと効きそう!」
「おい」
リオンに声をかけられ、レンが驚き飛び上がる。
あ、ちょっと失礼だったな。そりゃそうだ。
渡してきた薬を信用してないと言ったも同義だもんな。
「ひゃっ! す、すみません! 別にその、信用してないわけではなくてですね……」
「そうですリオン兄さん。彼女は俺専属のメイドでそういう能力を持っているんですよ。ほら、効能とかわかった方がここにいる皆も効果が分かった方が安心すると思いまして」
慌てる俺たちを見て、リオンはふっと笑う。
「……何を慌てる。成分のわからぬ薬をいきなり使うなんて阿呆はいないだろう。誰だってそうする。僕でもな。お前たちは正しいよ」
「リオン様……」
「しかし面白い能力だ。魔力とかいうやつか。レンとやら、僕にもその仕組み、詳しく教えてくれないか?」
「は、はい喜んで! 実は私は――」
自身の能力を事細かく説明していくレン、リオンはそれを興味深そうに聞いている。
何やらレンとは医学話に花が咲いているようである。歳が近いから気が合うのかもしれないな。
「一応ロイド様も同年代ですけどね」
「既に全く聞いていないようですね」
仕方ないだろう。俺は医学話には微塵たりとも興味がないんだから。
ま、二人が楽しいならそれでいいさ。
「……でもスゴいですね。この薬には此岸草の実が使われてない。どこにでも生えているような薬草をいい感じの割合で煎じてここまで効果が出るなんて……レミラ草にショウジョウ花、ミンツの花弁にローリスの種……残りの一つは何ですか?」
「ふっ、最後の一つはヒメネズミの胆嚢よ。前者と混ぜれば強い解毒効果を得られるからな。様々な素材の組み合わせを試すことで、今は薬の作り方も多様化しているのだ」
「なるほど……やはり医学の最先端アセンブラ、進んでるんですね!」
レンに笑顔を向けられ、リオンは慌てた様子で目を逸らす。
「……っ! と、ともあれ薬の効果は保証されたろう。投薬を開始してくれるか?」
「はい、ただいま!」
こうしてアルベルトへの投薬が開始されることとなった。
レンはそれを不安そうに見つめている。
「効く、かな?」
「お前のお墨付きなんだろ? 自信を持てよ」
レンの頭をポンと撫でていると、傍らでリオンが言う。
「ちゃんと薬が効けば三日もすればよくなるはずだ。しばらく服用は続けねばならんだろうが、少しずつ良くなるだろう」
「ありがとうございます。リオン兄さんのおかげですよ」
俺の言葉に固まるリオン。
……? どうしたのだろう。いきなり黙りこくって。変なこと言ったかな?
首を傾げていると、徐に背を向ける。そして、
「いよぉぉぉしっ!」
すごい小声で叫びながらガッツポーズをすると、何やらブツブツ呟き始める。
「よしっ!よしっ! 我ながらカッコよかったぞ! 兄としての威厳を取り戻す作戦の第一弾は成功と言えるだろう! ロイドは昔からとんでもない奴だった。異常に難しい本は読むし、同年代の子供たちとは全く遊ばないし、僕も昔は相当泣かされたものだ。しかしこのままではいけないとアセンブラに留学、長年の努力が実り、ようやく、ようやく兄として尊厳を取り戻すことができたのだっ! ……あぁでもまだ油断はできないな。いつの間にかこんな可愛い子をメイドとして雇っているし、背も伸びている。何よりロイドから感じられる底知れぬ『何か』……! この程度で喜ぶのは危険だ。兄としてクールに決めなくてはまたかつてに逆戻りだぞ……!」
一体どうしたのだろうか。ちょっと怖い。
訝しんでいるとまたこちらを向き直り、前髪をファサッと靡かせる。
「……ふっ、兄として当然のことをしたまでさ」
そんなリオンを見て、グリモとジリエルが呆れた様子で言う。
「なんつーか、ちょっとアレな兄君ですな……残念っつーかお子様っつーか、ガキっぽいぜ」
「事実として子供ですから……弟相手に偉ぶりたいと考えるのはごくごく普通ですよ」
二人はそういうが、俺は素直にすごいと思うぞ。
レンに薬学を学ばせる過程で俺も少しだけ勉強したが、薬というのは非常に使い方が難しく量、濃度、割合……その他様々な条件で変質する。
薬というのはデリケートだ。効果がないだけならまだしも毒にだってなる可能性があり、非常に取り扱いが難しいのだ。
そんな無限にも等しい組み合わせの中で今まで使っている薬以上のものを生み出すのは相当な難易度である。
レンのように多種多様な毒を知り、経験していくしかないのだ。
だから俺はリオンの手を取り、賞賛を贈る。
「えぇ、リオン兄さんは本当にすごいですね」
「っ!?」
「リオン兄さんは俺の誇りです。尊敬してます」
「……っ、だ……だろう!? ははっ! はははははっ!」
突如としてドギマギし始めるリオン。
顔が真っ赤だがどうかしたのだろうか。……ま、どうでもいいか。
「……やれやれ、一体何を戸惑っているリオン=ディ=サルーム。ようやく兄として尊敬される日が来たのだから素直に喜べばいいのに、照れるなんて情けないぞ。……だが、ふふ。中々気分が良いものだな。弟の信頼を得るというのは」
またもブツブツ呟き始めるリオンだが、それよりも薬がちゃんと効いているかどうか『鑑定』で確かめないとな。
薬の効果自体は知識のない俺にはわからないが、身体の微細な部分一つ一つを『鑑定』すれば、相対的にどれだけの効いているのかは理解可能。
日々魔術と向き合い、様々な経験により理解が深まったことで、すごく細かい制御が効くようになったのだ。
……ふむ、じわじわだが良くなっているようだな。
この調子ならそのうち快方に向かいそうである。俺の出番は終わりのようだな。
さて、丁度魔術書も読み終わったところだし、新しい本でも探しに行くとするかな。
まだニヤニヤしているリオンを放置し、俺は病室を出ていくのだった。




