第九部〜新たなる王子
俺はサルーム王国第七王子、ロイド=ディ=サルーム。
ごく普通の魔術が大好きな十歳だ。
前世ではしがない貧乏魔術師だった俺は、ある日貴族に目を付けられ決闘という名の私刑を受けてしまう。
そこで初めて見た上級魔術に見惚れて直撃を食らい命を落とした俺は、気づけばこの身体に転生していた。
素晴らしい才能に恵まれたこの身体、そして大陸屈指の蔵書を誇る城の図書館、広大な土地に貴重な魔道具、そして使い切れない金。
更には王位継承権とは無関係の第七王子という事で好きに生きろと言われた俺は、自由気ままな魔術ライフを送らせて貰っているのだ。
「やぁ、おはようロイド。いい朝だね」
「おはようございます。アルベルト兄さん」
そして朝の挨拶を交わしているのはサルーム第二王子のアルベルト=ディ=サルーム。
容姿端麗にして頭脳明晰。次期王位継承候補筆頭にして国の内政を一手に賄う、この国になくてはならない人である。
この人はいつも俺を目に掛けてくれており、色々楽しそうな場所に連れて行ってくれたり、お願いも聞いてくれたりするとても弟思いな人なのだ。
最近ではそこそこ信頼を得られたようで、ある程度の自由行動も許されている。
そのおかげで気ままな魔術研究が行えており、色々と捗っている。これも俺の日頃の行いがいい結果だな。うんうん。
「何を都合のいいこと言ってんですかロイド様。大体何も言わず勝手に抜け出してるだけのくせしてよ」
「というか兄君が連れて行ってくれる楽しそうな場所って、遠征やら戦場やらですよね。しかも半ば勝手に……」
俺の掌に潜む使い魔、魔人グリモと天使ジリエルがツッコミを入れてくる。
まぁそうなんだが。事実の陳列はよくないことだぞ。
「そりゃロイド様の真の実力を兄君たちが知ったら度肝を抜かしちまいやすからね。秘密にしねぇと」
「前々回は魔王を倒し、前回は天界で神に会いに行きましたからね。やり過ぎの域を超え過ぎております」
酷い言い草だが……確かに最近はちょっとはしゃぎ過ぎていたかもしれないな。
心労からかアルベルトの顔色があまりよくないように見える。
うーむ、俺もしばらくは外出を控えた方がいいかもな。
色々な場所に行ったことでと幾らか使えそうな情報も手に入れたし、それらをじっくり試すいい機会かもしれない。元々俺はどちらかと言えばインドア派なのだ。
「さーて、今日も元気に魔術の研究に勤しむとしますか」
大きく伸びをしたその時だ。
どさっ、と後ろの方で倒れる音が聞こえる。
振り向けばアルベルトが倒れ込んでいた。
◇
アルベルトが倒れたことはすぐ城中に広まり大騒ぎになった。
病室の前にはあっという間に城の者や親兄弟が集まってきたが、患者の負担になるからと医者に散らされ仕事に戻っていった。
唯一連れてきた俺だけが、詳しい事情を聴くために病室に残されたのである。
「むぅ、心配ですな。兄君は大丈夫でしょうか」
「えぇ、ロイド様も気が気ではないでしょう」
グリモたちの言葉に俺は真剣な声で返す。
「あぁ……もしアルベルト兄さんがいなくなったら俺に大量の面倒事が降りかかってくるだろうからな。本当に心配だ」
何せあらゆる仕事はこの人を通して行われている。
言わばサルームの中心人物なのだ。いなくなった時の損失は計り知れない。
その被害は確実に俺にも及び、魔術の研究どころではなくなるだろう。
「まぁそんな心配だとは思いましたが……しかしその割には若干浮かない顔な気が……」
「馬鹿、照れ隠しだよロイド様の。なんだかんだ言って心配なのさ」
……何だか生暖かい目を向けられている気がするが、気のせいだろう。
とにかくこのまま放っておくわけにもいかないな。
「ロイド様の魔術でどうにかならないのですか?」
「んー、難しいな。治癒魔術は怪我や体力回復にはそこそこ効果があるが、病気など身体の悪い部分まで判別して治療するわけではないんだよ」
治癒系統魔術は基本的には自然治癒力を活性化させるものが殆どだ。
故に逆に病巣箇所を活性化させてしまうこともある為、病に対して治癒魔術は決して万能とは言えないのである。
それを無理やり魔力を注いで治すと、逆に悪化することもあるのだ。
……何故わかるかって? 以前自分で試したからな。
軽い風邪を拗らせてボケーっとしてる時、さっさと治したくて治癒魔術を使ったが体内で風邪菌が爆増、体力こそ回復したがより高熱で苦しむ羽目になったのである。
しかもアルベルトの病状は不明、知識のない俺が下手に弄ると何が起きるかわからない。
とどのつまり本人の治癒力で直して貰うのが早くて確実なのだ。こういう時は結局薬で治すのが一番なのだが、原因がわからなくてはどうしようもないんだよなぁ。
「失礼する」
そんなことを考えていた時である。
病室の扉が開き、白衣の少年が入ってきた。
俺と同じ黒い髪、そしてやや癖っ毛で長めだがよく似た髪型をした吊り目の少年。
背丈は俺と同じくらいで白衣の裾が地面に触れそうだ。
少年は俺の前に腕組みをして立ちはだかると、憮然とした声で言う。
「久しぶりだな、ロイド。元気そうで何よりだ」
何だか偉そうにしているが……えーと、こいつ誰だっけ?
俺の反応に少年は信じられないといった顔で首を傾げる。
「ロイドお前……まさかと思うが僕のことを忘れてるんじゃないだろうな」
「……えーと」
おっしゃる通り完全に忘れているのだが。どう答えたものか思案しているとレンが口を開く。
「初めましてレンと申します。間違ってたらすみません。もしかして……リオン様、ですか?」
「あ!」
その言葉で俺はようやく思い出した。
サルーム王国第六王子、リオン=ディ=サルーム。俺の一つ上の兄だ。
最近メイドになったレンは初めて見るはずだが、恐らくシルファとかから話だけは聞いていたのだろう。ナイスフォロー。
いやー懐かしいな。小さな頃はよく遊ぼう遊ぼうとか言ってきたっけ。俺は子供の遊びなんて興味ないから、大体断ってたけど。
「あはは……リ、リオン兄さんでしたね。お久しぶりです」
「……ロイドお前、本気で忘れてたな?」
「いえいえそんなことは!」
「さっき『あ』とか言ってたではないかっ!」
バレたか。ふっ。意外とめざとい人である。
ジト目を向けてくるリオンに、俺は乾いた笑いを返しておく。
「全く……まぁ久しぶりだし勘弁してやろう。それにわからなかったということは、僕も昔に比べて結構成長したということだろう? ははは」
「ははは、そうですねぇ……」
もちろん以前の姿など微塵も記憶にないのだが、ここは笑って誤魔化しておこう。
「相変わらず実の兄だろうが容赦なく忘れやすね……しかしこのちっこい兄君、俺も初めて見る顔ですが」
「そもそもロイド様のご兄弟はあまり国にいませんからね。今までのパターンからして、どこかの国に学びに行っていたのでは」
そうそう、時々アルベルトたちが話題にしていたよな。
確か何かの勉強の為に留学をしていたはずだ。ア、アセ……ここまで出かかってるんだけどなぁ。
「あの、申し訳ありませんリオン様。お久しぶりの再会を喜ぶのは構いませんが、ここではアルベルト様がお休みになられてます。どうか他の部屋で何卒……」
医者の申し訳なさそうな言葉に、リオンは自信ありげに鼻を鳴らす。
「ふん、僕はアルベルト兄さんの弟だぞ。だったら部外者ではないだろう。それに僕は医療大国アセンブラで五年も学んできたんだ。今なら出来ることもある」
リオンはそう言って医者を振り切り、強引にアルベルトのベッドへ向かう。
そうそう思い出した。アセンブラだ。医療の先進国で、魔術に頼れない病の治療に力を入れている国である。
様々な国に医療団を派遣しており、喧嘩っ早い国々に囲まれているにもかかわらず、一度も攻め入られたことがない。
それどころか戦場で取り残された彼らを戦争中の国同士が協力して助けたなんて逸話まで残っている。
「実は向こうでアルベルト兄さんが倒れたと聞いてな。急いで戻ってきたのだ。というわけだ。少し見せて貰うぞ。……ふん、臓器不全を起こしているな。病巣は恐らく腹の辺りか。原因は恐らくストレス、アルベルト兄さんは色々抱える性格だからな」
「その下り、さっきやりましたよ」
「んなっ! そ、そうか……意外とできるんだなお前たち。侮っていたぞ……」
俺の言葉にずっこけるリオン。
とはいえ医者たちでもわからなかった病巣の位置にすぐ気づくとは。
この人意外とすごいのかもしれない。




