292 第二学年の、夏の終わり
大騒動の連続だった夏季休暇だが、後半は穏やかだった。
いや、穏やかだったというのは「当社比」というレベルかもしれないが。
知見の旅に出ていたダヴ先輩からは「面白い魔道具を発見したぞ!」という一言だけが書かれた手紙が届いて、しかし居場所も詳細も分からず「一体何を見つけたんだ……」「ていうかどこにいるんだ」と皆ざわざわしたし、ローリエ様の妹のメリルちゃんがお茶会に突撃してきてわちゃわちゃしたりもしたし、一連の騒動を後で知ったオルリス兄様から凄まじい圧で怒られたり、泣きながらうりうりされたりもした。
そんな感じで休暇が終わろうとしている。
……一方、イレ皇子サイドからの接触はなく。
ガブリエラ失踪の噂も聞くことはなく日々は過ぎていく。
一度隠匿の道具を身に着けて、飛行具でこっそりヴィランデルの屋敷近くまで行ってみたのだが、妙に鼻の利く番犬数匹に吠えたてられて退散したりもした。
秋になって新学期が始まった時……事態がどうなっているのか。
それを不安に思いつつも、私とアベルさんは残りの休みも研究に勤しむ。
毎日こっそり家を抜け出し、実家から廃塔へと通う。
そうして魔獣たちのお世話と魔術の研究を続けるのだが、以前と違うのはそのスピード感かもしれない。
私とアベルさんは特に、早急に力をつける必要があるからだ。
そんな休暇の最終日。
「連れ去られたガブリエラは、どうなったんでしょう」
研究の合間にふと零すように呟くと、アベルさんがこちらを向いた。
あのまま何事もなく帰されたということだけは無いだろう。いつになくアベルさんが私をまじまじ見た。
「君は、あの子から何度も襲われたり侮辱されたりしたんだろう。だと言うのに、やけに気にかけるな」
言われて、そうかもしれないと思った。
「彼女の口から前世の話が漏れて困るから、という感じにも見えないが」
それにも少し考えてから頷く。
これは前から考えていたことなのだが……彼女に対する私の気持ちは、なんだか混沌として言い表せないのだ。
──初めは激しい怒りしかなかった。
可能なら、さっさと悪役令嬢らしく辺境の地へ追いやられてしまえばいいのにと思っていた。
ガブリエラは私の大切な仲間たちに手を出したし、私も殺されそうになったし、アベルさんのことを利用しようとした。
はっきりと「許せない存在」だ。
自分以外のことをゲームの駒くらいにしか考えていない、暴走してばかりの愚か者……。
この世界で一番嫌いな存在だと断言出来る。
だと、いうのに。
「死んでしまえばいいとまでは、何故か思いきれないのです」
自分の心が理解できない。
そう思ってもおかしくない関係なのに。
「同郷だからか?」
そっと聞かれて、考えてみる。
そうかもしれないと一瞬思ったけど、多分違った。
「私から見たガブリエラは、あまりにも……そう、あまりにも幼い子供なのかもしれません」
「子供?」
そう繰り返してから、アベルさんは「ああ」と小さく納得の声を出した。
「見た目より更に幼いと、そういうことか?」
「はい。彼女も私と同じ物語を……十四、五歳以上じゃないと楽しめないような物語を読んでいたはずなので、見た目通りの子供ではないはずですが、それでもそう思うんです」
〝金色の薔薇〟には十五歳以上の指定がついていた気がする。そうでなくても、乙女ゲーに興味を持つのは中学生以上になってからが一般的だろう。
「でもそれでも、多分あの子は、今の見た目以下の子供なんじゃないかって」
「あの雰囲気なら、確かにな」
頷かれる。殆ど会話したことがないアベルさんにも分かるほど、あの子には自制心や洞察力、知性といったものがない。
人との接し方や心の通わせ方も全く知らないように思うのだ。
つまり。
「心の年齢が、赤ん坊同然の可能性が高いと思うのです。でも中途半端に成長しているから、人としての欲は深い」
「欲の深い赤ん坊か……それだけ聞くと悍ましいが」
「そうですね。それに、幼さで許される範疇を彼女はとっくに通り越しています。即座に罰されてもおかしくない事を沢山している」
だから、と私は続けた。
「彼女に対する印象が、心情が、なんだかごちゃごちゃなんです」
アベルさんが納得という顔をした。
「要するに君は、彼女に対して酷く怒ってはいるが、憎んではいないんだな」
──言葉にされて、急にストンと納得した。
「……そ、うかも。そうかもしれません」
激しく怒ってはいるが、憎んでいない。
確かにそれが表現として正しい気がする。
憎むには、あまりにも無知で幼すぎるのだ。
そして、地下牢で私への怒りと劣等感にすすり泣いていたあの姿……。
あれが脳裏をよぎると、なんだか複雑な気持ちになってしまう。
それが私を害そうとした行動の果ての姿だったとしても、なりふり構わずに行動しているのに望みが何一つ叶わない彼女の姿には、何とも言えないものを感じるのだ。
むしろ、とアベルさんが苦笑して言葉を繋げる。
「お人好しの君なら、救済しなければいけないと思っていそうな感じすらある」
「うーん……。いえ、今はそうは思いません。そういう驕った心の鱗片を感じ取ったからこそ、彼女は怒ってイレ皇子に私の殺害を依頼したんですから。……でもやっぱり、性根を叩き直してやりたいとは思うかもしれません」
元々私は、大人だったからと上から目線で物事を考えがちである。
これはこれで早急に直さないといけない点だが……。
ともかく、そう、叩き直したい感はある。「いい加減目を覚ませ」と一発食らわしてやりたい。
そして自分が何をやってきたのかを懇切丁寧に知らしめて、余すことなく自覚させたい。
どうやら私は彼女に対して、そういう気持ちが一番強いらしかった。
そして思う。
「私って、性格悪いですねぇ」
「……着地点がそこか?」
「そこでしたね」
何故そうなる、とアベルさんが変な顔をした。
それにへらりと苦笑を返す。
──ガブリエラに「罪を分からせてやりたい」と思うのは、下手したら彼女にとって、それが最も重い罰だからだ。
人を傷つけ、侮辱し、他人の命や尊厳を軽く扱う。……それを日常的に行っている彼女は同情の余地なしの悪党だと思う。
しかし彼女は自分を悪党だなんて思っていないだろう。
もしかすると、いまだに己を「悪党の皮を被った正義」であると信じ、やってきたことの全てを必要な犠牲なのだと……。
そう。
役ではなく本物の悪になっていることから目を背けて、自らを〝悪役令嬢〟だと自負しているのかもしれない。
人間は、どこまでも自分を正当化できる生き物だ。
……その間違いを突きつけられた時。
自分を成立させる条件の崩壊、その事実に向き合った時に彼女がどうなるのか。
それをありありと想像出来てしまうのに、望むのだから……私って奴は、つくづく意地悪だ。
「アベル様のお陰で、モヤモヤしていた部分の整理がつきました。ありがとうございます」
お礼を言うと、アベルさんは首を横に振った。
「君の考えは常にはっきり知っておきたいからな。構わない」
「考え、ですか?」
はてと問い返すと、アベルさんがやれやれと笑った。
「考えている事を知って備えておかないと、君はどこにすっ飛んでいってしまうか分からない」
「す、すっ飛んでいくって」
そこまで自由人しちゃっていただろうか。
「〝ガブリエラを殴るためにヴィランデル家に特攻したら捕まりました〟なんて事も普通に有り得そうだから困ると言っているんだ」
「そ、そんなことしませんよ!?」
「……私の記憶違いでなければ、大教会とかいうもっとまずい場所に不法侵入していなかったか?」
「ううっ」
即座に論破された。ぐうの音も出ない。
てかヴィランデル家へもこの前こっそり行ったしな。逃げ帰って来たけど。
やりたい放題はやっているか……。
そんな風に話をしつつ、手元の作業を再開させる。
ちまちまと記録して、こつこつ実験を繰り返して。
文字の研究をしたり、慎重に備えてからタロットの研究をしたり、魔獣達のお世話と研究をしたり。
やれどもやれども終わらないそれらの作業も、考えるべき事も常に山積みだから、手を止めてはいられない。
それに……考えるべき事はガブリエラについてだけじゃない。
イレ皇子が、何を考えているのか。
その背後に何があるのか。
それを知るために動きつつ、どう振る舞えば大切な人達を守れるか。
そんな問題を解決させるべく考えて、走り回りながらも……叶うならばこの世界の魔術を知り尽くしたい。過去にアベルさんの身に何が起こったのかも、知りたい。
全部の望みを叶えて、その先にある「凄い魔法使いになる」という前世の夢を叶えたい。
幸い、今は魔術を学ぶことに時間も割ける。
──私は、この世界では大切なものを何一つ諦めたくない。
そしてこの世界には、それが可能だと思えるほど信頼できる仲間が出来た。
「とりあえず、安心してタロット研究できるようにするために隠匿シリーズの機能向上をはかりましょう。ね、安全のためですから。誰にも見つからないような凄いの作りましょう!」
そんな風にニコ~と笑って話をそらしたのだが、更なる胡乱な目を向けられた。
「君にそういうものを持たせるのはな……」
思いっきり心配という顔をされる。
まぁ確かに、性能が向上して〝絶対誰にも知覚されなくなる道具〟なんかが出来ちゃったら。
まずは大教会とか、あの尋問所とか、皇城の深部とか関係者以外閲覧禁止の図書室とか、そういうヤバそうなところへ探検に行きたいな~と思う程度に爆裂な好奇心はあるけども。
って、そりゃ難色を示すか。
「……駄目ですか?」
思わずおずおずと上目遣いになる。
駄目かなー。
改良したいのは本当なんだけどな。駄目かな、役に立つと思うんだけどな。
──しかし。
おずおずした私の想像を裏切り、アベルさんはひとつ息をつくと……ふわりと笑った。
「まぁ良い。行きたい所があるなら、私がついて行けばいい話だ」
「!」
ほらやるぞ、と作業台に向かわれる。
それに慌ててついて行きつつ。
ふへへ、と緩んでしまう頬をなかなか戻せなくて。
訝しげに名前を呼ばれるまで……私は、にやけた頬をこっそり押さえていた。
「群青の薔薇編」でした。
お読みくださり、ありがとうございます。




