277 群青の薔薇
〝群青の薔薇〟
その名を口にするロレンス夫妻は夢見るような顔をした。
「皇都の大教会に伝わる、古の薔薇の内のひとつだ」
セオ侯爵に続いて、侯爵夫人も口を開いた。
「依り代はこのマルクの人形よ。本当のマルクの身体は天に還ってしまったけれど、魂はまだ私達を心配してこの世に残っていたからと、この依り代をケト様が作って下さったの」
「……」
言われて、もう一度マルク様らしきものをまじまじと見る。
「つなぎ目がある」
目を細めたオルガがぽつりと言った。
言われてみればそうだ。
動揺しすぎていて分からなかったが、これはどうやら精巧な「人形」であるらしい。
「この子はね、今は眠っているけれど……いずれ必ず戻ってくるのです。だからその時のために、全てをそのままにしているのですよ」
部屋も、服も、食事も、私たちとお喋りする時間も、なにもかも。
そう語るフィデル夫人の言葉にぞっと鳥肌が立った。
戻ってくる、というのはまさか。
「生き返る……とお考えなのですか?」
「ええそうよ。ケト様の魔術のおかげで、この子の魂はまだここにある。だから準備が整えばこの子は蘇るの」
「待ち遠しいな、フィデル」
「ええ貴方」
侯爵夫妻はガラスケースの中の人形を中心として、まるで理想の親子のような顔をしている。
しかしそこに、レティシア様の姿は当然ながらなかった。
……それに焼け付くほどの怒りを感じる。
「薔薇が青いだけで、そんな与太話を信じるのですか」
思わずそう言うが、夫妻は笑う。
「薔薇が青いから信じられるのです」
「そうだ。人間の手では作り出せない青い薔薇を〝教会〟は神から与えられた。そして、その教会から認められたケト様もまた、神のお力を分けられた者。信じられる」
「……青というよりは、やや紫に見えますが?」
「いいえ、青です。これより青い薔薇は見たことがありませんもの」
夫妻の顔はにこにこしているが、硬質だ。
私の言葉を頭から拒絶している。
しばし見つめ合うが……夫妻は、この場に似つかわしくないほど穏やかに微笑んだ。
「今日はもうお休み下さい。幼子はもう寝る時間です」
「マルクに会いに来て下さって、有り難うございます」
そう言う二人のにこやかな圧にやんわりと追い立てられ、地上に上がる。
しかし、庭からも追い出される直前になんとか一言だけ聞いた。
「マルク様が蘇るとして。なら、跡継ぎになろうと頑張っているレティシア様はどうするんですか」
そう言うと、夫妻はまたおっとりと微笑んだ。
「あの子は第三子ですから。側近になり、嫁に行くのが宿命でしょう」
「……!」
あまりにも勝手なことを言う二人に激しい怒りがこみ上げて、私は衝動的に言った。
──これを放っておいたら、きっと誰もが後悔する。
「青い薔薇が信仰の根拠なのですね。ならば、あの薔薇よりも青いものを持ってくれば証明になりますよね」
「……な、なにを」
ロレンス夫妻がたじろぐ。
「〝群青の薔薇〟と呼ぶには、あの花は全く足りないように思います。奇跡を感じるにはほど遠い。……私がそれを証明したら、レティシア様をちゃんと見ると約束してください。そして相応しいと思ったなら、跡継ぎにすると約束して下さい」
「……」
夫妻は「そんなことは有り得ない」とでも言うようにおし黙っている。
それがマルク様への執着でそうなのか、それとも親としてレティシア様は相応しくないと確信しているからそうなのかは分からない。
しかしいずれにせよ、知ったこっちゃなかった。
「あなた方の信仰も、第一子への執着も、ケト様とやらの事もどうでもいい。でもレティシア様が泣くのは許せません」
そうハッキリ言うと、二人の表情が僅かに歪んだ。
……レティシア様の名前に反応したいのだと思いたい。
そう思いながら……私達は部屋へと戻った。
◇
「群青の薔薇とやらを強奪します」
「ご、強奪……」
次の日。
昨夜あったことをヴィル兄様に話してこってり絞られた後、緊急会議を開いた結果の言葉だった。
そんな部屋の中でレティシア様は悄然としている。
レティシア様の手をローリエ様と共に両サイドから握りしめつつ話を進めた。
……朝になって事情を聞いたところ、やはりレティシア様が隠していたのは「両親がカルト宗教にハマってしまった」という話で。
泣き出したレティシア様が言うには、自分が学園に通うようになってから、それが劇的に加速したということだった。
「まるでお兄様が生きているみたいな話をしていて。不安になって後を付けたら、お墓の中に入っていったりして。知らないおじさんに沢山お金を渡したりもしていて、どうしたら良いか分からなかったんですぅ」
そう語ったレティシア様は、流石にカルト関係だと私達にドン引きされないか不安で言えなかったそうだ。
それと同時に、解決のために大人の力を借りた場合、両親のカルト趣味が世間にバレて大変なことになってしまうかもしれないということも危惧していた。
確かに外聞が悪いなんていうレベルではない。カルトにハマって死者蘇生を試みたなんてことがバレたら、どんなお咎めが、あるいは村八分が待っているか分からない。
だから今回のことは、出来るだけ私と側近たちだけで解決を目指すことにした。
「でも強奪って言ったって。確かに真正面から大教会に行っても絶対に〝群青の薔薇〟は見せて貰えないし、ましてや分けては貰えないだろうけどさ」
ヴィル兄様が困惑した顔で言う。
ヴィル兄様の知識によると、青紫っぽい薔薇はレアだが、外国に存在するらしい。
そして大教会にあるという奇跡の青い薔薇は、何があっても株分けなどされるはずがないという話だ。
だから恐らく、ケトとかいうインチキ野郎は珍しい薔薇を使って「うちは〝教会〟お墨付きの流派なんですよ」という商売をしているのだと結論づけた。
青い花の呪符を検分し直しても魔術的効果は感じられなかったし、アルヘオ文字やタロットも全く関係していなかった。
全ては薔薇と精巧な人形を利用したインチキなのだ。
「強奪というのは言葉が強すぎたかもしれませんが、大人の力を借りずにロレンス夫妻の目を覚まさせるには、本当の群青の薔薇を見せるしか方法はないと思うんです」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
「そして、譲って貰えないのならちょっと“借りる”しかありません」
そのための策は一応ある。
「薔薇ということは、必ず中庭か温室など、外から見える場所にあるはずです。皇都の大教会は高い塀で囲まれていますが……私達なら、そんなの関係ないでしょう?」
「あ」
ヴィル兄様が確かに、と目を瞬いた。
そう、「飛行具」があれば任務の遂行はそこまで難しくないはずだ。
「とはいえ警備の者は居るはずですし、身を隠すのも隠匿の魔道具だけでは心許ないです。あれは私やアギレスタ皇子など、ごくたまーになぜか効きづらい人間がいるので……大教会の神官などの人間に見破られる可能性がゼロではない」
「でもでも、そしたらアリス様が捕まっちゃうんです……!?」
レティシアさまがはううと涙目になる。
それににっこり笑って返した。
「大丈夫です、姿を見られても問題ないようにしますから」
「お姿を……?」
キョトンとするレティシア様。
一方、私の側近組は「あー、あれかな」という顔をした。
「決行は明日の夜です。今用意できる飛行具を使って、攪乱部隊と強奪部隊に分かれて行動しましょう」
宣言すると、一同から力強い返事があった。




