275 突入
中庭へ行く途中で一度、見回りの人に気配を不審がられてランプを向けられ、ドキドキしたりはしたものの……問題なく到着した。
夜の中庭は明かりもなく、真っ暗な中にさわさわと風で揺れる庭木の音や虫の声が聞こえるばかりだ。
屋内とは少し違った怖さを感じつつ、アサメイに極小まで絞った魔術の光を灯して進んでいく。
到着したのは第一子・マルク様のお墓だ。
「やはり、ここから一番強い匂いがします」
言われてみると確かに、微かにだが薔薇の香りがする。
昼間はしなかったと思ったのだが、周囲をこれだけ花や木に囲まれていれば分からないのも無理はないかもしれない。
「アリス様、これを」
屈んで墓標を調べていたユレーナが指さした所を見る。
その瞬間、私はぎくりとした。
「そ、それ。まさか動かした後……でしょうか」
お墓は良くあるタイプの、垂直に立った四角い墓標と、地面に床のようにして埋め込まれた幅広い石材で構成されている。
その墓標の根元の部分……石と石が重なり合った部分に違和感があった。
色が違うというか、風雨にさらされた部分とそうでない部分があるというか。
顔を近づけて見て確信した。
「この墓標、何度か動かしていますね」
微かにずれている部分はやはり色が違うし、墓標の後ろ側には堅い物が擦れた後がある。
全員で青い顔を見合わせた。
「怖すぎる……」
全員一致で完全に帰りたい気持ちで一杯なのだが、これを確かめなければ来た意味が無い。
しかし、人のお墓を勝手に暴くのは気が進まない。
ううんと悩むのだが、オルガとカリナが率先して手を上げた。
「私達が身体強化でこの墓標を持ち上げてみます。何があるのか確認しましょう」
「もしバレたらお咎めは私達二人だけで受けます。ですからどうか……」
「……お二人とも」
やはり主人であるレティシア様のことが心配なのだろう。二人のその決意を受けて、私も覚悟を決めた。
「バレた時のお咎めは私が全て負います。やりましょう」
よし、全員で確認しよう。
そう頷き合って、二人に墓標を持ち上げて貰う。
魔力を腕に集める為に二人が目を閉じる。
いつの間にかケモっ子全員が習得していたその技術によって、二人の爪が獣のようにぐぐぐと伸びた。
「よし、オルガ」
「うん、カリナ」
せーの、とかけ声をかけた二人がぐっと墓標を持ち上げる。
するとそこまで重い石材ではなかったのか、墓標が持ち上がった。
持ち上げたそれが、ゆっくりと後ろの方へそれが下ろされる。
「──これは」
現れたものに私は息を呑んだ。
「はしご、ですね」
ユレーナが青い顔をした。
その言葉の通り、目の前には真っ暗な穴と、下へ続く細いはしごが待ち受けていたのである。
「怖すぎワロタ」
「……わろた?」
「あ、なんでもありません。ああもう、なんなんですかこの家……」
うんざりしすぎて、ついネットスラングが口から飛び出てしまった。
それにしても……墓地の下に続くはしごってなに。
これがちゃんとした墓地や教会なら石室が地下にあるのも分かるけど、ここはそうではない。
本来なら、ただの庭のはずだ。
それに石室ならもっとちゃんとした階段とか、出入り口を設けるのが普通だ。こんなあからさまに隠して作ったような入り口ではないはず。
悪態を吐きそうになるが……ここまできたら行かないわけにはいかない。
「降りましょう」
「っ! だっ駄目ですアリス様、危険です。私が様子を見てきますから、お待ち下さい!」
そう言うが、ユレーナは酷く青ざめているし手も震えている。
この先に待ち受けているのがなんなのかは分からないが……それが心霊現象であれロレンス家の秘密であれ、ろくなものではないのは確かだ。
私の側近とはいえ、幼い子供だけ行かせるなんてあり得ない。
「いいえ、私が行かねばなりません。この先にもし魔術的な何かが隠されていたとしたら、私の方が適任です」
「しかし……」
「行きましょう」
言いよどむユレーナに頷いてみせると、ユレーナは迷った後でしぶしぶ頷いた。
変装や偵察などについてはユレーナは才能の鱗片を見せているが、オカルトについて明るいわけではない。自分が行っても収穫が得られるか分からないと思ったのだろう。
「アリス様。では、先頭と殿は私達がつとめます。お気を付け下さい」
「はい。お願いします」
震えつつもはっきりと言ったオルガとカリナに頷き返し、口にアサメイを咥えて順番にはしごを降りることにした。
一歩降りるごとに、かた、きし、と木の軋む音がする。
しかし触ってみた感じ……木製のはしごはそこまで古いものではないようだ。
穴の内側も井戸のように石で補強されているが、割と新しいように思う。
そんな暗い穴をしばらく降りていくと、何事もなく底に着いた。
底は少し開けた空間になっている。
ぱっとアサメイの光を強くすると、真正面に扉があった。
「……これは、中庭の中心の方面を向いていますね」
ユレーナが呟く。穴の底の扉は屋敷に通じているわけではないらしい。
黒猫二人がぺとりと扉に耳をくっつけて聞き耳を立ててみるが、何も聞こえない様でふるふると首を振られた。
「ここまで来たら、入ってみましょう。開けます」
ドキドキする心臓を宥めつつ、扉の影に身を潜めるようにして扉を開ける。
……鍵はかかっておらず、それはすんなりと動いた。
念のため小さく開けたのだが……。
「あ」
突入部隊のように身構えていたオルガとカリナが小さく声を上げた。




