269 内訳
アリス視点に戻ります。
ガブリエラが去った後。
「成功ですかね……」
ドキドキしたようにローリエ様が呟いた。
「あの感じだと、成功じゃないでしょうか!?」
ワクワクしたようにレティシア様も呟く。
「だと良いのですけども」
少々疲れつつ二人にそう返すと、サポートに徹していた側近組がはふうと息を吐いた。
「は~~、緊張した。この二日間ほんとに緊張した」
ヴィル兄様がぐったりしたように顔を覆う。
その横で給仕をしていたコニーちゃんも、はひぇんと情けない声を出した。
「ううう、怖かったですう」
「お疲れ様、皆。それとコニーちゃん、お陰様で食の部分はばっちりでした」
「お褒めに預かり光栄ですぅ!」
……そう、このお茶会は。
全てガブリエラを懐柔するため計画して行ったことだった。
一人で薔薇の会に突撃したのも、こちらにガブリエラを引っ張ってくる前準備に過ぎない。
──ガブリエラが、アベルさんの存在を逆手にとって何か仕掛けてくるのはある程度想定していた。
だからこそ、敵対ではなく懐柔の策はないかと、ここ最近考えを巡らせていたのだ。
イレ皇子の存在は気がかりだが、ガブリエラが原作知識によって「アベルはこれこれこういう理由で危険」などと言わなければ、急に動き出すことはないはずだと想定していた。
なぜなら、ゲームでは少なくとも、ヒロインがもっと成長するまでアベルさんは生存している。
ゲーム知識に頼るのは不安だが、それはほぼ確実だ。
であれば、今すべきなのはガブリエラが考え無しに暴れるのを封じること。
そこで私の持っている手札と言えば、ずばり……こつこつ作ってきた「前世の快適な生活の再現」を見せることだと思った。
育ててきた人脈、アリーセ・レシピ、夜明け団の広い物流ルート、そして大研究室で皆が勉強がてらに作ってきた魔道具の制作基盤。
ガブリエラは以前に私の研究室から魔石を盗んだし、私が超常的な魔術を使っていることを察しているだろう。
でも、ガブリエラも人間だ。
オカルトが特別好きな訳では無いようだし、よく分からない秘密の魔術よりも、懐かしい世界を彷彿とさせる品々の方が心に響くのではないかと思った。
もう手に入らないはずだった郷愁の品は、きっと何よりも人の心を動かす。
それを奪わせるのではなく、友好の品としてジャストなタイミングで分ける……そういう機会を作りたかった。
──これは打算が九割、気持ちが一割だ。
アベルさんのことをこれから話題に出さないのなら、独自に開発した日本的な品や料理を提供する。そういう無言の契約と、どこか幼すぎる彼女への、私なりの譲歩。
仲良くするつもりはないが……同情がない訳では無いのだ。
「それにしても焦ったよ。アリスが薔薇の会のサロンに本当に一人で行くって言い出して、うちの兄さんなんか倒れそうになったんだからね」
ヴィル兄様がぷんぷんと怒る。それに苦笑で返しつつ、仕方がないですよと言った。
「一人で来いと言われた以上はまず従わないと、こちらに誘導できないと思いましたし。それに魔術をかけていたから問題はありません」
にこりと笑って、昨日ガブリエラにカップを投げつけられて出来た傷の場所を見せる。
そこには傷なんてないのだけど。
バージル家兄弟から貰った「幻影守護」のお守りをこっそり持っていたので、実はカップは薄皮一枚のところで私に当たっていなかったのだ。
血が出たように見えたのも同じく幻である。
「でもお召し物は紅茶で汚れて帰っていらっしゃいましたし、本当に心配でしたわ」
マチルダとユレーナからも心配の文句が飛ぶ。それについては純粋に申し訳ない。
「完成したばかりのドライヤー石を向こうで売り込みたかったので、お茶ひっかけ系はむしろ期待していました。だって絶対にブレイクすると思うんですよね、ドライヤー!」
にこにこしながら言うと呆れられた。
「それはそうですが、身の危険を賭しながら商売をしないでくださいませ……」
「ふふ。ごめんなさい。でもほら、ダヴ先輩への仕送りも増やしたかったし。収入は多い方が良いでしょう?」
遠く離れたどこかで今、ダヴ先輩がクシャミしたかもしれない。
ヴィル兄様がドライヤー石をひょいと摘んだ。
「しかしまぁ、よく間に合ったよね。石にルーンを刻むんじゃなくて……アルヘオ文字の魔法陣で、付与魔法をかけるっていう試み」
ヴィル兄様が言った通り、この石は実はルーン魔法で作った道具ではない。
「世界の囁き」と呼ばれる弱いルーンではそこまで精度の高い道具は作れないのだ。
しかし不特定多数に売るものだから、機密の一つであるアルヘオ文字を直接刻む訳にもいかない。
そこで“エンチャント”が出来ないかを試して見た結果は……大成功だった。
飛行具研究で「風」や「操作」の効果を持つアルヘオ文字の取り扱いは格段に進んでいたので、基本的にはそれを少し応用すれば商品レベルまですぐに辿り着けた。
あとは石の表面を道具作りが得意な子達にそれっぽく加工してもらえば良し。
そうすればもし技術を盗もうとして石を分解しても、表面のルーンっぽい加工を分析しても、誰にも真似出来ない。そんな道具が完成したのである。
これもレイ先生の小箱により機密を全員で共有できるようになったからこそ、ハイスピードで実現したことのひとつだった。
「さて、アリス開発の良さを知ったガブリエラはどう出るかな」
ヴィル兄様が呟いた。それに少し思案してから返す。
「いきなり懐柔されることはないと思いますが、先程の様子を見る限り悪くはない方向に行った気がします」
帰り際のガブリエラは、とても静かな様子で考え込んでいた。
見たことがない様子だった、と思う。
その心境は正確には分からないが、料理にも道具にも魅了されていたのは確かだ。
「良い方向に転べばいいのですが」
少しの心配を残しつつ考え込む。
そうやって全員で唸っていると、白猫双子がふあぁん! と鳴いた。
「アリス様、アリス様ぁ。もうフル我慢できない。お腹減ったよう」
「ニルも我慢できない。おにぎり……食べてもいい?」
はっとする。
見れば子供たちは皆我慢しつつもそわそわしていた。
ってそりゃそうか。育ち盛りの子供の前に、カレーピラフおにぎりやみたらし団子を初めとする飯テロ的料理が鎮座しているのだ。
しかもケモっ子は嗅覚が非常に敏感である。
「よし。難しいお話は一回やめて、このまま普通のお茶会にしましょう」
そう宣言すると子供達がわあっと沸いた。
ガブリエラに集中するため少人数しか部屋には居なかったのだが、他の団員たちも呼ぼうという話になる。
追加のおやつを作ってきますねとコニーちゃんは厨房に戻り、他の仲間を呼びに行く者もパタパタと出ていき……全員がいつものおやつ時の雰囲気になった。
緑茶をまったり啜りながらレイ先生が微笑む。
「そういえば、もう来週には夏季休暇ね。オーキュラス家の予定は決まっているの?」
「いえ、特には無いそうです。家族全員上屋敷で過ごして、後半は社交に出て……と言った感じでしょうか」
私がそう言うと、横でレティシア様がもぞりと動いた。
ん?と思って見やると、少し俯いている。
しかし私の視線に気づいているはずなのに、レティシア様はお茶を飲むふりをして誤魔化した。
その様子にピンと来たローリエ様と目配せする。
これは、最近の「謎に元気がないモード」だ。
先程までのように何かに集中していたり、熱中していると元気なのだが、そうでないふとした瞬間に浮かない顔をしている問題は……実は解決していなかった。
私とローリエ様にすら何も言わないのは本当に珍しいことなので、かなり心配しているのだが、これがなかなか口を割ってくれず。
飛行具の完成前後ははしゃいでとても元気になっていたのだが……。
しかしこうして戻ってしまうのなら、やはり継続的な問題なのだろう。
「レティシア様」
レティシア様の手をやんわり持って握り、そっと問いかけるように語りかけてみた。
「なにか、仰りたいことがあるのではないですか?」
ローリエ様も優しい声を出した。
「そうですよ。私たちで良ければ何でも言ってください」
夏季休暇に入ってしまったら会う頻度が減る。
その間に問題が悪化する可能性もあるのだ。
ローリエ様もそれが心配で仕方ないのだろう。
そう思いを込めて見つめてみると、レティシア様は迷い、口をはくりと動かした。
可哀想なくらい眉が下がっている。
「……えっと」
「……レティシア様?」
んん、と唸る。あと一歩だ。
「レティシア様。ね。どうか、何を悩んでいるのか教えてください」
きゅっと手を握ってみると、ついにレティシア様が口を開いた。
「あの。……その。……アリス様、ローリエ様」
「はい!」
何でしょう、なんでも言って下さいと寄ると、消えそうなほどの小さな声でレティシア様が言った。
「夏季休暇は、レティシアのおうちに、遊びに来てくださいませんか?」
「……レティシア様のおうち、ですか?」
思いがけないお誘いに驚くが、勿論了承する。
「ぜひ行きたいです。予定を立てましょうね。……でも、あの、それが“言いにくかったこと”なのですか……?」
刺激しないようそっと問いかけると、頷かれる。
再びローリエ様と目配せした。
……これは何かありそうだ。
人が多いここで話すことでもなさそうなので、ひとまず引き下がる。
その後もレティシア様は浮かない様子だったので、消灯前にもう一度ローリエ様と会って作戦会議をすることにした。
投稿ちょっと遅れました(。>_<。)すみません!




