268 故郷
※ガブリエラ視点です。
部屋の中を見る。
──その瞬間の予感をなんと呼ぼう。
中は夏の光に溢れて明るく、窓も開け放たれて開放的なのに。……焦燥のような後悔のような、危機感のような何かが脳裏をよぎった。
「いらっしゃいませ、ガブリエラ様」
「ええ」
「どうぞ中へ」
ニコニコしたアリスに促されて不機嫌に踏み出す。
アリスの筆頭側近が話しかけてきた。
「今日は我が主が趣向を凝らした料理と茶を用意しております。ぜひご賞味ください」
「……」
それに、ふんと鼻息で返事を返す。
──アリスめ。わざとらしく攻略対象を侍らせやがって!
部屋の中にはヨハンとレイがいる。オルリスがいないだけマシだろうか。
ついでにニコラスや獣人族の長の子供、他にも数人の身なりの良い子供が部屋の中にいる。
アリスの両隣にはローリエとレティシアというお決まりの金魚の糞も一緒だ。
その全員が、今日は白系の爽やかな衣装を身にまとっていた。
テーブルに着いたり壁際で待機したりと場所は様々だが、子供たちは夏らしいブラウスを折り目正しく着こなし、お揃いの花飾りやレースリボンなどを着けていて……悔しいが随分可愛いらしく、爽やかだ。
それが揃って楽しそうに、穏やかに茶会を始めようとしている。
「今日は夏らしい爽やかなお茶会をイメージしてみたんです。不躾かもですが、ガブリエラ様の分のレースリボンもご用意しました。よろしければ今だけでも……」
「結構よ」
お友達ごっこはゴメンだ。渡されそうになったリボンをピシャンと払い落とす。
……序列と形式的な会話が基本の薔薇の会では見られない仲良しな光景。
見せつけるようなそれに開始する前から激高しそうだったが、まだアリスの意図が読めない。
私が機嫌を損ねればアベルの情報を外に出してしまうかもしれないというのに……一体、何が狙いなのだろう?
なにもかも分からないまま出方を伺いつつ、連れてきた男子二人とともに促された席に着くと、アリスは自らお茶を淹れだした。
「さぁ、どうぞ」
目の前に差し出されたそれを注意深く見る。
まず先手を打って文句でも言ってやろうと思ったのだが。
「……っ」
渡されたそれは。
──緑茶、だった。
「懐かしいですよね」
アリスが穏やかにそう言ってくる。それに酷く戸惑いつつ、返す。
「……ええ」
「ここではシンラ・ティーと言うそうですよ。シン様が教えてくださいました」
「シン?」
言われて見やると、黒髪の少年がぺこりと頭を下げた。どこかで見た顔だが思い出せない。
促されたのでまずキルシェに毒見をさせ、それから飲んでみる。
一緒に連れて来た男子の片方がほうと息をついた。
「とてもあっさりしていて、砂糖が無くても飲みやすいですね。不思議な味です」
警戒を解くようなその呟きに不本意ながら同意する。
しかも私にとっては、故郷の味だ。
──ママが、朝になると急須で淹れてくれた味だ。
特別好きでもなかったけど、毎朝飲んでいた味。
突然蘇った記憶に心が動揺する。
「気に入ってくださいました? お土産に包んでおきますから、ぜひ持って帰ってくださいね」
「え、ええ」
動揺するままに返すが、これに何の意図もないはずはない。
警戒し直して睨みつけると、今度は皿に盛られた何かと銀のクロッシュに覆われた料理を示された。
「お腹は減っていませんか? 授業が終わってからまだ何も食べていらっしゃいませんよね」
頷かずに適当に流す。それからやっとテーブルの上に並べられた食べ物をまじまじと見て、私は不本意にも驚いた。
「みたらし団子に、どら焼き……? あとこれは、……何だったかしら」
「それは練り切りですよ。今は夏ですから、黄色と緑で涼し気にしてみました」
こちらのキリキリした口調と相反してアリスはゆっくりした口調だ。
再び毒味を済ませ、みたらし団子を口に入れる。
……想像と寸分たがわぬ味。
その懐かしさと素朴さ、優しい甘みに言葉が出なくなる。
私の代わりのように、連れてきた男子のもう片方が呟いた。
「見た目は野蛮だけど、この串のお菓子はもちもちとしていてとても……」
そのまま褒めようとしたのだろうが、男子は私の方をちらりと見て慌てて黙った。
アリスの出したものを褒めると私が機嫌を損ねると思ったのだろう。
そんな私と会員の関係とは真逆のように、アリス陣営の者達は和気あいあいとしている。
ローリエとレティシアがアリスの分のお菓子を率先して取り分け、アリスがにこにことお礼を言い、その横ではニコラスがヨハンにこっそりお菓子を食べさせようとしてヨハンから場をわきまえろと怒られ、レイや他の子供は特に深謀がありそうな感じもなく落ち着いてお茶を楽しんでいる。
──まるで風通しが違う、と思った。
その瞬間になぜか、自分がつけている薔薇の香水の匂いが急に鼻につく。
「実はお菓子だけでなく、お料理も用意してみたのです。こちらは試作品なのでメインではないのですが……よろしければ一口味見して行ってください」
さあどうぞと銀のクロッシュが退けられると、そこには一口サイズの小ぶりな料理がいくつかあった。
そのラインナップに目を見張る。
現れたのは……淡い色で色付けされた、小さな俵型のおにぎりが数種類だ。
小さな飾り切りが乗っていたり、豆が混ぜられていたりと色とりどり。
その横には蒸したての茶碗蒸しと、さくっとした感じの少量の天ぷらも添えてある。
どれもこの世界に来てから見なかった「和食」だった。
アリスが微笑む。
「おにぎりは味噌に似た調味料で焼いたものと、かつお節でとったダシで炊いたもの、あと変わり種でカレーピラフ風のものをご用意しました」
「カレー?かつお節?」
この世界には無かったはずだ。
「はい。カレーは似た香辛料があったので調整して再現してみたのです。かつお節は獣人だけが扱っていたので殆ど流通していなかったようで。あ、カレー味にもダシを入れてあるので、和風……ええと、馴染み深い味かと思いますよ」
転生のことを知らない身内もいるのだろう。言葉をぼかしたアリスはそう言った。
「これら数品を作るのだけでも長い時間が必要でした。そもそもお米もダシもここでは馴染みがないので、合うお米が見つかったのもつい最近で。うちの料理人は侯爵家のお抱えですから腕は良いですけど、私達とは考え方が違っていましたし……」
そう言われて内心同意する。
──この世界に来てから、私は食事があまり好きじゃなくなった。
お金と身分にものを言わせて贅を凝らした食事をしても、わがままを言って比較的好きな物だけ食べてみても、何か満たされない。
何が足りないのか分からなかったけど……考えてみると、味噌とか醤油とかダシとか、色んな味のお菓子とか、当たり前に食べていたものが何も無いのだ。
その代わりに出されるのはコショウを山ほどかけた肉や油っぽいスープ、甘すぎて量を食べられないお菓子ばかり。
いつからか学食の料理は美味しくなったけど、ヴィランデルの実家に帰れば待っているのは香辛料を沢山使った料理だ。
それが権力の証なのだと言われれば勝手に文句をつけることも出来ない。
それに厨房の人は重要キャラでもないし、一緒になにか作るなど考えたこともなかった。
……前世でもレシピなんて何一つ知らなかった。
ここに来てからも「攻略」の事で頭がいっぱいで、ご飯のことなんてほとんど無視していた。
黙って一口ずつおにぎりを食べる。
とろける食感の温かい茶碗蒸しを掬って食べて、鮮やかな野菜の天ぷらもサクリと一口齧る。
「ご一緒にいらっしゃった方もぜひ」
アリスに促され、男子二人も好奇心に目を輝かせて料理を食べ始める。
何かあった時は私を守るようにと言いつけて連れてきたのに、場の雰囲気と珍しい料理を前にしてか、完全にそれを忘れた顔だ。
それをぼんやり見ていると……アリスが佇まいを直した。
「ガブリエラ様。これらのお料理もお菓子も、お茶も、ここに来てくださればいつでもお出しします。……いつでも」
妙に真剣な顔をしたアリスがそう言う。
「脅されたから出すのじゃありませんよ」
「……」
アリスが、側近から渡された小道具をいくつかテーブルの上に出してくる。
「このドライヤー石も、他の便利道具もそうです。当たり前にあったものが無いのはお辛いでしょうから、お分けします。作るのに費用がかかるので、流石に有償ですが」
「……」
「今日はひとまず、お土産にお持ち帰りください。使い方は紙に書いてあります」
「……ええ」
それをキルシェに受け取らせ、緑茶を一口啜る。
それから静かに言った。
「帰りますわ」
カタンと椅子を引いて立ち上がる。
慌てたように男子二人が私に倣い、そしてテーブルの上を名残惜しげに見た。
「貴方達二人は残ってもいいですわ。お好きになさい」
「え、しかし……」
言い淀んだが、しかし顔を見合せた二人は私に着いてきた。後で怒られるのが怖いからだろう。
「また、いつでもいらしてくださいね」
後ろから見送りに来たアリスがそう言うが、私は返事をせず、アリスの顔を見ないで部屋を出た。
「宜しかったのですか?今のガブリエラ様が言えば、オーキュラスはあの品々をガブリエラ様に毎日献上することだってしたはず。利権を寄越せと言っても、もっと自分のために合わせて開発しろと言っても通じたはずです」
キルシェが言ってくる。
しかし私は、それには応じなかった。
……私は。
──私、は。
ガブ視点はここまでです。
次でアリスの思惑などが語られます。




