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244 廃塔の春

「だーめーでーすー!!」

「お願いですアリスさん。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんです!」

「絶対だめです」

「ちょっとモフモフ……」

「駄目」


 うららかな午後、私は廃塔の前でガルシア先生と押し問答していた。


天体観測の日からいろいろあった。


廃塔へ突撃してきた側近全員から「なぜアリスが怪我を!?」「なぜこんなことに!?」と執拗な質問攻めにあったアベルさんが、あまりのしつこさにぶち切れて全員を塔の外へほっぽり出した後。


あれだけ悩む原因になったイレ皇子とガブリエラには、一切動きがなかった。


それについてはアベルさんからあの日に言われていた。

「相手はあの食えない皇子だ、今は心配しなくていい」と。

その理由は教えてくれなかったが、しばらくの間戦々恐々として警戒していても、本当になにもなかったのだ。


むしろ、ガブリエラが私に傷を負わせたことを知った側近たちの荒れようを治める方が大変だったと言える。


ヨハンとニコラスは、私に無理やりでもついて行かなかったことを後悔してしばらくご飯が食べられなかったらしい。

マチルダとユレーナは逆に、「あの女にも同じ傷を作って差し上げますわ……」と刃物を研ぎ始めたので慌てて止めた。しかし話を聞いてみると、率先して私を単独行動させたことを深く後悔していたらしく、口を開いた瞬間に泣き出してしまって。

私が決めたことなのだから責任を感じないように、と言い含めてもまた後悔と怒りの矛先を求めて刃を研ぎ出すので、しばらく目が離せなかった。

ヴィル兄様は校内の巡回で出会わなかったものの、首をくくりそうなほどショックを受けてしばらく茫然自失になってしまい、逆にこちらが看病するような形に。

オルリス兄様の反応は、……怖かったので思い出さないことにする。

そもそも側近じゃないのだが、最近のオルリス兄様は私に対して完全に保護者モードだ。とても嬉しいのだが、私がやらかす度に悩ませているので申し訳ない。

そんな感じでとにかく、荒れ狂う身内を宥めることに奔走した。


傷の方は見た目の出血に対して全然大したことなく。幼い体であることも相まって、恐らく傷は殆ど残らないというのが見立てだ。


魔獣やアベルさんも関わってくるしかなりの大ごとになってしまうため、教師や両親には報告しなかった。……秘密が増えていくことに、申し訳なさと不安は膨らんでいくが。


そんなこんなで天体観測の日からひと月以上経ち、すっかり春になった今。

ここでガルシア先生との押し問答に話を戻すと、まぁ、そのままの状況だ。

要するに、魔獣に対する執念が凄すぎるガルシア先生に、ここで魔獣を飼っていることがバレたのである。


ノーヒントでいきなり来訪されたから本気でびっくりした。確かに、味方に引き入れようとは思っていたが……もう少し見極めてからにしようと思っていたのだ。

しかも来訪した経緯が凄すぎる。

「あっちの方に魔獣がいる気がした」という第六感がきっかけで、そこから森の中に残された、殆ど動物と変わらないトフェルの羽や、微かなイリーヴの散歩の足跡などを辿って来たと言うのだ。そこまで動物博士じみていたとは思わなかった。

そんな訳で、まだこちらが受け入れる準備を整える前に来てしまったのだ。


「ガルシア先生、またですか~?」

「レイ先生!」


麗しい声が聞こえて、ガルシア先生の体がぎくりと強張る。


「ほら、生徒を困らせちゃいけませんよぉ。学園に戻りましょう?」


にっこりと笑ったレイ先生が、ガルシア先生の腕に腕を巻きつけた。

す、すごい。完全に見た目があれだ。

イギリスの老映画俳優と、レッドカーペットの美女。ただし老映画俳優は青くなり困惑しきっているが。

ガルシア先生は、なぜかレイ先生が苦手なのだ。


「わかりました! 分かりましたから離してください、レイ先生……!」


ワタワタし出したガルシア先生はくうっと名残惜しそうに私と廃塔を見て、それからそそくさと逃げ帰って行った。

その姿を見送ったレイ先生が、先ほどとは打って変わった男の声で呟く。


「やっぱりあの爺さん、俺のこと男だってわかってんじゃないのか……?」

「うーん、どうでしょうか? レイ先生って見た目は完璧に女性ですけどね」

「そうだよなぁ。まぁ、一番最初に見破った奴に言われても説得力ないんだが……」


ジト目で見られる。いやー、前世知識なきゃ、多分わかんなかったけどね。


「私の場合は、おもいっきり変装を解いた姿を見ていますからノーカウントですよ。じゃなきゃわからないですって」

「どうだかなぁ。くっそ、俺の自信を喪失させた罪は重いからな……」


女装は決して好きでやっている訳ではないが、技術と出来栄えには自信があるということらしい。

唇を尖らせたレイ先生は、じゃあ俺も学園に戻るぞと言った。

そう言って歩き出すが、くるりと振り返って。


「で、俺がここに入ってもいいのは、いつになる訳?」


にっこり笑った先生が美しい赤いネイルで指さしたのは廃塔だ。


「ですから、それは先生が本当の〝秘密〟を教えてくれた時ですよ」


そんなやりとりをする。

 そう、レイ先生のことも、やっぱりまだ完璧に信用した訳ではないのだ。

理由は二つ。

ひとつめは先生が女装している「理由」そのものを教えてくれないという事。

これの内訳が分からなければ「実はただの趣味でした」なんてことも有りうる。(それはそれで解雇か逮捕だが)

要するに、こちらの秘密だけが漏えいすることになるのだ。

だからどんな研究をしているのかは軽く説明したものの、実物を一切見せていない。


もうひとつの理由はヴィル兄様とオルリス兄様が反対しているためだ。より正確には、オルリス兄様が強く反対している。

その理由は、やっぱり「前学園長レイガトスの推薦で教師になった」という点だ。どうしてもこのあたりの事情を詳しく聞けないことには完璧に信用できないと言っていた。そしてレイ先生は、これについて聞いたら黙秘した。

特にオルリス兄様が気にするのは、恐らく自分自身ミスティコの貴学院長によって妨害工作を受けたことが影響しているのだろう。確かに、ラーミナ色の強い権力者はやることが極端で恐ろしい。その推薦と聞いたら警戒して当然だ。


「厳重なことだ。まぁ、面白そうだから気長に待つけどな……。信用してもらえるよう、せいぜい協力させてもらうさ」

「うふふ。秘密の内訳を言っていただけたら、今ご招待でもいいんですよ?」

「それは無理」

「どうしてですか?」

「……そもそも、この通称・廃塔……資材塔のひとつであるここは学園の所有物であって、お前の物じゃないんだけどなぁ? たまーに、他の先生や学園長の使用人が入ってると思うんだが」

「そうですねぇ。じゃあ、今お入りになります? ……それっきりになりますが」


にこにこ。ばちばち。

笑顔でにらみ合いの末、ちぇっ、と言って先生は去って行った。

なんだかんだで折れてくれているのだ。大人な先生に、ごめんね、と脳内で謝っておいた。


恒例になった攻防を終えたので、意気揚々と廃塔の階段を上がる。

 この塔は確かに、先生の言うとおり本来は学園の資材塔の一つ。資材置き場だ。

地階は冬季のための備品や、常温で保存できる非常食などが置かれている。

二階や三階にも、数年に一度しか使わなそうな、滅多に使わないタイプの備品が置かれている。

その上の四階や五階は完全に使われておらず、埃っぽくて蜘蛛の巣が張られている。このあたりと、見た目の遺跡じみた古さから廃塔と呼ばれているのだろう。


六階まで上がると何もない小部屋に出る。ここが最上階の唯一の部屋かというと勿論違う。

その小部屋の隅に、幻術の壁があるのだ。


今までは誰でも通れる無防備な状態だったそれの前に立ち、触れてみる。

すると、冷たくて硬い手触りが返ってきた。うん、しっかり幻術がかかっている。


「〝黄金への道、想い万重、ランプは無用。石火の束の間鎖をどけよ〟」


 壁に手を当て、囁くように合言葉を唱えた瞬間、目の前の壁が消える。

そこに広がるのは研究室だ。


「御機嫌よう、アベル様」

「ああ」


 こちらを見て挨拶に頷き返してくれたアベルさんは、作業机に座って書き物をしていた。

最近のアベルさんは、魔獣が理解できる人語の記録収集にハマっている。

その傍にはハディールが寝そべって優雅に寛いでいた。


「ハディ~♡」


マイラブ♡ と愛を囁いて豊かな黄金の毛並みに飛びつき全身を埋めると、くあっと大きな欠伸をされた。

今日は甘やかしてくれる日ではないらしいが、モフモフするのはOKの日らしい。少しつれない所も可愛いよハディ。

でれでれとする姿を呆れた目で見てくるアベルさんを総無視してハディに甘えまくっていると、洋服の襟首を掴んで猫の子の様に持ち上げられた。


「ふぐぅ」

「まったく。遊ぶだけなら帰りなさい」

「えー。アベルさんだって、私が居ない時はもふもふしてるんじゃないですか?」

「してるわけないだろう……」


 また頭痛ポーズされた。なんでイケメンっていうのはこのポーズが好きなんだろう。

 その手から逃れて再びハディにくっつこうとするが、その巨体からは考えられないしなやかさでしゅるりと逃げ出したハディは屋上へ向かってしまった。


「あああ~……」

「あれも猫科だ。しつこいのは嫌われるぞ」


 もっともすぎるアベルさんの忠告に項垂れるが、すかさずそこにツッコミを入れる。


「猫の飼い方の本、読みましたね?」

「……」


 沈黙は雄弁である。

 視線を合わせないアベルさんに笑いそうになりつつ、そこにはそれ以上触れずにおいた。

 なんにせよ、何かに意欲的になったのは良い事だ。


そんな風に生暖かい目線を送っていたことに気付いたのだろう。アベルさんに睨まれた。


「……その目線をやめろと言っただろう」

「その目線って?」

「分かっているだろう。聞き返すんじゃない」


にやにやとした私の頭をぐしゃぐしゃと撫でたアベルさんは、ふいっと顔を背けて記録の執筆に戻ってしまった。


「天体観測」の一件以来、アベルさんは私が「保護者」のように振る舞う事を嫌うようになった。

いや、嫌うというのは言い過ぎかもしれないが。その気配を察知すると頑なに阻止するのだ。

勿論、私自身それはやめなければと思っている。ハッキリ言われた今となっては、年下に子供扱いされるのを嫌がるのも分かるし。


私達は「友達」として対等な関係なのだ。


それでもついついアベルさんの前向きな変化を喜んでしまうのは、もう条件反射と言うか、仕方がないのだ。


イレ皇子とガブリエラの不穏な静けさは恐ろしいし、訳が有りそうなアギレスタ皇子の様子など、気になることは多いが……。


「今日は何をしましょうか」


そんな私の言葉に興味を示したり、怒ったり、喜んだりする姿ににまにましつつ。

私の第二学年の春は、過ぎてゆくのだった。


これにて「第七章 天体観測」は終わりです。

次は八章が始まります。お付き合いいただきありがとうございました!


八章を始める前に、一か月ちょいほど番外編更新期間になると思います。

今の所予定しているのは「しっぽ会議2」と「側近会議2」です。


また、有難いことに当作品「転生したら乙女ゲーの世界?」の三巻発売が決定いたしました。2019/7/31発売予定です。

大きな加筆が大体二か所、細かい修正、そしてなによりイラストレーター・ミュシャ様の美麗イラストてんこ盛りとなっております。


発売と同時に嬉しいお知らせもございます。早くお知らせしたくてそわそわしております(笑)

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