第二回しっぽ会議
前半イヴァン視点、後半アリス視点です。
学園の裏庭の一角、少し開けた芝生の上には集団の影。
より詳しく言うならば、二人の人物を円を描くようにして取り囲む集団の影があった。
その全ての影には、ふさふさ、ゆらゆらと揺れる耳としっぽがついている。
「今日の議題は言うまでもない。そうですね?」
「ハイ……」
「うう……」
円の中央にちんまりと正座させられている二人のうち片方は、何を隠そう。
誉れ高き黒猫族の族長跡継ぎこと俺、イヴァン・スラクシンだ。
現状はもはやお察し。俺と同じく横に正座させられている親友フレッジと共に、先日の「天体観測」で暴走してしまったことに対する制裁を受けているという状況だ。
俺たちを取り囲む獣人仲間達から感じるあまりの威圧感に、ちょっとだけ涙腺が緩んで涙や鼻水が出ている気がするが……いやしかし、決して逃げ出したりはしない。族長の跡取りたるもの、自分の不始末もきちんと認めなければなるまい。
呻きつつも目の前に立つ我が側近・ユージンを見上げると、相変わらずの眉間に皺を寄せた胃の痛そうな顔をしていた。アリス様が言うところの「苦労性」っぽい顔である。
しかし周りのみんなと同じように目元には暗い影がかかっており、こちらに対する怒りが感じられる。
こほんと咳払いしたユージンは、先程の言葉に続けるようにして口を開いた。
「考えがあってアリス様は単独行動すると仰っていたのに、大興奮して追いかけ、おまけに一族の仲間に敗れて昏倒させられるとは何事ですか……」
「ひぇ……。す、すみませんでした」
キリッとした脳内とは裏腹に震え声で許しを乞うてしまう。耳もヘタレている。なんか今日のユージン、いやみんな怖い。
そもそも第一回しっぽ会議で「アリス様とは節度を持った距離感で」と約束したのに、夜のテンションで暴走して追いかけてしまったのだから100パーセント俺達が悪い。だからもうひたすらごめんなさいするしかないのだが……。
「そもそも、何故暴走してしまったんですか? 最近は抱きついたりしなくなっていたじゃないですか」
呆れたように黒猫のオルガとカリナにため息を吐かれる。あ、泣きそう。
だって、だって……。
「物陰に隠れたり、暗い中でこそこそと逃げる姿が物凄くこう……」
「なんともいえずこう、可愛らしかったから……」
同時に呟いた隣の親友とハッと顔を見合わせる。
我が意を得たり。流石はフレッジだ。
「そう、なんか妙に可愛らしかったんだよな。胸の奥がグッとなって、楽しくて、どこまでもジワジワと追いかけたり追い詰めたくなって……なぁフレッジ」
「うん。なんかこう、逃げようとする背中を見たら無性にこう……爪を引っ掛けて引き倒したくなベブラァッ!?」
「ひに゛ゃ!?」
目の前でフレッジが残像を残してぶっ飛んだ。
飛んだ先を見れば、茂みに頭から突っ込んで足だけ飛び出している状態。
振り返ると、金狼のユディトとルシアが後ろ足蹴りのポーズから姿勢を直し、達成感の息をつく所であった。
次は俺か……。と、しっぽを丸めてガタガタ震える俺に、今度はフルダルとニルファルがにっこり笑って交互に問いかけてくる。
「ねえねえイヴァン様、どうして迷惑かけたの?」
「ねえねえ、どうしてぇ?」
「どうして約束破っちゃったの?」
「リーダーなのに」
「なんで我慢できなかったのぉ?」
「ねぇねぇ、リーダーなのにどうして?」
いけないんだぁー!とキャラキャラ笑う二人の無邪気すぎる正論に、メンタルがゴリゴリと音を立てて抉られる。
地味にキツイ。衆人環視の中での正論キツイ。あ、泣きそう……。
こうしてダブル後ろ蹴り&白猫双子の壮絶なメンタル攻撃でフレッジと僕が撃沈し、ひとまず制裁は終わった……かに思えた。
「イヴァン様とフレッジ様が言ってる事は、なんとなく分かるんだけどねー」
「うんうん。逃げられたり隠れられたりすると……なんか、ヘンな気分になるよね」
そう声を上げ始めたのは、獣人の男子組だ。
発言したのは黒猫の元気っ子ティザとおっとり屋のサージュ。そこに金狼の食いしん坊ランスレーもうんうんと頷いて加わる。
「お腹が空いてると特になるよね。僕、アリス様の撫でてくれる手に嬉しくなって、うっかりガブッといきそうになったことが何回かあるよ!」
「ええ!?」
いつもの可愛い笑顔で物騒な発言をするランスレーに、周囲の仲間がズザッと引いた。
フルとニルが「食べたいってこと……??」と怯え始める。食いしん坊キャラとはいえそっち方面はまずいのでは。
その反応に慌てたランスレーが言い訳を始めた。
「まってまって、ほんとに食べちゃったりはしないよ!? 例えるならそう、じゃれてて楽しくなってきた時とか、小さい頃だったらお父さんやお母さんに甘える時とかに甘噛みしたりするでしょ?ガブガブしたくなるよね? あーいう気持ちになったの!」
「あ~……」
その例えに全員納得する。
取っ組み合いごっこなどで楽しくなって興奮した結果、相手にあぐあぐと噛み付いてちょっとした流血沙汰になり、親にしこたま怒られるというのはみんなが幼少期に通る道だ。
これは「獣癖」と呼ばれるものの一種で、種族による違いこそあるが大体の獣人に共通してなにかしらある。
特に男の獣人は噛みグセや引っ掻き癖が多く、そういう場合は厳しく躾られるのだが……。いずれにせよ、実行に移すことはなくとも、やはり本能的にそういう欲求があることは誰も否めない。
俺とフレッジがアリス様を追いかけてしまったのは、要するに狩猟本能……獣癖のひとつだったということだ。
場が何故か共感(?)に傾きつつあると見たのか、フレッジが頭に葉っぱをつけてヨロヨロと戻ってきた。
俺とフレッジがここから逃げ出さないよう目を光らせているユージンとヴォルヤも噛み癖には大いに覚えがあるようで、見上げるとちょっとバツが悪そうに目を逸らす。
そう、そうなのだ。男たるもの獣癖のひとつやふたつあってもおかしくなんかない。
逃げるアリス様を見ると飛びついて止めたくなるとか、いい匂いのする肌に噛み付いてみたいとか、頭を擦り寄せてゴロゴロしたくなったりとか、そういうのも全部全部、遠い祖先の獣の血が悪いのだ。
我慢しなくちゃいけないことは分かるが、ほら、俺ってまだ8歳だから……。8歳だよ?
だからちょっとくらい。
やっぱり、ちょっとだけならいいんじゃないだろうか?
自分の中の貴族の部分が「いやダメだろ」と脳内ツッコミしている。そんな駄目思考の罰が当たったのだろうか。
狼狽えぎみの男子組の中でも、ファニールだけは違った。
いつも通りの眠そうな目付きでやる気なさそうに立っているが、ぽつりと小さく呟かれた次の言葉は真剣そのものだった。
「わかるけど……コニーさんが怯えるのは嫌だから、僕は我慢する」
「う……っ!」
「ううっ!!」
イヴァンとフレッジに9999の痛恨のダメージ!!
そんなよく分からないセリフが脳内に浮かんだ。
なんだろうこの敗北感、なんだろうこの恥ずかしさ。年齢を言い訳にした俺とのこの違い。
男として負けた……。何故かそう感じた。
女子組も思うところがあったのだろう、その発言を受けて喜びだした。
オルガとカリナが両側からファニールの肩を掴んでやんややんやとはやし立てる。
「さっすがファニール! そうそう、特にアリス様はそんなに腕っ節が強くないし、乱暴なことしたらすぐに壊れちゃいそう。私たちの習性なんか絶対向けちゃダメだよね」
「男の子ってみんな獣癖出しがちだと思ってたけど、そんなことなかったんだね! いやぁ、ファニールみたいな人もいるんだね!」
「いや別に……。普通に駄目だと思ったから……」
うぐ。自然体で「当たり前でしょ」というファニールの様子から追加ダメージを勝手に食らってしまった。
うう。だってだって。だって、アリス様のちょこまか動き回る姿や怯える顔を見てるとつい……。
女子に褒められまくるファニールと相反し、軽蔑の眼差しを受けて惨めに正座している俺とフレッジは、そんな状況もあって更に意固地になり、そんな思想に陥っていた。
冷静になればどう考えても普通に駄目なのだが、集団で責められるとなんだかおかしな方向に思考が飛ぶものである。
しかし、そんな風に反省の色が薄い俺たちを見て、フルとニルは良いお仕置き内容を閃いたらしい。
満面の(恐ろしい)笑みで発表されたその処刑内容に、俺とフレッジは悲鳴をあげた。
♢
(アリス視点)
「なんだか今日は……静かですねぇ」
自習室を見渡して、おやつを運んできたコニーがこてんと首を傾げた。
その言葉により、私は感じていた違和感が確実なものであると悟った。小声でコニーに問いかける。
「やっぱりそう思う?」
「ええ、まぁ……」
どうしたんでしょうねえ? とぽやぽやしているコニーの言う通り、今日の自習室はなにやら静かだった。
アルヘオ文字関係の研究が中断状態の今は全員自習室に集まっているのだが、いつもなら小さな声でおしゃべりする声が聞こえたり、飽きて居眠りし出す子がいたり、コニーのおやつに反応して大はしゃぎする子がいたりでわりと賑やかなのだ。
それが、全員真面目に机に向かって静かに勉強している。
あの自由人・フルダルとニルファルすらキリッとした表情で机に向かっているので、教師役のユセフ様が「おい、どうした? 変なものでも食べたのか?」と真剣に心配しだしていた。
ちなみにフルとニルの教科書は逆さまなので、キリッとした顔をしているが内容は読んでいないと思われる。
ローリエ様とレティシア様もやけに大人しい獣人達にクエスチョンマークを飛ばしまくっているし、私の側近たち、そして取りまとめ役トリオやその下の子供たちもどこか不思議そうにしていた。
ううーん。何か重大な事件でもあったのか? それとも落ち込んでいる……?
でもそういう報告は受けてないし、怪我している子や泣いている子がいる訳でもない。
これはダブルリーダーに何があったのかを早急に聞かねば、と二人の席を見た瞬間、二人からさっと顔を背けられた。
……え。
拒絶するかのようなその仕草に、ちょっとばかり心がチクッと痛んだ。
私、何かやっちまったか……!?
いやまて、落ち着け。落ち着いてとにかく話を聞かなければ、何も解決しない。
いつもなら有り得ないその態度にテンパるも、とにかく話しかけようと二人に近づいた。
すると二人の体がビクッ!と震えるではないか。もうこれはなにか重大な事件が起きているので間違いないだろう。
「あの、イヴァン様、フレッジ様。一体どうされたのですか? 皆もやけに静かですし……」
勇気を出してそう話しかけるも、二人はプルプルと震えて顔を上げてくれない。
いよいよ心配になって少し顔を覗き込むようにすると、なぜか二人は真っ赤に顔を染めていた。
んん?
なんで赤面してるんだろう。可愛いけど。
よく分からない状態に頭上のはてなマークを増やしていると、笑いを堪えるようなニヤニヤ顔でフルダルとニルファルが近づいてきた。
「フレッジ様、イヴァン様。アリス様を無視するとはいい度胸なの!」
「違っ!!」
「ん~?」
ガバッと顔を上げて違うと言いかけたイヴァン様とフレッジ様は、白猫双子の「ん~?」を受けて慌てたように自分達の口を塞いだ。
なんだろう。喋っちゃいけない罰ゲーム中ってことなのかな?
「えっと、罰ゲーム中とかです?」
「流石アリス様、当たりなの!」
「いっぱい話しかけてあげて欲しいの!」
「え、ええ……??」
そんな不可思議なことを言って、満足したのかルンルンと自分たちの席に戻って行った白猫双子を見送る。
喋っちゃいけない罰ゲーム中の人に話しかけろとはこれ如何に?
盛大にハテナを飛ばしまくりつつもダブルリーダーに向き直ると、二人は視線をさ迷わせていかにも逃げたそうにしていた。
とりあえず、再び問いかける。
「ええと、何があってそんな罰ゲームを……?」
「……にゃん」
ん?
なんか今、イヴァン様の口から可愛い猫の鳴き声が聞こえたような。
「あの、イヴァン様?」
「にゃあ…… 」
んん!? なんだどうした滅茶苦茶可愛いぞ!?
しおらしくうつむき加減で、赤面しながらにゃんにゃん言い出したイヴァン様。
悲鳴で「ぎに゛ゃー!」とか言ってるのは聞いたことあるけど、普段から語尾ににゃんをつけるようなタイプじゃなかったよね!?
試しにフレッジ様にも呼びかけてみる。
「あの、フレッジ様……?」
すると、フレッジ様はモジモジした後、涙目で返事をした
「……わん」
!?!?!?!
一瞬にして語彙力が弾け飛んだ。なんだこの可愛い生き物×2。
「えっと、もしかして、“人の言葉を”喋っちゃいけない罰ゲーム中なのですか?」
「ふぐう……にゃ、にゃうん」
「わう……」
これはいかん。これはいかんぞ。
こんなん。
こんなんどう考えても、一日中話しかけるに決まってるだろうが!!!!!
私の瞳が最大光度で煌めいたのを感じ取ったのか、笑いを堪えていたらしいケモっ子達が一斉にブハッと噴き出した。
私もニヤニヤとした萌え笑いを堪えきれない。
「い、イヴァン様。1+1は?」
「……にゃんにゃん」
「1+2は?」
「にゃんにゃんにゃん……うぅ……」
後ろの方で堪えきれなくなったらしいマチルダが部屋を飛び出して行った。わかるよ、地面をのたうちまわりたくなる可愛さだよこれ。
「フレッジ様?」
「……わん」
うわぁ、ぶるぶる震えて真っ赤になってる。かっわ~……。
「今日のフレッジ様、一段と可愛いらしいですね」
「ふぐっ……わ、わん」
どうやら可愛いよりカッコイイと言われたいお年頃らしい。顔を覆ってしまった。
なんだかもう、言葉が出てこない。「にゃん」と「わん」を連発するイヴァン様とフレッジ様がこの世に今、確かに存在しているというだけで満足出来る。物語が完結してしまう。
そんな風に悶えまくりつつ構いまくり、一日中二人に話しかけた結果。
夜になる頃には他のケモっ子も全員真似してわんにゃん言い出して、萌えのオーバーヒートで私がひっくり返り、そこでようやく罰ゲーム(?)は終わりを告げたのだった。
獣を言い訳にするなら獣になっちゃえの刑でした。




