241 裏庭にて その②
土に汚れてしまったそれはやはりガブリエラのアサメイだった。
その切っ先をぴっと向けて吠えられる。
「このメス狐。避けてんじゃねぇよ。いかにも興味ありませんって顔しておいて、横から男奪いやがって!」
「!」
踏み込んできたガブリエラがびゅんびゅんとアサメイを振って切りかかってくる。動きはてんでデタラメだが、躊躇が全くないため恐ろしい。
こちらもアサメイを抜くが、剣術は授業で習い始めただけの身だ。しかもまったく軌道が読めないためおっかなくてしょうがない。
必死で避けて逃げ回りつつ、ガブリエラの口調がいつもと違う事に気づいた。
随分荒っぽい。あれが転生前のキレた時の口調なのか。
「馬鹿皇子もいると思ったのに、なんでいないんだよ! どこにやったんだよ、出せよ! ああ!?」
「しっ、知りませ、うわっ」
背中がドンと壁にぶつかる。いつの間にか木立を完全に抜けて廃塔まで来てしまっていた。
うわああ、面倒事を持ってきてしまった。アベルさん気付かないでくれ、寝ててくれ。
どうか……どうか出てこないで。
アベルさんがガブリエラに気付かれて問題が起きたらどうしようとか、廃塔を出禁になったらどうしようとかおかしな方向に危険を感じつつ、そういえばガブリエラにも隠匿のチョーカーが効いていないということを思い出した。
切りかかってきた時に「やっぱりここにいた」と言っていたという事は、「私が裏庭に確実にいる」ということを知って血眼になって探していたという事だ。
それなら魔道具のルール的に見つかっても、一応おかしくは無い。皇子の時と違ってそこに疑問は無い。
しかし、問題はなぜ私が来ることを確信していたのかだ。
デタラメに剣を振り回すのに疲れたらしいガブリエラは肩で息をしている。
ん、なんかこいつめっちゃ香水臭いな……?
上がった体温のせいでむわりと香った妙な臭いに眉をひそめつつ、その隙に問いかけた。
「ガブリエラ様、どうしてここに私が来ると知っていたのですか」
「は? 何、ようやく皇子を連れ出したことを認めたわけ?」
日本語で頼む。と言いたくなるのをぐっと堪えてもう一度聞く。
「いいえ。どうしてこの広い学園の敷地内で、私がここに来ることを確信していたのかと聞いているんです」
睨み合ったまま、出来る限りゆっくりと言い聞かせるように問うと、ガブリエラはにいっと口の端を上げて勝ち誇るような笑みを浮かべた。
「私には心強い味方がいるからよ。お前が必死にかき集めてる雑魚キャラ共とは違う、とっても頼りになる高貴なお方が」
イレ皇子か!
あのタレ目野郎、と毒づきそうになったがそれどころではない。
……まさか、イレ皇子は私が廃塔に出入りしていることを知っている?
だとしたら、ガブリエラと私をここで出会わせたのは何故だ。
――そんなの決まっている、戦わせるためだ。
話しぶりからすると、ガブリエラは私と皇子が一緒にいるのを直接見た訳じゃなさそうだし。というかもし見ていたとしたら、その時点で襲ってくるだろう。
つまり、イレ皇子が「アリスとアギレスタが一緒に裏庭に居る」と吹き込んだのだ。私と戦わせるために。
では戦わせて、どうしたいっていうんだ?
それが分かれば現状を打開できるかもしれない。そう思うも、再びガブリエラが切りかかってきてそれどころじゃなかった。
魔術で対応しようにも、逃げ回りながらそれが出来るほどできちゃいない。こういう状況に陥ると、魔術師が戦闘時に後衛な意味がよくわかる。
「あっ!」
石に躓き、そのまま転ぶ。走っていた為に勢いがついていて、思い切り地面に投げ出された。
慌てて後ろを向くと、ガブリエラが狂気じみた笑みでアサメイを振りかぶる所だった。
「死ね!」
「っぅあ!」
咄嗟に腕を前に出して刃で刃を受け止める。運よく当たってぎりぎりと鍔迫り合いになるが、こちらは馬乗りになられている。
やばい、まじで死ぬかも。
まだ死にたくない。せめてと必死に口で抵抗する。
「やめっ、こんなことをして、捕まるのはガブリエラ様ですよ!」
犯罪者になりたくなきゃ止めろ! と叫ぶも、ガブリエラは目を爛々とさせるばかりだ。
「馬鹿じゃないのあんた。ヘマやった算術学のユリエラだってきちんと消えた。あんたの死体だってそうなる!」
「は……」
じゃあなにか、死体処理班みたいなのが身内にいるって事? でもそういう口ぶりじゃないな。
まさか……勝手に消えたと思ってる?
呆気にとられた瞬間に、目と目が合う。
まただ。ガブリエラはまたあの目をしている。……ぽっかりと空いた真っ黒い、木の洞のような恐ろしい目。
恐怖にぶるりと身震いした瞬間、握っていたアサメイが弾かれる。「やったぁァ!」と狂ったように叫んだガブリエラが、両手で握り直したアサメイを垂直に振り下ろした。
もはや成す術もなくぎゅっと目をつぶった瞬間。
――グオォン、という地響きのような咆哮が聞こえ、乗りかかってきていた体重が悲鳴と共に一瞬で消えた。




