235 星の夜 その①
チョーカーを着けているのにもかかわらず、目と目が合う。
「うわあああ!?」
「ひええええ!?」
既にトフェルから手を離していた私は、綺麗に天窓の中へと落っこちた。
ふぎゃっ、とか、ぐえっ、という何とも言えない声と共に皇子とぶつかる。
梯子に掴まっていた皇子が咄嗟にキャッチしてくれたのだが、片手では普通に握力が足りなかったらしく、もろとも床に落ちた。
「いったぁ……」
「痛……」
呻くが、皇子の上に馬乗りになっていたことに気付いて慌てて退く。
「す、すみません! どこかお怪我は!?」
「……いや、多分怪我は……ない……」
ぐったりした皇子だが、幸い骨折などはしなかったらしい。見ればここは屋根裏部屋のようで、非常に部屋の天井が低い作りだった。そのためだろう。
ちょっとホッとするが、すぐに事態を思い出す。
私、空から飛んで来たよな……。
しかも、隠匿の魔道具が効いて無いっぽくない?
ということは、トフェルの姿も見られた?
ああもう、今日のハプニング続きはいったい何なんだ……! と頭を抱えそうになったところで、目の下にクマを作った皇子が転がったまま虚ろな目でぽつりと呟いた。
「また、変なものを作っているのか」
「え」
皇子がゆるりと指さす先は、私のチョーカーだ。
「さっきの鳥も、それとお揃いのデザインのものを着けていたろう」
……何もかもめっちゃ見られてるぅーー!!
思わず天を仰ぎそうになるが、皇子は起き上がりつつ溜息を吐いて言った。
「別に、誰にも告げ口しないさ。それも、あの変な石と同じようなものなんだろう」
「え、あ、はい……」
変な石って、アーレフの魔石の事か?
服の埃を払いながら立ち上がった皇子は、へたり込んだままの私に自然な動作で手を差し出した。
「この屋根で天体観測するつもりだったんだろう。立てるか?」
……誰? この子。
異様に物わかりが良い上に紳士である。言ってしまうと悪いが、この子本当にアギレスタ皇子か?
違和感はそれだけではない。なんというか、人が変わったようなキラキラ皇子になる前の、かつてのふてぶてしい皇子寄りだ。かなり暗い雰囲気だが、最近のお人形めいた無口さが嘘の様に喋っている。
呆気にとられつつ手を取って立ち上がる。先に梯子を使って屋上に出た皇子が「どうした、怪我でもしたか」と顔を出して言ってきたので、なんとなく誘われるままに登ってしまった。
屋根に出ると、皇子は窓の傍に座っていた。どうしようか迷っていると、こちらを見た皇子が「僕の事は気にせず、好きに観測でもするといい」と言うのだが……気にしないとか無理でしょ。
そう思いつつ、いつもとかなり違う雰囲気の皇子が非常に気になって、とりあえず「では、お邪魔します」と言って、少し間を空けて隣に座った。
ちらりと様子を見るが、皇子は天体観測しないらしい。しかし憂鬱そうに夜空を眺めている。
何を話したらいいのかわからないので、とりあえず観測道具を鞄から取り出した。
星座盤に羅針盤、羊皮紙、小さな画板、持ち運び用の羽ペン……。隣が気になってしょうがないが、焦っても仕方ないか。
そもそも私は、普通に天体観測したいからイベントに参加したのだ。この世界の夜空は、前世と同じところもあれば違う所もあって面白い。
「月」とか「金星」とかの主要な星々は、言い回しや細かい所こそ違うものの前世と似ている。
しかし星の配置や星座は少し違う気がする。あと特に前世と違うのは、魔獣の名を冠した星座があるところだろうか。
星座盤を見ながら、目視できる星座を確認してメモしていく。
月や太陽、星の関係はアルヘオ文字にも影響するので、個人的に興味大なのだ。
今だと日の入りからそう時間が経っていないので、「ヘィの文字」が影響を受けやすい水星が姿を現している。その時間は文字の効果がややアップしたりするのだ。
そんな事を考えながら手を動かしていると、視線を感じた。
もちろん皇子である。やばい、一瞬忘れてた。
「オーキュラスは、本当にそういうのが好きだな」
そういうの、というのは魔術とか勉強のことだろうか。どっちもかな?
好きですよと返すと、視線を外した皇子は一瞬沈黙してから、再び口を開いた。
「……僕も、本当は魔術の勉強が好きだ」
おや。意外と言えば意外だが、そういえば皇子は、決闘の時になかなか派手に魔術を使っていたな。
……皇族だから人より何でもできないといけない、そんでもって適性があって、本人も好き。
しかし国の方針として、というよりラーミナ教の方針として、それに必要以上に打ち込んだりしてはいけない。教義だと魔術は本来魔獣の使う攻撃の技で、根本的には作物や動物を生み出さないから。
良くできても褒められないのに、逆にできなければ咎められる……相当面倒くさい塩梅だ。そう考えると、魔術好きにはちょっと不憫かもしれない。
いや、本当は私も貴族だからその枠の筈なんだけど。幸いなことにスーライトお姉様という身内がいることもあって、かなり好き勝手させてもらっている。
「そうでしょうね、お強かったですし」
「!」
決闘の時の事を思い出して褒めると、皇子の目がちょっと輝いた。ばっとこちらを向く。
「まぁ、私の方が全然強かったですけど」
「……お前な……」
うふふと笑ってやると皇子はちょっと赤くなって、呆れ顔をした。だってホントの事だし~。
しかしそんなくだらないやりとりで、少し力が抜けたらしい。皇子は少し黙った後、とつとつと喋りはじめた。




