236 星の夜 その②
「なあ、最近の僕はオーキュラスから見て、どんな感じだ?」
変な質問だ。皇子に自分の印象を聞かれる日が来るとは思わなかったな。
「どうって、とっても〝王子様〟っぽいと思いますけど」
「〝王子様〟か……まぁそうだろうな」
なんだか疲れた顔をした皇子は、更に変な質問をした。
「最近、僕は何か変なことを喋っていたりしないか?」
「……うーん? よく分からないですけど。でも最近、とても無口でいらっしゃるようには見えますよ」
まともに喋るのなんて、去年の春ぶりに近い。問われても正直分からない。
「……そうだったな」
強いて言えば今こそ変なことを沢山言っているが、本当にどうしたんだろう。
変と言えば、こんなところに皇子が一人でいるのも随分変だ。
「そういえば、どうしてここにいらっしゃったんですか?」
「ああ。……ガブリエラが、今日の天体観測は別々に行動したいと言い出したんだ」
名前を出されて思い出した。そうだ、皇子と一緒に居るのを見られたら一番ヤバいじゃん。
しかし、なんで別行動してるんだろう?
一瞬危機感がチリついたが、それよりも好奇心が勝った。
「ガブリエラは最近イレ兄上と仲が良いから、ルールを無視して無理やりそちらとペアになったのかと思った。……しかし何故か、ペアは僕と組んだままが良いと言っていてな。本当は、本館のルーフバルコニーで待っているようにと言われた」
一瞬言葉を区切ったアギレスタ皇子は、空を見上げながら、少し震えるような声で続けた。
「でも、久しぶりに自由だったから……そちらには行かなかった。ここなら誰も来ないだろうと思って、来た」
何やら不穏だ。
さっきから言っていることをまとめて考えてみると、これはもしかして。
前に考えた「洗脳されている説」が、いよいよ有力なんじゃないだろうか?
でも洗脳だと、「今は自由」というのがよく分からない。
少なくとも今は正気に見えるし。効き目が弱かったり強かったりするタイミングがあるのだろうか。
謎だが、どう声をかけたものか悩んでしまった。なにしろ年に一度会話すればいい方という関係だ。
様子が変なのが気になってこの場に残ったものの、これ以上、どのくらい突っ込んでいいのか正直分からない。
だが……入学当初の傲慢皇子っぷりからは信じられないほど大人しくなっているところを見ると、弱っているのは確実。あるいは、こちらが本来の性質なのか。
私に対する態度も随分柔らかいから、なにか理由があって、ガブリエラの言いなりではなくなっている……のかもしれない。
「久しぶりに自由とは、どういうことですか?」
思い切って聞いてみる。
しかし皇子は緩く首を横に振って、「そのままの意味だ……いや、忘れてくれ」と言った。
それ以上は語るつもりは無いのか、ぼんやりと夜空を見上げて黙っている。
めちゃくちゃ気になるんですけど、と思いつつ、それ以上しつこく聞くのも違う気がして。
考え込んだところで、皇子が微かに目を見開き、小さく声を上げた。
声につられて皇子の視線の先を見るが、相変わらずの闇が広がっているように見える。
しかし瞬きした次の瞬間に、きらりと光る線が夜空に描かれた。
「あ……流星群!」
見上げた空には星が降り始めていた。
今日は月が新月に近くて空が暗い。おまけに雲も出ていない絶好の気象条件だ。
前世の空と違って、人工の光に侵されていない純然たる夜空。
そこに降り始める星屑は、確かに魔法の力を持っていそうなほど美しかった。
それに見とれそうになるが、私が気になるのは流れ星自体より魔石の方である。
ポーチから魔石をいくつか取り出すと、それらはゆっくりと明滅して淡く光っていた。
「わあ……」
掌に並べた魔石は、それぞれ種類によって光り方が違っていた。これは、流星群から受けている影響に差があるって事だろうか?
不思議現象にテンションが跳ね上がって、むずむずとしてとても黙っていられず、皇子に笑いかけた。
「不思議ですね、綺麗ですね……! ほら、これなんて蛍みたいですよ」
一番綺麗に光っていたペリドットをさあさあと渡すと、皇子はそれを慌てて受け取った。
しばらくそれを不思議そうに眺めていた皇子だが、きらきらと明滅する石から星を連想したのだろう。
おもむろに、それをつまんで夜空にかざした。
瑞々しく透き通った黄緑色の欠片の向こうで、流れ星がきらりと光るのが見える。
「……ああ、綺麗だな」
そう言った皇子は目を細めて、それからほんのりと楽しそうに笑った。
そうしていると、まるで儚げな天使のようだ。……ちょっとだけ可愛いとか思ってしまった。
――しかし、そんなほのぼのとした時は長く続かない。
遠くの方から、微かにヒステリックな叫び声が聞こえてきたからだ。
それを聞いた皇子は、せっかくの笑顔をひっこめてしまった。そして目を閉じてから、ゆっくり立ち上がる。
「ガブリエラだ。僕がルーフバルコニーにいなかったから、怒っているんだろう」
行きたくないというオーラが凄い。いつの間にそんな不仲になっていたんだろう。
「これ、返すよ」
そう言ってペリドットを渡そうとしてきた皇子を、私はやんわり制止した。
きょとんとした皇子に、その石のジンクスを伝える。
「ペリドットの魔石は、別名を太陽の石と言います。悪いものから自分を守って、前に進む力を与えてくれるとか。……だから、差し上げます」
本来はオカルトやおまじない程度の話だが、この世界ではおまじないだって本当の効力を持っているかもしれない。
このくらいは関わってもガブリエラにバレないかな、と思ってプレゼントしたのだが。
アギレスタ皇子は俯いてしまった。
「皇子?」
んん、どうした? と思って覗き込むと、皇子は顔を逸らした。
「……貰っておく」
そう言った皇子の耳は、少し赤いように見えた。
もしかして、結構喜んでくれたのかな?
「ガブリエラ様には、秘密ですよ」
知られたら今度こそ殺されかねんし。そう思いつつ笑って言うと、皇子は小さく頷いた。
そのまま天窓に手をかけ、足を降ろして去ろうとした皇子は、一度動きを止めた。
こちらを見ずに小さく呟く。
「……すまなかった」
そう言うと、逃げる様にひらりと屋根裏部屋の中へ飛び降り去って行った。




