233 魔獣マニア
「うちの子達がおかしな方向に進化しているような気がする……」
そんな不安に駆られつつ、校内を進む。
ここは本館なので、後から付け足された学園っぽい作りの場所と違い、迷いやすい古いお城の様相を呈している。
反対側に行くにはどうすればいいかな……と思ったところで、曲がり角に揺れるランタンの明かりが見えた。
巡回の先生かな、と物陰に身を潜めたところで出てきたのはガルシア先生だった。
それを見た瞬間にチョーカーを外す、分かりやすい私である。
「ガルシア先生!」
「おや、アリスさん」
はあ、夜の闇の中で見る先生も渋くてかっこいい。着ている冬物のロングコートも深い臙脂色で、これまたかっこいい。
「巡回ですか?」
「ええ、そうですよ。……おや、アリスさんは誰かと組んでいないのですか?」
おっと、そうだった。
……先生となら、他の人にぼっちだと後ろ指を指されるリスクを冒してでも組みたい。そう思うのはもはや老紳士好きとして仕方のない思考である。
駄目なんだけどね!
「実はペアを組みそびれてしまって、一緒にやって下さる方を探していたんです。先生、お願いできませんか?」
「おや、嬉しいお誘いですね。……うーん、しかし、この階の巡回を任されてしまったので」
レディのお誘いを断ってしまって申し訳ないと眉尻を下げた先生に、とんでもないですと返す。また機会を作ってお茶をしましょうと言ってもらった。
さりげなくお茶の約束ができたことにホクホクして、では、と去ろうとしたところで先生に呼び止められた。
「アリスさん」
「?」
ちょいちょい、と悪戯っぽい笑みで招き寄せられて戻ると、先生は私のコートの背中側に手を回した。
「ふふ。この前もこれ、制服に付いていましたよ」
そう言って先生が私に見せたのは……灰色の羽。
「あ!」
トフェルの羽だ! と慌ててそれを取り返そうとしてしまって、自分の失態に気付いた。
「慌てるという事は、やはりこれはオルコット種の羽ですね。羽の先の縞模様が独特なのですよ、これは」
顔が青くなる。
「青くなるということは、偶然ではない」
「うぐ」
どんどん揚げ足が取られていく。
「余裕をなくすということは……やはり隠れて飼っていますね、アリスさん?」
ひいい。間髪入れずにずばずば言い当てられていく。
名探偵ガルシア先生は、メガネをくいっと上げて、とどめの様に言った。
「水臭いですよアリスさん! 飼育するなら何故私に言ってくれないのですか、同志ではありませんか!」
「へ?」
ぴかー! と光り輝く勢いで喜色満面になったガルシア先生は、「他の先生にバレない様にお気をつけて。きちんと管理するんですよ。今度見せて下さいね」と言って、るんるんしながら去って行った。
あ、そっか。飼うって言っても、檻の中で普通に飼ってると思うよね。
「さっきまでそのオルコットに掴まって空飛んでました」なんて言ったら、どんな反応をするのか。カロ種やガット種をしょっちゅうモフモフしていると知ったら?
……案外、ガルシア先生はルールに緩いらしい。恐らく魔獣限定だが。
これは、色々と交換条件を付けて身内に引き込んでしまえば、心強い味方になるのでは。
そんな風に考え事をしながら隠匿のチョーカーを着け直しつつ、急ぎ足で五階へ上がる。
本館の五階はかなり上階寄りで、下の階で部屋だった部分がなくなって屋上になっていたり、張り出したバルコニーの様になっていたりする。
多分生徒達はそちらに行くだろう。ならばそうじゃない、もっとマイナーな場所を狙った方が落ち着けそうだ。
もしくはもっと上に行くか……。しかし、屋上付近は最終的に生徒でごった返すだろう。それなら、この五階か六階でじっとしていた方がよさそうだ。
そう考えて歩き出したところで、後ろから猛然と走ってくる音が聞こえた。