222 絢爛の世界で その①
※ガブリエラ視点です。
絢爛豪華な調度品、色とりどりの花、甘い砂糖のお菓子。
ラーミナ教に傾倒している教師の協力や会員費で、美しく整えられたこの部屋、高貴なる薔薇の会のサロン。
学園の中で一番のお気に入りな場所で、「一番のお気に入り」にくっついて私は上機嫌だった。
「ねぇイレ様、もう一度聴かせてくださいませ」
「うん、いいよ」
私のおねだりに笑顔で応えて、イレ様がリュートを奏で始める。
剣技も巧みな男らしいその指は、音楽を奏でる事にも秀でている。
その音色に聞き入る会員たちや懇意の教師で出来た輪の中心部で、私はこの上ない快感を得ていた。
こうしていると、まるでこの世界の中心が私のように感じるのだ。
「ああ、なんてお上手なの。そう思いませんか、アギレスタ様?」
そう問いかけると、私の隣に座ったアギレスタ様はにこりと笑って頷いた。
……ああ、つまらない。最近のアギレスタ様は殆ど喋らなくなってしまった。
春星式で私を抱き締めてくれた時は甘い言葉を沢山くれたのに、ここ最近は美しい顔でにこにことするばかり。
アギレスタ様は乙女ゲーの正規ヒーローなだけあって本当に美しく、幼い今はふわふわの金の巻き毛も相まって、天使か妖精の様に儚げだ。
それが物静かにしていれば、それはそれでお人形の様で可愛いのだが……。
これじゃ全然、「ヒロインを理解し、助けてくれる王子様」じゃない。
それに比べてイレ様は全然違う。年齢も前世の私より少し上だから、子どもなアギレスタ様と違って、素直に男っぽくてかっこいいと思える。
しかも、とっても頭がいいのだ。私は自分が賢いと自覚しているが、イレ様は私よりもずっと頭がいい。
薔薇の会がいまいち伸び悩んでいた時も的確なアドバイスをくれたし、勉強が大嫌いな私でも楽しく学べるよう、ご褒美をくれる。
今演奏しているのだって、進級テストでそこそこの点を取れたご褒美なのだ。
こうして人前で私がおねだりし、皇子がそれに応える。関係性を示すには十分だ。
「ご機嫌ですね、ガブリエラ様」
楽しそうにキルシェも語りかけてくる。新しく雇った女側近もにこにことしている。
ああ、ずっとここにいたい。
明日になれば冬季休暇で実家に帰らなければならない。
本当ならお母様に会いたいのだが……。前回会った時の記憶が、まだ心に残っていた。
この間の皇立庭園での校外学習で先走って、アリスを殺し損ねた上にアギレスタ様に拒絶されて、一度私の心は粉々になった。
あの時は本当に焦ったのだ。自分がヒロインなのは間違いないのに、馬鹿ニコラスがヒロイン候補に白い花を贈るなんて紛らわしい事をするから。
あの庭園で起こるはずだったのは、「攻略キャラがヒロインに白い花を贈る」というイベントだったのだ。
具体的には、「同級生の繊細で可愛い子と、気が強くて男っぽい自分を比べ、座り込んで自己嫌悪に陥っているガブリエラの所へ偶然キャラがやってくる。そして空から降り出した白い花を一つ拾い上げて、不器用に慰めながら髪に飾ってくれる」という、幼少期の幻想的な思い出としてのイベントだった。
本来ならアギレスタ様と私は、この時点ではあまり親しくない。ゲームでは、ツンデレなガブリエラとツンデレなアギレスタという、両片思い系の組み合わせの筈なのだ。
でも、転生して、知識があるためにうっかり調子に乗り、入学式の日にアギレスタ様の好感度を大幅に上げてしまったから……。
私に懐いて依存するようになった皇子と常に行動を共にするようになったから、「アギレスタ様が私を偶然見つけて慰める」という流れ通りにはどうしてもならない。
だから私は、世界の流れを軌道修正する必要を感じたのだ。




