173 責任の行方
◇(ガブリエラ視点)
「お母様、凄いものを手に入れましたのっ。ああ、早くお見せしたい!」
私は意気揚々と走る。行儀が悪いとメイドに言われても構わなかった。
あの忌々しいアリスからキルシェが盗み出した魔石は、キルシェによれば、ルーン文字に似た文字を刻んだ風の魔石らしい。
実際に魔力を篭めてみると、強力な風を引き起こした。
奴の転生チートなのか、オーキュラス家の家宝なのかは分からないものの、お母様の喜ぶ「成果」と言えそうなものだった。
大体、この世界の魔法とかいうものは複雑で面倒なのだ。
長ったらしい呪文も覚えにくいし、組み合わせを間違えると発動しないし、素材を消費しないといけないとか陣を書かないといけないとか、ルールばかりでつまらないのだ。
アニメの呪文詠唱シーンとかは観ていると楽しかったが、自分で理解してやれ、と言われれば無理だった。
しかし、この魔石があれば別だ。これがあれば、魔力を籠めるだけで派手な魔法が使える。それってとても主人公っぽい。
これを独占しているなんて許せない。凄い技術を独り占めするなんて、そんなのはヒロインとか主人公がやることじゃない。
皆で平等に使うべきだと発言するのが主人公らしさというものだ。
そこで早速、学園を抜け出してヴィランデル家上屋敷に報告に来たのだが、なかなかお母様は時間を使ってくださらなかった。
恐らく、特別研究活動の時間をサロンの活動に当てたのがお母様の逆鱗に触れたため、まだお怒りなのだ。
勉強するなと言ったりしろと言ったり、訳が分からないが、確か「世間の動きを察知しなさい」とか「周りの動向をよく読みなさい」とか言われた気がする。
そんなの大人がやれば良いのに、どうして私が言われたのだろう?
ともかく、ようやく今から三十分だけ会ってくれるというので、私は魔石を持ってお母様に会いに来たのだ。
部屋をノックしてお母様の反応を待つ。入りなさいと言われて入室すると、お母様は執務机に座って書類を書いている所だった。
ヴィランデル家では、執務のほとんどをお母様が行っているらしい。お父様が普段どこにいるのかは知らないが、せっかく転生したのにあんな無能そうな男が自分の父親だなんて信じたくなかったので、家にいないことは私としては好都合だった。
仕事をばりばりとこなすお母様はかっこいい。
「まともな報告ができるようになるまで連絡してこないように、と言わなかったかしら」
お母様が顔を上げずにそう言った。そのひんやりとした声音に心臓がドキリとする。
前世のママと違って、今世のお母様は私に笑いかけてくれることがほとんど無い。そして、言葉もとても冷たい。
でも、これはお母様なりの愛なのだ。私は最近、やっとそう思い至った。
最初のころは、「あいらのママみたいに優しく愛してよ」って思ってた。でも、そもそもが違ったのだ。
だってあいらのママは優しかったけど、私に怒ったことが一度も無かった。
気に入らない子を殴って怪我させた時も、「面倒になったからもう学校には行かない」と言った時も、微笑みながら「わかったわ、いいのよ」としか言われなかった。
そういうのも一種の「育児放棄」みたいなものなんだと、ネットの漫画で読んだことがあったのを思い出したのだ。
その時は馬鹿じゃないのと思ったけれど、今なら言える。
今のお母様は昔のママと少し違うけど、確かに私を愛してくれているから、こんなに冷たくて厳しいのだ。
そのはずなのだ。そうじゃないと、おかしい。
そうじゃなかったら……。
……とにかく、お母様がこうして心を鬼にしてくれているのだから、早く成果を見せてさしあげて、褒めてもらいたい。
そんな事を考えて、お母様の動向を窺いつつ魔石を取り出した。
「お母様、早速良いものを持ってきたのです! ご覧くださいませ、この魔石を!」
お母様がやっと顔を上げてこちらを見た。氷のような蒼い瞳がこちらを向く。
私はどきどきしながら、魔石を見せた。
「これに魔力を籠めると、呪文がなくとも強い風を起こすことができるのですわ!」
そう言って魔石を掲げて魔力を籠める。かっこいいところを見せたかったので思い切り籠めた。
しかしうんともすんとも言わない。
おかしい、こっそり試した時は成功したのに。
お母様と目が合う。私はどっと冷や汗が出るのを感じた。
「……いつ、発動するのかしら」
「ま、待ってくださいませ! 今!」
再び思い切り魔力を籠めてみせる。しかし、今度は淡く光った後、ビシリと音を立てて魔石に大きなひびが入った。
顔面蒼白になっているのが自分でも分かる。どうしようも無い焦燥感と不安に飲み込まれそうになっていると、お母様が優しい猫なで声を出した。
「まあ、なんて凄いのかしら。綺麗に光ったわねぇ」
え、と期待を込めてお母様の顔を見る。そしてすぐに後悔した。
「それで、どういった研究でこんなに素晴らしいものを発見したのかしら」
「え、あ」
……見たことも無いような恐ろしい顔をしたお母様が、私を睨み付けていた。
何か、何か言わなきゃ。
「け、研究して。あの、皆で、部屋に集まって、そっ、それで」
「お前の行動はある程度監視させているという話は……しなかったかしらね」
「え」
何のことだ、とカチコチに固まりながら聞き返すと、お母様は聞いたことも無い、低くて怖い声を出した。
「自分の側近に直接盗みを働かせるなど、愚かな。そのような足のつきやすいことをして。敵に側近が捕縛されていたらどうするつもりだったのかしら?」
「ひっ……!?」
初めて聞いた底冷えのする声に、反射的に悲鳴をもらしてしまった。お母様は続ける。
「お前は私の後継者。私の後を継ぐ者よ。それだというのに、そんな場末の娼婦のような発想でいてもらっては困るのよ」
お母様が言っていることが、半分も理解できない。
お母様は私を視界から外して、ため息をついた。
「優秀な駒を与えればマシになるかと思ったけれど、間違いだったわね。……キルシェはあくまでも駒としてお前の側にいる。いざという時、指示が状況や倫理的に見て間違っていると感じても問題なく従うように、そう作られている。最初にそう言ったはずだけれど」
キルシェ? キルシェがなんだって? ……そういえば入学前に、家の者からごちゃごちゃそんなことを言われた気がするけれど、あのときはヨハンを横取りされた怒りに頭がいっぱいでほとんど聞いていなかった。
「適性があるかは自由にさせないと分からないから、しばらく放置していたけれど……またこんなくだらないことに私の時間を使わせたら、次は無いと思いなさい」
言葉が出なかった。
次? 次はないって、どういうこと?
動けない私をメイドに運び出させたお母様は、その時、私の方をちらりとも見なかった。
部屋に戻された私は、ベッドに潜り込んだ。毛布を頭から被って震えを押さえ込む。
なんで、なんであんな怖いことを言うのだろう。いくら愛だって、とても辛い。ああ、辛くて堪らない。
なんて可哀想なのだろうか、私は……!
こんな事になったのは、そう。誰も私を止めてくれなかったせいだ。
キルシェが頼りにならないのはなにか理由があるのが分かったけど……そうだ、ニコラスは何故止めてくれなかったんだ?
……いや、確か、やめた方が良いとかどうとか、なにかごちゃごちゃ言っていた。
そもそも最近、何かにつけて私のやる事に文句をつけることが多かったのだ。
あの時もそうだ。所詮はヨハンの代用品のくせして、せっかくのアイデアを危ないだのなんだのと頭ごなしに止めようとしてきたから、いい加減頭にきて。
叩いたり縛ったり色々言ってやってから、しばらく部屋に閉じ込めてやったのだった。
そうだ。
ニコラスがあの時、もっとちゃんと止めてくれなかったから、こうして私が怒られたんだ。
ニコラスのせいでお母様は怒ったんだ。
……そう、これはニコラスのせいなんだ!
そう確信するとどんどん怒りが湧いてきた。今度はどんなお仕置きをしてやろう。とびっきり痛くて惨めなことをしてやらないと、気が済まない。
私が感じた悲しさや痛みと同じだけのものを。いいや、もっときついものを与えなくては。
そうして、今度は上手くやるように躾けてやらなければならない。
これはいじめだの八つ当たりだのとは違う。教育だ。だから少しくらい酷いことをするのも仕方が無い。お母様が私にしてくれていることを真似するだけ。
善は急げだ。
私はベッドを飛び出して、お付きのメイドを呼びつけた。
久しぶりのガブリエラ視点でした。
そして早速の自爆①。




