174 アベルという人
◇(アリス視点に戻る)
「サーリエの花……ですか?」
恒例になってきたアベルさんとのお茶会で、私はそう聞き返した。
「ああ。通称は鐘の花、稀な呼び方で飛翔花という」
そう言ってからユレーナの作ったクッキーをかじり、「舌がびりびりする……」と呟いたアベルさんに、そっとお茶を差し出した。
「ユレーナもだいぶうまくなってきたんですけどね……。味見のご協力、いつもありがとうございます」
「毒味の間違いだろう、やはり……」
げんなりした顔のアベルさんに内心でぺろりと舌を出す。
だって「主人が持参するお土産作り」ということで、未だかつて無くユレーナが家事関連で張り切っているのがとても可愛らしいのだ。
どうやら、明確な目的が無いと家事するやる気が出ないタイプだったらしい。現にそのやる気に釣られて腕前も少しずつ「普通」に近づいているので、もうしばらくお付き合いいただきたいのだった。
「ええと。その飛翔花というのが役立ちそうなのですか?」
「ああ。サーリエの花はその別名から、生活道具に関連がないと見られて殆ど道具作りに使われたことが無いはずだ。試してみる価値はあるだろうな」
「おお……!」
言われたことをメモに書き留めつつ、最近の事を振り返る。
研究は少しずつ進み、木材と魔石の組み合わせだとか、適切な刻み方と魔力の籠め方だとかも最初よりはコツを掴み始めていた。
しかしその分、行き詰まることも増えてきていたのだ。
そんな時にアベルさんに相談すると、思いがけない角度からアドバイスが貰えたりするので、ちょくちょく実験以外でも顔を出すようになっていた。
ちなみにしつこく通っているうちに、アベルさんも最初の頃よりは多少だが打ち解けた雰囲気になった。
相変わらず自分のことは話してくれないが、それ以外の世間話ならそれなりに返事をくれる。
きっとそれがこの人なりの、それ以上相手を寄せ付けないための処世術であるのはなんとなく分かってはいるのだが……まぁ、焦ったってしょうがない。
しかし一つ、二つ話してくれたこともある。
例えば、今のアベルさんを管理しているのは、まさかのオルテンシア様だと言うことだ。
それを聞いたときはオルテンシア様が幽閉の犯人なのかと思って驚いたし、何かの企みの首謀者なのかと戦慄したのだが、何のことは無かった。保護されたのだという。
十五歳で成人とされるこの世界。
深紅の瞳を持ち、さらに高魔力を保持するアベルさんには、本来なら十五になり次第、より厳しい監禁と、できるだけ使えないように魔力を消費させられ続けるような役割が待っていたのだという。
しかしそんなアベルさんを、オルテンシア様が「自分が責任を持って全面的に面倒見る」と言って受け入れたのだそうだ。
そのために、この学園内の廃塔でひっそりとすごしているのだそう。
アベルさんを危険視して監禁したい人たちからは、「それなら自力では塔から出られないようにしろ」という声が上がったそうで、そのためにあの魔力で構成された壁が出来た。
しかしここにアベルさんの世話をしに来ているダヴィドさんが、ある時からそっとその通行制限を解除して以来そのままなのだという。
ついでに最も謎だった「俺が見えるのか」発言や、なぜ誕生日会にいたのに騒がれなかったのかも、聞いて聞いて聞きまくったところ聞き出せた。
なんてことはない、「意図して使用者を見なければ存在に気づけない」魔道具の効果だったのだという。
ローヴァインに通えたのも、人の多いパーティー会場にいられたのも、自分が誰にも見えないはずだと思っているのも、かけているモノクル型の魔道具の効果だったのだ。(ちなみに、誕生日会になぜいたのかは “さてな”だった)
しかし、一見軽く語られたその生活。
……正直言って、それがアベルさんの人格形成に大きな影響を及ぼしていないとは、到底言えないと思った。
現に彼は外に出ようと思えば出られるのに、まったく外の世界に興味を示さない。
オルテンシア様に迷惑をかけないようにしているのかと思いきや、話の様子からして何故かオルテンシア様のことがあまり好きではないようで、そういう訳でもないらしい。
事情を知る教師以外、ほとんど誰からも認識されない学生生活に、魔道具を外せば人から化け物のように怖がられるか、蔑まれる恐怖。
そういう生活が、感情の起伏が薄いアベルさんという人間を作っていったのは間違いが無いと思う。
とは言っても、私といると大概呆れたり文句を言ったり怒ったりと忙しないので、「キャラ設定・感情の起伏が薄い」な儚い系キャラという印象は、正直あんまりないのだが……。
むしろこの人、結構なツッコミ属性だよ? と前世の後輩に教えてあげたくなった。
アベルの事情チラ見せでした。
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