170 お隣のラスボスさん
こうして無理やりお隣さんになった私だったが、意図せずしてあっという間にアベルさんは研究仲間になった。
まぁ研究仲間というより……見守る人? 付き添い人? そんな感じではあるが。
曰く、「死なれたら寝覚めが悪い」かららしい。
まぁね。隣の部屋でしょっちゅう幼女が悲鳴を上げたり爆発音を響かせたり怪我したりしてたら、流石にどんな人でも扉を開けてしまうだろう。
狙ってなかったかって? それは黙秘するが。
「ねぇアリス、本当の本当に大丈夫なの、その人?」
「大丈夫ですよヴィル兄様。もう何度かお会いしましたが、危ない人ではありません」
「ううーん……」
ホントはラスボスだからこの世界で一番危険な男かもしれないが、そこは黙っておく。
今日は小研究室での飛行具研究の日だ。
ヴィル兄様が魔石に魔力を込めながらうんうん唸っているのは、決してその作業が難しいからではない。
私がアベルさんとした約束が納得できずに唸っているのだ。
「アリス以外の人をその部屋に入れないとか、やっぱり納得できない。しかも僕の許可なくアリスを独占してる感じがさらに納得できない」
「アリス嬢を独占するのには、ヴィル先輩の許可が必要なのか?」
「必要ないけど!! 気持ちの問題です!!」
横で作業しているダヴ少年の至極まっとうな突っ込みにキレ気味に返しつつ、ヴィル兄様が今度はさめざめと泣き始めた。
「ああ、僕らの可愛いアリスがその男に何か変なことをされたらどうしよう。だって人の近寄らない廃塔だよ? そこで成人男性と二人きりだよ? ああ!」
そう叫んだ瞬間に、魔石がバンと弾けて細かな粉塵になった。失敗である。
前回の失敗を教訓に、アルヘオ文字に対して耐久性の強い素材を探しているのだ。
「落ち着いて、ヴィル兄様」
「うう……」
「落ち着け、ヴィルヘルム。アリス様がそう言っているんだし、俺たちが必ずどちらか部屋の前で控えているじゃないか」
第一変なことってなんだ、と首を傾げたヨハン。君はそのままの天使でいてくれ。
さて、ヴィル兄様が壊れる原因になった交換条件はこうだ。
その①、自分は最低限の人としか関わり合いたくない。この大部屋にも私の私室にも、君以外は入れない。……言っておくが、君については無理やり入ってくるのでもう諦めただけだぞ。
その②。君がアルヘオ文字と呼ぶこれを公表するのは勝手だが、私の名前は出さないように。タロット研究については、そもそも公表しないように。
その③。茶会の土産と称して毒物を持ち込まないように。
……最後のはアレだ。コニーが作ったパウンドケーキとユレーナが作ったパウンドケーキを、あの日、お近づきの印にと一緒に食べたのだが。
ユレーナのそれが驚異的……いや、独創的な……いや、あの綺麗な無表情がデフォルトのアベルさんをも小一時間もんどりうって唸らせる物凄い味だったのである。
殺す気かと凄い目つきで睨まれた。
以前からの課題だった「家事ができない」を克服すべく、コニーの指導で家事をできるようにと取り計らってみたのだが、その腕前は予想以上だったのだ。
どういう訳か、一瞬目を離しただけでおかしなものを入れたり分量を間違えたりするらしく、なかなか愉快なことになっていた。
それでも段々良くなってきているので、毎回お茶会を(強引に)一緒にしてもらっているアベルさんからは、「最近は毒物から危険な薬物くらいにはなってきている」とのコメントを貰っていた。違いが全然分からないけど。
話が少し脱線したが、概ね交換条件と現状はそのような感じだった。
クールに突き放そうとしても、なにかしらやらかされてリアクションせざるを得ないアベルでした。立派な芸人になれそう。




