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164 飛行訓練 その2



「……行くよ!」

「はい。お気をつけください、兄様!」


 一度深呼吸した兄様が目を閉じる。そして極微量の魔力を飛行具に籠める。

 すると、ふわりと下に巻き起こった風により、兄様の纏うアブデンツィア生徒である証のマントが風をはらみ広がった。


 ここで力を入れすぎると強風があらぬ方向へ吹き荒れたり、不発に終わったりする。


 慎重に進めるうちに、籠める魔力に従ってアルへオ文字が順番に淡く光ってゆく。その全てに魔力が行き渡ったところで、兄様の足がふわりと地から浮いた。


 芝生が風を受けて円形にくぼみ、波打っている。


「おお!」


 ダヴ少年の感嘆の声。私も意図せずに声を漏らしていた。


「ああ……! な、なんて素晴らしい光景なんでしょうっ。はあ、早く、早く代わってくださいませ兄様~!」

「うぬっ、ア、アリス嬢っ、じっとするのだ!」


 私が堪らずジタバタくねくねすると、兄様は前から視線を外さないまま、冷や汗をかきつつ、ダヴ少年に私を離さないようにと繰り返した。かなり集中して操作しているようだ。


 しばらく数センチほど浮いていた兄様は、再び深呼吸を繰り返してから少しずつ前へ進み始めた。


 2メートルほどそろそろと慎重に進んだところで、力を抜いた兄様が着地する。


「っは、ぁ。ひとまず……。……成功、かな?」


 汗をぬぐいつつ晴れやかに笑った兄様に、ばっとダヴ少年の拘束を振りほどいて抱きついた。


「はぁあん! 兄様、凄いです! 浮いてました、飛んでましたよ!」


「うんうん、やったね、飛んだね! さあ、今度こそアリスの番だよ」


 その言葉でハッとする。


 そう。とうとう自分が。今度は自分が、地面から解き放たれる番なんだ!


 恭しく受け渡された飛行具を見つめる。

 それは文字の刻まれた、ただの加工された木材。しかし、無限の可能性を秘めているようにも思える。


 万感の思いでそれを握りしめて、私はそっとそれを跨いだ。


 触れた手から魔力を注いでいく。室内で練習した通りに恐る恐る強めていくと、まず最初に仕込んだ“テット”の文字が光り、効果が発動した。


 テットの効果は主にバランスや調和だ。このテットが魔道具に配置されたアルへオ文字と魔石の働きを調節する。

 これがあってもまだまだ操作は困難だが、有ると無いとではかなり違いがあった。


 次いで魔力が“へィ”の文字に到達すると、ギミック……イメージとしては、あらかじめ設定した回路の起動や、連動を引き起こすためのスイッチのようなものが作動する。


 これによりエネルギー源である風力、それを増幅・減少させるギメル、そして速度や動きを司るベートが関連づけられ、同時に操作できるようになる。


 なお、風力はあくまでもエネルギーや主な構成要素であり、実際に風で物を飛ばしている訳ではない。ジェット噴射で飛ぶというより、風の膜を形成し、その塊に包まれて移動するような感じだ。


 少しずつ流し込んだ魔力が全体に行き渡る。その目安として最も大きい末端の魔石が光ったのを確認したところで、私はそっと地面を蹴った。


 瞬間、感じる浮遊感。

 私の身体は重力に従った落下をせず、風の繭のようなものに包まれてふんわりと空中に留まった。


「……本当に。本当に私、浮いてる……?」


 そう実感した瞬間、私のドキドキは最高潮に達した。堪らず、飛行具をぎゅうっと握る。

 まさに夢見心地だ。ふわふわと広がるコートが、地から離れたままの足が、今まさに飛行魔法の雛形が完成したことを伝えてくれていた。


 この飛行具に乗って、大空を自由自在に飛べたらどんなに楽しいだろう!


 ……そうイメージしたのが、まずかった。


「あっ……え、ちょ、あ、わあああ!?」

「アリス!?」


 意図せずして漏れ出した昂ぶる魔力とイメージに反応して、あっという間に飛行具のコントロールが失われる。


 落ちる! と慌ててさらに強く飛行具を握ってしまったために、勢いをつけた飛行具に引っ張られるままに私は空高く舞い上がった。


「アリス! 落ち着いて、力を抜くんだ!」

「む、無理ぃぃぃ!!」


 下で兄様が風魔法で受け止めようと慌てて準備しているのが見えるが、生身で何十メートルも上空に放り出された私は一瞬でパニックになっていた。


 悲鳴と感情の昂ぶりに併せ、飛行具はさらにびゅんと舞い上がり、廃塔の屋上をも越える。


 あまりの高さに気絶しそうになる。その時、バキンという堅い音と共に何かが……割れる音がして。


「う、そ」


 見れば、飛行具の木が魔力の急激な負荷に耐えきれず、縦に真っ二つになっていた。アルへオ文字の光が明滅してからしゅんと消える。

 呆然としたその瞬間に落下が始まった。


「アリス様!」

「いやぁぁ! アリス様ぁ!」


 遙か下から桃紫コンビの悲壮な悲鳴が聞こえる。ダヴ少年の焦る声とヴィル兄様の声も……。


 重力に負けた身体がぐんと落ちる。


「ひ、ひゃぁああー! まだ死にたくないいー!!」


 うわあぁん、と泣きながら落下する先は、廃塔の屋上だ。……って。


 誰か、いる!?


「っ!?」


屋上で目を見開き私を見たその人は、背の高い男性だった。


「お願い、私を受け止めてぇぇー!!」

「なっ」


 悲鳴をあげながら真っ逆さまに落ちてくる私を見たその人は、酷く驚きながらも即座に魔石らしきものを取り出した。

 男性がそれを屋上の床に叩きつけると、そこから強い風が巻き起こる。


 それにより私は一瞬ふわりと宙に舞い上がり、次いでゆるゆると再び緩やかに落下。


 そんな風にして勢いを殺した私を、その男の人は狙い定めてがしっと抱きとめてくれた。


「くっ、……!」

「ぐえっ…………ふぐっ、く。あ、あり、ありが……」


 うっかり潰れた蛙みたいな声が出てしまったが不可抗力である。

お姫様抱っこされたポーズのまま、受け止めてくれた男性の腕の中で震えつつ、涙目でなんとかお礼を言おうと目を合わせたのだが。

私はその瞬間に、転生してから一、二を争う衝撃を受けた。


 ……私を受け止めてくれたのは、神を模ったかのような美しい顔立ちに、深い緑を基調とした服装の男性だ。

 突然降ってきた私に酷く驚いているようだが、それでも美しさが損なわれないほどの美貌である。


 規格外なイケメンの多いこの世界だが、よもやオルリス兄様を超えるイケメンが存在するとは……と面食らう。しかしそれだけならばまだここまで驚かなかった。


 なによりも驚き目を引いたのは、その血のように真っ赤な瞳と、燃やし尽くした灰のように白い髪。

 

 ああ、と思った。

 私の思い違いでなければ。


この人は“金薔薇”の最難関攻略キャラにして、RPGパートのラスボス。


 「アベル・ジャーヴィス」……だったのである。多分。



飛行具プロトタイプ、まさかの初運転で木っ端微塵に(笑)

そして、出したくてうずうずしてた人を出しました。

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