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116 最終戦

連続投稿中につき、未読話にご注意くださいー!


 応援を背に受けて、土俵に立つ。

 

 啖呵をきった以上、負けられない。

 名誉のためにも、団の今後のためにも、ここは絶対に負けられない。

 

 そう意気込んで前を見据えると、向かい側からは悠々とアギレスタ皇子が歩いてくるところだった。ニコラスの勝利で気分が良くなっているのだろう。

 ガブリエラが出てこないことは分かりきっていたので大して動揺もしない。恐らく「怖いですわ、皇子!」「任せてくれ、君を守る!」という茶番があったのではないだろうか。

 

 白線の外側で一度立ち止まった皇子は、余裕の表情でこちらに皮肉げな視線を寄越した。

 

「こちらからは僕が出る。……今ならまだ、棄権を認めてやってもいい。僕やガブリエラへの不正がどうのこうのという侮辱を、跪いて詫びるのならな」

 

 何を言うかと思ったら、ちゃんちゃらおかしい。

 

「棄権もしませんし、侮辱もしておりません。事実です。……まさか、ガブリエラ様の拙い言い分を本気で信じておられるのですか、殿下?」

「……なんだと?」

 

 ピクリと眉を動かした皇子。その様子を慎重に観察する。

 

「見たいものしか見ない。聞きたくないことは聞かない。……そうなってしまってはおりませんか?何かを不思議に思ったり、調べる事はしないのですか?」

「っ。何が言いたい?!」

「アギレスタ様、そんなやつの言うことは聞かなくて大丈夫ですわ! オーキュラス、黙りなさい!」

 

 ……妨害されたり避け合っていたため、皇子とこれほど正面から長く話すのは初めてだ。ガブリエラがなにか叫んでるけど無視だ、無視。

 

 その整った顔と陽の光に輝く金色の髪は、それだけ見ればいかにも乙女ゲームの王子様なのに、なぜこんな歪んでしまっているのだろう。

 

 言葉で揺さぶりをかけてからその深緑色の瞳をじっと直視すると、それが微かに揺れているのがわかった。

 

 ……ふうん? なるほどね……。

 

 何を根拠にガブリエラを盲信しているのかは知らないが、どうやら皇子は疑問や不審を無意識に封じ込めているようだ。

 

 これで本当に一切違和感を感じない朴念仁なら、皇位継承権を何としてでも破棄させなければと思っていたが。……まだ、矯正できるか?

 

 しかし、どちらにしても今やることは同じだ。

 

「言いたいことは星の数ほどありますけれど、それが皇子のお心に届かないのならば、今どれだけ紡いでも無意味な事。さあ、早く始めましょう? それとも……怖いのですか?」 

 

 そう言って両手を広げ、笑いかけて挑発してやる。

 

 有力者の無知は罪だ。それが皇子ともなれば、その罪の大きさは爆発的に肥大する。

 管理するべき下のもの……貴族に良いように利用されるなど、皇族としてあってはならないことだ。

 それなのに、ガブリエラのような小物に大きな顔をさせ、自分が間抜けな神輿になっていることにも気づかず、支配下の人間が下品な行いをしていることも見て見ぬふり。

 その上誰かに刷り込まれたのだろう獣人蔑視を鵜呑みにしている点は、もはや有害の一言。

 もはや、このままでは幼さだけでは許されない。

 

 なんとしても一度ぶっ飛ばして、性根を叩き直してやらなければ気が済まない。

 ……だから、その白線を越えてさっさとこちらに来い。

 

「怖いだと?! ふん、 訳の分からないことばかり言うその口、閉じさせてやる!」

 

 迷いを振り切るためか強気な態度で白線を踏み越えてきた皇子は、仁王立ちした。

 

「両者、準備は良いな」

 

 オルテンシア様の声に頷く。二人ともアサメイをしゅらんと引き抜いて構えた。

 

 一拍置いて、大きな声で合図が叫ばれる。

 

「それでは、最終戦じゃ。両者悔いのないように。――始めっ!」

 

 来い馬鹿皇子。教育してやる!

 

 ◇

 

「皇族の魔力量を見せてやろう、後悔するなよ! ……“聞け、承認の声。めくるめく炎、姿を見せよ”!」

 

 ゴウと大きな音とともに白線の外側に炎が走る。それは円を描いて私たちを取り囲んだ。

 

 近くで観戦していた生徒が悲鳴を上げて飛びすさる。

 取り囲む炎は確かに威圧感があるし、炎が出現した範囲の広さもさすがは皇族か。だが……。

 

「コケ脅しですか。いかにも皇子らしい魔術ですね」

「なんだと?!」


 全くひるまなかった私の嘲笑に驚いた皇子を鼻で笑ってやりながら、アサメイを構えて私も呪文を組み立てた。

 

「修羅場は慣れているので。……“震える夜の帳。冷たき使者の群れ。かの術を覆い尽くさん”」

 

 魔力を乗せて視線を走らせる。範囲を意識して、呪文と共に魔力を思い切り展開した。

 

 一瞬で周囲の温度が下がり冷気が渦巻いたかと思うと、ガガガッと音を立てて氷が一気に地面を凍らせていく。白線を越え、炎を飲み込み、……あれ?

 

「ひゃああっ?!」

「うわっ、うわぁ!」

 

 あっしまった。気合が入りすぎて、場外どころか中庭の半分が凍った。生徒達の悲鳴が上がる。

 

「こらアリス!白線が消えたじゃろ!! あと危ないのじゃー!!」

「すいません学園長ー!」

 

 ぷりぷりと怒るオルテンシア様に一応謝って返すが、私は内心にんまりとした。

 白線が消えた? 丁度いい!

 つまり、場外では戦闘が終わらないということだ。泣いて反省するまで攻めてやる!

 

 そう意気込んで皇子を見やると、広がる氷から逃げようとしたのかすっ転んでいた。

 

「ぶふ……っ!お、皇子、大丈夫ですか?腰が抜けましたか? 手をお貸ししましょうかぁ?」

 

 思わず笑いそうになりぶるぶる震えつつそう揶揄してやると、皇子は顔を真っ赤にした。

 

「貴様……!やはりガブリエラが言っていたとおり、見た目に反して性格が悪い女だな!!」

「ええ? 手をお貸ししましょうかと言っただけなのに……」

 

 そうすっとぼけると、皇子は苛立ったようにアサメイを凍った地面にドスンと突き刺し、「“石くれ、砂粒、ゆるやかに眠る土よ起きよ”!!」と叫んだ。

 

 すると皇子を起点として地面が揺れ、広範囲でバキンと氷が砕けた。土魔法か。

 ちぇ、接近戦にしたくないから足元を凍らせたのに。さすがにされるがままにはなってくれない様だ。

 

「この位の魔術でいい気になるなよ……! “石門の獅子よ通せ、枝葉行く道を!!” 」

 

 土を突き破って硬いつる草が襲いかかってくる。しかし聞きなれたその呪文を聞いて、私は冷静に対抗する呪文を唱えた。

 

「“聞け古の種。支配し支配される歓びを!”」

 

 魔力を思い切りぶつけるイメージでそう鋭く言い放つと、躍動するつる草がピタリと動きを止めた。成功だ。

 

「ほう、対抗呪文か……」

 

 オルテンシア様の呟きが耳に入る。うん、明らかにかっこいい魔術だったから勉強してたんだよね。

 

 植物魔法の支配を乗っ取った私は、動揺した皇子に向けてつる草を飛ばした。

 

「あっ、ぐ?!」

 

 地面を這うようにびゅんと飛んで絡みついたそれに体の自由を奪われた皇子。私はゆっくりと歩み寄りながら口を開いた。

 

「皇子。ずいぶん魔術が得意でいらっしゃるんですね」

「……っ! くそ、皮肉のつもりか?!」

「いいえ。私、魔術が大好きなのです。その上、魔力量がやたら多いので、練習でも全力でやりあえる相手が少なくて……。今、とっても楽しいのです」

 

 なんとなく戦闘狂のサイコパスっぽいことを言ってしまったが、ひとまず本題だ。

 

「皇子。今、私たちを取り巻く生徒達が何を思っているか分かりますか?」

「な……」

 

 耳元に顔を寄せてゆっくりとそう言ってやると、皇子は怪訝な顔をした。分からないなら言ってやろう。

 

「大きな力を見た人間は、自己防衛のために自らもその力を持たねばならないと思うもの。……では、私たちの戦いを、大立ち回りを見た生徒達はどうでしょう?」

「!」

 

 そう。この第一学年らしからぬ魔術の戦いを見た生徒が感じるものは、恐らく3つだろう。

 

 「未知への恐怖」「力への憧れ」「無力であることの焦り」

 

 ……そのどれもが、無知ではいられない衝動を煽るものだ。

 

 この国の、勉学や魔術に対する不可思議で怠惰な姿勢。そのせいで起こる理不尽や差別。

 それは私にとって邪魔なものだ。ならばチャンスがある限り壊してやるまで。

 

「ラーミナ教の教義も皇帝崇拝も別に否定しません。私は貴族、親愛なる皇帝陛下と殿下の味方ですもの。……でも、こんな簡単に他者に利用されるようなお方は。果たして統治者足り得るのでしょうか?」

「……!」

 

 あぁ。今……自分が最高に悪い顔をしている自信がある。

 皇子からは相当性悪に見えている事だろう。でも、構わなかった。

 

 他人に知らないうちに利用されているという事実、その恐怖。

 

 それを早いうちに知らなければこの子の為ではなく。

 また、大切な人達が暮らすこの国のためにもならないのだから。

 

 ……まぁ、さすがに皇族を物理的にタコ殴りにすることが出来ないから、趣味と実益を兼ねた精神攻撃にしました~っていうのが大きいんだけどね。

 

 そんな事を思って次はどうしようかと考えていると。

 

「…………くそ、……くそ、くそぉ!なんだよ、なんだよ!何も知らないくせに!誰もなにも知らないくせに!黙れ、黙れ黙れ黙れぇっ!」

「?!」

 

 ぶわりと巻き起こった凄まじい魔力の波に驚いて飛び退くと、皇子が放つ魔力の濃度に負けたつる草が急速に枯れ、ボロボロと崩れ落ちていくところだった。

 

 その形相と荒ぶる攻撃的な魔力に悟る。……これ、私がやったのと同じ。

 

 魔力暴走だ!

 

「逃げて!」

 

 そう叫んで生徒達を振り返るが、瞬時に状況を悟れるものはそうはいない。

 

 しかし事態を見て取ったオルテンシア様が素早く駆け、大声で強引な避難誘導を始めた。それと同時に急速に枯れだした皇子の周囲の芝生を見て、生徒達が悲鳴を上げて逃げ出す。

 

「あ……、ぐ、ぅ、……?! くそぉ、なんで、なんで、僕が、僕ばかり、僕だって、ぁあ……!!」

 

 混乱して蹲っている皇子を見て、皇子の気を落ち着けられる人がいないかと周囲に視線を素早く巡らす。

 ……だが、まさかの展開である。私を心配して残った側近たちや一部の夜明け団のメンツ以外、人っ子一人残っていなかった。

 

「え、ガブリエラは?! え、え?!」

「アリス様!早くこちらへ!」


 ヨハンの声が聞こえるが、強風に足を取られて動けない。さすがに動揺する。

 

 え、皇子にも側近とかいたよね?友達は?部下は?……うそ、ほんとに?


「っぁ。あ……?なに、これ、なんで、どう、どうしたら」

 

 自分の状態を急に自覚したらしい皇子が、涙を流して周囲を見渡した。 

 渦巻く濃密な魔力は強風を引き起こしている。その中心の皇子はぽつんと一人ぼっちに見えた。

 

「っあぁ~、もう!」

 

 ……そんな哀れな姿を見たら、駆け出さずにはいられなかった。

連載当初から描いているアリス像に忠実に突っ走って参ります。

アラサーって大人だけど、まだまだ青くて、全然完璧じゃないよね、ということでひとつ。

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