108 歴史学
連続投稿中なので、未読話にご注意くださいませ~( ´▽`)ノ
「それでは、歴史学の試験を始める。……始めっ!」
試験官の声により、一斉に羽根ペンを走らせる音が響き始める。
試験中は流石に周囲を気にすることも出来ないため、目の前の問題に集中する。
……うん。ちゃんと第一学年の問題だ。
ざっと全体を確認してから問題を解いていく。なにしろ訳の分からない前例があるからね。学園長的なね。
建国の皇帝陛下の名前、この国の正式名称、今の暦、隣国の名前……。うん。小学一年生レベルの基礎的な知識についての穴埋めがほとんどだ。
その中に出てきた「四皇子」にピタリと羽根ペンを止める。
四皇子の名前を答えなさい、か……。
私は解答用紙に名前を書き込んだ。
オーリエン・ツヴェト。カトゥルア・ブラン。イグニス・ノワール。ニクス・ヴィエーラ。
これが歴史に残っている四皇子の名前だ。
ちなみにオーリエン様が現皇帝一族のご先祖さまだ。そしてハイメ家に臣籍降下したご先祖さまの出身が、ニクス様だと言われている。
直系とも言える、家の名前ごと血を残している四皇子はオーリエン様だけだ。
どんな末路を辿ったのかはよく分からないが、他の四皇子の一族は衰退して消えてしまったというのが通説である。
そんなことに思いを馳せながらスイスイと解いていくうちに、歴史学の試験は終わった。
しばらくしてから側近たちと合流し、ローリエ様とレティシア様と共に大食堂へと向かう。
「はうぅ、はううぅん~」
「……落ち着いて、レティシア様」
ローリエ様が、しきりにソワソワするレティシア様の手を引いて歩く。
「レティシア様、そんなに不安がるなんて……。最近は90点以上の事も多かったのに。どうして不安なのですか?」
どしたのかなーと覗き込むと、レティシア様は宝石のような青い瞳をうるうると潤ませてこちらを見上げた。
「はう……、だって、だってアリス様ぁ。もしも私が足を引っ張ってしまったら、アリス様が、お、お、皇子の、皇子様の靴に……っ、き、き、き」
「……あぁ、キスするとお約束しましたね」
「ひぃぇぇ……っ! そんなの絶対絶対ダメですぅ!!」
卒倒しそうになったレティシア様を、すかさずローリエ様がキャッチして再び歩かせる。いいお姉ちゃんだ。
うーむ、売られた喧嘩を買ったのはいいけど、まさかそれがプレッシャーになってしまうとは。
「大丈夫ですよレティシア様。もしそれをやることになったところで何が減るわけでもありませ、ん……」
そこまで言ったところで凄まじい殺気を感じてバッと振り返る。
すると、ヨハンとユレーナが白目を向いて怒りに打ち震えていた。
「アリス様にそのようなことをさせるなど……。たとえ皇子と言えども許せん……!!」
「アリス様にそのような穢らわしいことをさせたならば、死よりも苦しい思いを……」
ちょ、ちょ、落ち着きなさい君ら。あとユレーナ、意外と君も過激だよね。
そんな二人はオロオロとしているマチルダに宥めてもらい、レティシア様の対応に戻る。
そんなこんなで昼休憩を過ごして次の予習をしていると、大食堂の扉がばーんと開かれた。
「採点終わったわよ!!」
「ええ?!」
何故か額にハチマキをしたレイ先生が、赤いインクのついた羽根ペンを握りしめてボロボロになりながらそう叫んだ。
生徒達はぽかんとしてそれを見やったり驚きの声を上げたりしている。
「え、ちょ、早くないですか?」
勇気ある生徒がおずおずとそう話しかけると、レイ先生は危機迫った顔で返した。
「“結果は早く知りたいじゃろ?ていうか私が知りたいから総出で採点をやるのじゃ”…………これが学園の総意よ。以上」
……その時、食堂に集っていた全員が思った。
教師って大変なんだな、と……。
♢
そんなハプニングはあったが、確かに結果がすぐ見れるのは嬉しい。私たちはいそいそと結果の張り出しを見に行った。
ちなみにこの採点結果、容赦なくランキングで張り出しである。下の方になってしまった子のメンタルやいかに。
「あ……、あ、あ、やりましたアリス様ぁ!91点ですう!」
「やりましたねレティシア様っ!」
「レティシア様、とても頑張った……!」
私達はわっと湧いた。八割以上を正答で授業免除だ。もちろん私とローリエ様は全問正解だし、確認したら側近たちもきちんと通過している。
マリア様やシン様など、黄金の夜明け団に加入した生徒達の姿を見てみると、大体半々のようだった。
そして、近くに来ていたケモっ子達の方を見ると、反応は……。
「いやっっっ、たぁぁ!80点!!」
「イヴァン様?! え、え、80点ですか?!」
涙を流して喜んでいるイヴァン様に驚いて近寄ると、私に気付いたイヴァン様が「にゃぁぁん!!」と叫んで走り擦り寄ってきた。……え?!
「アリス様アリス様アリスさまぁ、やりました、俺やりましたぁ!褒めてください撫でてくだゲフッ」
すりすりと全身で擦り寄り尻尾を絡ませてきていたイヴァン様が、突然悲鳴をあげて飛んでいった。
何事かと見やると、ローリエ様が拳を握って震えている。……え、今のローリエ様……??
イヴァン様の可愛すぎるデレとローリエ様の秘めたる一面など、度重なる予想外に硬直していると、飛んでいったイヴァン様をいつの間にかげしげしと蹴りつけていたフレッジ様が埃を払ってこちらに戻ってきた。
「ちょ、あの、イヴァン様が」
「アリス様、あの抜け駆け猫は放っておいて大丈夫ですよ。ちなみに僕は82点でした」
えっ!と再び驚きの声を上げてしまう。
確かにイヴァン様とフレッジ様はケモっ子の中でもグングン点数が伸びていた。しかし総じて勉強が苦手だったのに、一体何が……?
そんな私の混乱が伝わったらしい。
「えと、その……。昨日のアギレスタ皇子との会話や賭けで、僕ら、アリス様に守られっぱなしすぎると痛感しまして。……一夜漬けですが、あと10点上げれば届くというところまでは行っていたので、せめて僕とイヴァンだけでも、と思いまして」
「……!」
はわぁ、と私は口元を抑える。な、なんて健気なんだ。
感動していると、プラティナのアーサー様がそっと近寄ってきた。
「あ、アリス様。薔薇の会と夜明け団の平均点、出ましたよ」
「!」
気弱そうなアーサー様がこれまた気弱そうな声を出す。
「え、と……。夜明け団は74点、薔薇の会は52点、です……!!」
「!!」
「やった!やりましたねアリス様!!」
わっしょい!と周りがお祭りムードになる。ま、まさかほんとに勝てるとは!
いや確かに勝てるとは思ってたけど。でも、あまり勉強をしていない後半の参加組もいるから平均点はもっと下がると思ったのだ。うん。点数にするとまたひとしおだ。
「夜明け団の方が古い貴族が多いですから、その知識の違いも影響している、かもです」
「あ、確かにそうですね」
ローリエ様の静かな考察に納得する。自分の領地や国に誇りを持っているからこその高得点かもしれない。
「よっし、この調子で行きましょう!!」
…………しかし、もちろんそんなトントン拍子では、いかないのである。




