104 医務室にて
レイ先生による俵かつぎにて、夜の校舎内を移動する。
幸いもう暗い校舎に人はいないため、誰かに見られることはないと思うが……。
しかし学園長と、コニーに引率されて後ろを大人しく着いてくるケモっ子達には思いっきり見られていた。
「うう……、レイ先生、レイ先生。下ろしてください!」
「駄目だ」
「何でですか?!」
「お前、足を怪我してるだろう」
「へ」
言われて、初めて気付いた。確かに膝から血が出ていて。
恐らく暴走して力が抜け、膝をついた時だ。あの時に膝を擦りむいていたのだろう。
「あの、それにしたって、もうちょっと担ぎ方というものが……!」
「ふん。六歳のガキなんてこれで充分だ」
「えええ……」
謎の暴論についむくれてしまう。シリアスに反省していたというのにとんでもない仕打ちだ。
「というか先生、口調もキャラもいつもと違いますけど……?」
「…………」
腹いせに突っ込むと、レイ先生の歩みがピタリと止まった。……え、まさか無意識だった?
「……なんの事かしら?」
「いや、無理がありますよ先生」
ドスの聞いた低音から美しいアルトの美声に戻ったものの、仏頂面は変わっていない。前世チートな私じゃなくてもこれはモロバレなのでは……。なんか、素の口調だとそこはかとなく元ヤン感もある。
しかし学内でレイ先生オカマ説は聞いたことないし、見た目は完全に美女なんだよな。……変な人だ。
医務室に到着すると、すでに保健室の先生は帰った後だったようで、部屋は真っ暗だった。
私を肩から下ろした後、医務室の魔石ランプを調節しながらテキパキと治療の準備を始めるレイ先生をぼんやりと見ていると、学園長が話しかけてきた。
「体調はどうじゃ?なにやら途方もない魔力を放っておったじゃろ」
「えと……少しダルいくらいで、あとは大したことないです」
そう答えると、「あ、あんだけ派手にぶちかましておいてか……」と引きつった顔をされた。解せぬ。
しかし、その話題で私はあることを思い出した。
「あの、学園長。さっき暴走しちゃってた時、知らない男の人に止めてもらった気がするんです」
「知らない男?」
その会話にコニーが入ってくる。
「あ!そうです。お嬢様の目を隠して、耳元で何か諭されていたような……。気付いたらいて、気付いたらもうどこにもいなかったんです」
えっ何それ怖い。学校の怪談かな??
ちょっとブルリとしていると、学園長は「ふむ……」と考え込んだ後「部外者かもしれないの。取り締まりを強化しておくから安心しなさい」とだけ言った。
……学園長がそういう至極まともなことを言うと違和感が凄い。な、何か知ってるのかな?
そんな話をしているうちにファニール君とコニーの手当てを終えたレイ先生に手招きされたので、大人しく丸椅子に座る。まだ先生の目が座っていてちょっと怖い。
「膝を出しなさい」
「う……はい」
ちょこっとスカートをめくって靴下を下げると、やっぱり膝小僧が擦りむけて赤くなっていた。
そこに容赦なく消毒液をぶっかけるレイ先生である。
「ちょあっ、ふぐ、いっだ……!!」
「これに懲りたら、騎士科の男の子に無策で立ち向かおうなんて思っちゃダメよ。刃物だろうが魔法だろうが、この傷が自爆の結果だろうが、あなたの傷はあなたのものだけじゃ済まないんだから」
「……」
うう。仰る通りです。
涙目で頷く。
なにしろ、もしあの場で私が大怪我をしていたら、問題は途方もなく大きくなり、周囲に迷惑をかけていただろう。
予想できるだけでも震えが来る。
私の側近全員の職務怠慢の追求、学園の職員の責任問題、そして加害者生徒の厳罰、もしくはそれを庇おうとするガブリエラ陣営との派閥間抗争などなど……。なにしろこんなんでも、私の身は侯爵令嬢に間違いないのだ。
とはいえ、あの場で加害者の前にファニール君達を置いて大人を呼びに行くという選択肢はあまり想像出来なかったし、ニコラスとキルシェがあのまま何もせず、大人しく全員を逃がしてくれるとも思えなかった。どの道口論になっていただろう。
そんなイメージが顔に出ていたのか、レイ先生がため息をついた。
「そもそも気心の知れた側近が側にいれば、こんなことにはなっていないのよ。例え学園の敷地内でもトラブルはあるのだから。戦闘力のない女側近だって連絡係にはなるし、誰でもいいから念には念を入れて、必ず側近を側に置いておきなさい。それが宵闇寮の女性貴族としての心得よ」
「はい……」
うう、ぐうの音も出ない。私の自覚が足りなかったとしか言い様がない。
……ちなみに今の会話を聞いて、視界の端でコニーが悔しそうにぐっと拳を握りしめたのが見えた。
でも、コニーはあくまでメイドなのだ。側近とメイドは似て非なるもの。責任を感じることはないと私は思うが……後で話さないといけないな。
話が一段落したところで、私はニコラスとキルシェの話も切り出した。
「あの、先生。先生が来た時にはもういなかったんですけど……ガブリエラの側近がいたんです。うちの子達に酷いことをしていて」
「ニコラスとキルシェね」
苦い顔をした先生は、しかし現行犯で取り押さえなければ罰することが出来ない、と唸った。
「目撃者だけじゃダメなのよ。それで罰するようになると、逆に無実でも集団で一人を陥れる事ができるようになってしまうから」
「確かにそうですよね……。傷も、壊されたお守りも、自作自演って言われたらそれまでですし。先生方が目撃するしかないってことですよね」
警告したのに、ガブリエラ陣営はああしてこっそりと獣人を虐めていた。バレなければいいと思っていたのだろうか。
……いや、虐めがメインと捉えることがそもそも間違いなのではないかと、私は思い始めていた。
「アリス様、アリス様」
ヴォルヤ君が私の袖をちょこんと引っ張る。
「なぁに?」
「……れっとうしゅ、て何ですか」
その言葉に、悲しげな顔に。胸がズキンと傷んだ。
劣等種。
その一言に、あいつらが……いや、一部の貴族がどれだけ獣人を下に見ているかが如実に現れている。
その言葉のきちんとした意味は分からなくても、侮辱されたのはわかったのだろう。
悔しそうに、不安そうに言ったヴォルヤ君に、私は一気に辛い気持ちになった。
「……ヴォルヤ君、誰にそんなことを言われたのかしら」
再びレイ先生が般若顔になる。それにヴォルヤ君は一瞬ビクッとしたが、気丈に振舞った。
「告げ口したい訳じゃありません。でも、俺は難しい言葉をよく知らないから……何を言われたのか、よくわかんなくて」
悔しそうな顔でこちらを見つめてきたヴォルヤ君に、私は傷つけるだけの説明をするつもりはない。
「れっとうしゅ、というのはね。そうですね……誰かを馬鹿にしていないと不安でたまらないアホ鳥の、鳴き声みたいなものだと思っていれば大丈夫ですよ」
「鳴き声……?」
「そう、鳴き声」
ぽやんとハテナを浮かべたヴォルヤ君に対して、私の説明を聞いたレイ先生が口元を引き攣らせた。
「な、なかなかきついこと言うわね」
「だってそうじゃないですか。意味もない、根拠もない音を得意げにさえずってるんですから、まさしく鳥頭ですよ」
「お、おおう……」
まだよく分からない、という顔をしているヴォルヤ君や、近くで話を聞いていたケモっ子にも、言い聞かせるつもりで口を開く。
「要するに、劣等種というのは下品な言葉なんです。そういう言葉を簡単に使ってしまうのは、彼らが何か不安を抱えていたり、もしくは誰かを羨ましいと思っていたりして、やりきれなくて、理不尽な八つ当たりをせずにはいられないから使うのです」
「つまり……かわいそーな人たちってこと?」
「そうです。例えばファニール君は、美味しいものを食べてる時に誰かを攻撃したいって思う?」
「うーん……? 食べるのに必死で、思わない」
「ルシアちゃんは、テストで100点をとったり、友達同士で楽しく遊んでいる時に、誰かを泣かせたいって思う?」
「思わないです!」
これらの話を聞いて、なんじゃそりゃ?という顔をしたヴォルヤ君は、はたと気がついた顔をした。
「そっか……。それをしてるってことは、あいつらは何かが足りなくて、変なことしちゃってるんだ」
「ええ、そうだと思います。それがご飯なのか、友達なのか、愛情なのかは知ったこっちゃないですけどね」
「し、知ったこっちゃない……」
私の説明を途中までふんふんと聞いていたレイ先生と学園長が盛大にずっこけた。
「私が守りたいと思って、守れる人は限られていますから。……目の前にいても、まだ誰も守れないのに」
私は拳を握った。
こんな状態で、敵対してくる子供のことまでは見ていられない。彼らが心から友情や協力を求めてくるのならば、別かもしれないが……。
はふうとため息をつくと、気を取り直すようにんっんーと咳払いしたレイ先生が口を開いた。
「んん……。話し合うべきことも多いと思うけれど、消灯時間も過ぎてるし、ひとまず今日はもう寮に戻りなさい」
「……そうじゃの。今日のことは職員会議でも注意喚起しておく。皆はもう寝なさい。……迎えも来ているようじゃしのう?」
「えっ?」
学園長の言葉に医務室の入口を見ると。
…………そこには、心配してか泣き腫らした顔をしたユレーナとマチルダ。
そしてケモっ子達を迎えに来たのだろう、フレッジ様率いる金狼族の子供達が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
今日、明日、明後日で冬期休暇前試験を終わらせようかなと画策しております。
よ、予定は未定ですが……!(*´д`*)ドキドキ
一日に複数回投稿する可能性があるので、閲覧の際はご注意くださいませ~!




