今の魔法、レイの魔法
適当な空き教室に入ってフルカスは深いため息をつく。
「じゃから今日の所は見学しておれって言ったんじゃが…………坊には今の魔法を見て、勉強してもらってから授業に加わってもらおうと思っておったんじゃが」
フルカスがチラッとレイを見ると、辛そうに体を寄りかかせてくるコスモスを心配そうにしていた。
「ちょっと診せて」
そう言ってカレアラがコスモスの顔に手をかざすと、淡い光で彼女を包んだ。すると、コスモスの顔から徐々に険が消えて、目をパチクリさせて元気に立った。
「治った」
「回復魔法? もしかしてカレアラさんって賢者なの?」
「賢者? …………ああ、そんな大層なものじゃないわよ。あれはあらゆる魔法を完璧に扱える人のことでしょ。私のように攻撃も回復も中途半端な人は〝バランサー〟って言うの」
「ありがとう」
コスモスに朗らかな笑顔でお礼を言われて、カレアラは気恥ずかしそうに「別にそれぐらい」とモゴモゴ口にした。
「ん、それより」
テレを誤魔化すためかカレアラが話題を強引に変えて、レイをジ~っと凝視する。
「さっきのは何? あんた一体何をやったのよ。太古の魔法使いはみんなあんなことができるの?」
「こっちだって色々知りたいよ。何でみんな呪文を使わす魔法が使えるの? 見たこともない魔法もあるし……もしかして、属性って地・水・火・風と光以外にもあるの?」
「少なっ!? 属性なんて細分化したらもういくつあるか分からないわよ。私は雷を主に使うし、あんたがさっきやられたのは音と重力よ」
「重力って何?」
「そこからか」
カレアラは呆れているが、自然科学の特色を利用した魔法は二百年ぐらい前から急速に発展したものだから、レイが知らなくてもしょうがない。
フルカスは白いあごひげをなでつけながら、「ふむ」と少し考え込む。
「それじゃ、少し特別授業でもしようかの」
三人を黒板の前の席に座らせ、フルカスは壇上に立つ。
「まずは現代の魔法について説明しよう。カレアラ、どうして今の魔法には呪文がないのじゃ?」
「それは魔法の最適化・効率化が進み、科学と自然現象を取り入れることで発動が容易になったからです。魔法使いは教わった魔法の現象をイメージし、適切な魔法力を込めることで魔法が使えます」
「その通りじゃ。じゃからまあ、戦闘での魔法の手数が増えるようになったし、同一の魔法は誰が使っても似たり寄ったりの威力と効果が現れるようになった。呪文がない分習得にかける時間が減ったし、他と差をつけるため、体を鍛えるようになったり武器を扱うようになったのじゃ」
「はぁ~変われば変わるものですね~」
感心しきりにレイは呟いた。
「武器に関しても開発が進みおった。魔法力を溜める技術の発展で…………まあ、これはいいかの」
黒板に書こうとしていたのを止め、フルカスは字を消した。
「坊の時代と違う所をまとめると『呪文を必要としなくなった』、『魔法の効果は一定になった』、『属性の種類が増えた』、『魔法使いの武器の多様化』……と、こんなもんかの? ワシも変化の中にいたから、あらためて昔と今の何が違うのか考えてもすぐには出てこん」
そして、フルカスは次にカレアラに向けて話し出す。
「さて、坊の魔法について説明しようかの」
いよいよカレアラにとっての本題になり、彼女は少し前のめりで構える。
「まず、太古の魔法使いがみんな坊みたいなことができるかという問いの答えは、ノーじゃ」
『え~!?』
カレアラとレイの驚きの声がかぶった。
「って、何であんたまで驚くのよ」
ツッコミが入るが、フルカスが「いやいや」とカレアラを手でなだめる。
「坊が驚くのも無理はない。昔の世界は狭かったのじゃ。今なら星の反対側で起きたことや、天界や魔界でのこともネットですぐに知れるが昔はそうはいかん。生まれた土地から動かず一生を終えるのが当然じゃった。じゃから他の魔法使いに何が出来るのか分からないし、自分が出来ることは他の魔法使いにも出来るだろうと考えても不思議ではない」
「お城に仕えているような有名な魔法使いの噂とかなら聞いたことがあるけど、実際に会ったことがある魔法使いは四・五人だよ」
「そうなんだ」
カレアラも納得して、昔の生活様式はそれぐらいで本題に戻る。
「坊が特別なのは、魔法力のコントロールが完璧な所じゃ」
そう言われてもよく分からず、カレアラは首をひねる。
「つまりじゃ、坊は魔法のエネルギー源である魔法力を手足のように自由自在に扱えるのじゃ。先程の魔法を例にして説明するが、魔法にガンガン魔法力を詰め込み詰め込み圧縮して、見た目には弱いがとんでもない威力にさせたのじゃ」
のっけから現代の常識(『魔法の効果は一定』)を覆すもので、カレアラはしばしフリーズした。
「…………え? 何でわざわざそんな見た目と中身を変えたの? 普通に見た目も強力な魔法を使えばよかったじゃない」
「そしたら、たぶんあの人は避けたと思うよ。かなり素早い人だったから」
「それはおそらく正解じゃ。リュサックはA組でも身体能力がトップじゃからな。回避率が高すぎてほとんど魔法を喰らったことがない。あやつが魔法に当たっているところなんて久しぶりに見たわ」
二人は簡単に話しているが、魔法の威力を変えるのはアレンジの中でも高等技術で、よっぽどその魔法に熟知していなければできないのだ。そんな面倒な時間をかけるぐらいなら、威力の違う魔法を覚えた方が早い。
(だから、見た目と中身は比例するのが当たり前よ! リュサックでも誰でも読み違えるわよ!)
とは、声に出して言いたくなかった。何か……遠回しにレイを褒めているような気がするからだ。
「リュサックの水系魔法を使った打撃は、相手の体内の水分を利用して体の芯まで響かせ内臓にダメージを与える浸透系の攻撃じゃ。盾だろうが鎧だろうが関係ないからきつかったじゃろ?」
「う~……だから後から効いてきたんだ」
フルカスに教えられ、コスモスは痛みを思い出して、顔をしかめてお腹を撫でる。
レイは横からの強い視線に気づいてカレアラの方を向くと、念が込められて物理的な圧力まで感じるような圧迫感があった。
「な、何かな?」
若干怖気づきながら尋ねる。
「…………あんたって、もしかして強いの?」
「強くはなかろうよ。ステータスが示している通り、カレアラだって勝てるはずじゃ。魔法を使われる前に接近し、レバーを狙って拳で一撃。おそらくのたうち回るぞ」
フルカスが右拳を下から突き上げるようなジェスチャーで説明し、その様を想像したらしいレイは青い顔をして聞いていた。
(確かに呪文を唱えるなんて悠長なこと、黙って見過ごすこともないわよね)
戦ったら勝てると確信して「うん」と一つ頷き、先程とは違う柔らかな声を出す。
「ドラゴン娘やフィリオラ会長にやった光の球は何なの?」
「ああ、あれ。あれが僕の魔法力だよ。フィリオラは使用中の魔法にいきなり外から魔法力が加算されて、制御し切れずにスピードが上がったんだ。コスモスに上げたのはそれより小さめで、上手く力に変えていたけどね」
レイに褒められ、コスモスは嬉しそうに頬を染めて微笑む。
「他人に魔法力を分けたの!? そんなことが――」
レイのキョトンとした顔を見て、カレアラは言葉を切った。できるのだ、彼は。そして、それはレイにとって「普通」のことだ。
カレアラは勢いよく立ち上がり、胸元に手を当ててレイに真摯な瞳を向ける。
「私にも分けてもらえる!?」
「それは別にいいけど…………カレアラさんは魔法よりも剣の方が向いていると思うけど」
「魔法使いじゃなきゃ意味が無いの!」
声を荒げたカレアラは俯き、胸元から下ろした手をギュッと握りこむ。
「魔法使いに、なりたいの」
「……分かった。僕でよければ手伝うよ」
レイの返答を聞いて、弾かれたようにカレアラは顔を上げた。
「ホントに!?」
「うん。でも、すぐには上手く使えないと思うよ。どれだけカレアラさんが頑張れるかにかかってくると思う」
「ありがと、レイ」
嬉しさからカレアラは、晴れやかな顔でレイの両手をギュッと握った。それを見て、コスモスは彼の肩に両手を乗せ、ニュッと肩口から顔を出す。
「コスモスも手伝う」
ちょっとムッとしたその表情は、警戒心の棘が飛んでいた。
フルカスは白いあごひげをなでながら、微笑ましそうに三人を眺めている。
「ふふふ、本当にロッド家の魔法使いという奴は――」
その頃、保健室に運ばれたリュサックはベッドから飛び起きた。が、すぐに痛みに呻いて頭を押さえた。
「いきなり動くからですわ」
声の方に視線をやれば、丸椅子に座ったミスリムがいた。
「ここはどこだ」
「保健室ですわ。突っかかって返り討ちにあうなんて……無様ですわね」
いつもならミスリムの言葉に反応して言い合いが始まるのだが、リュサックは今それどころではない。懸命に記憶を探っている。
「どうして俺はここで寝ている」
「……わたくし、ずっと見ていましたの。あのレイ=ロッドという転入生を」
ミスリムは話すのを躊躇した。だが、説明を求めるリュサックの視線に促され、口を開いた。
「彼のやっていることの何一つ理解できませんでしたわ。なぜホウキに乗って空を飛べるのか。コスモスさんに何をしたのか。どうして呪文を唱えるのか。あの魔法の威力は何なのか。そして、どうしてあの魔法の渦中にいて無傷だったのか――」
一旦話を切って、ハッキリリュサックに告げる。
「分かったことは、彼がベスター先生を倒した転入生だということ」
「なに!?」
ミスリムが立ち上がってカーテンを引き開けた。それだけで説明は不要だった。窓から見えるグラウンド。そこに二つ目のクレーターが出来ていた。
「あなたも、アレにやられたのです」
衝撃を受け、リュサックはしばし放心した。まさか、あんな歪なステータスの相手に自分のみならずベスター教師がやられたなんて……。
「奴は、一体何者なんだ」
答えが返ってくるはずのない質問に、返答があった。
「ロッドだ」
二人が声に振り向くと、ドアの所に白い翼を持つ男子生徒が立っていた。長い金髪に精悍な顔つき、そして碧眼は意思を宿して力強く光っている。
「イリアル」
「おまえ……何か知っているのか!?」
二人のクラスメイトであるイリアルは静かに頷き、近づく。
「私も聞き及んでいただけで、まさか本当にロッド家の魔法使いが実在しているとは思わなかった」
「何か特別な一族なんですの?」
「…………教えてもいい。だが、聞くならば私に協力してもらうぞ」
その交換条件に、二人はアッサリと頷いた。
そしてイリアルは端的に印象付けた。
「ロッド家の魔法使いという奴は――」
「優しい良い魔法使いじゃな」
「最悪の悪い魔法使いだ」
別の場所で、正反対の評価がなされていた。
レイとカレアラの魔法使いとしての方針が決まりましたね。レイはカレアラを助け、カレアラは協力を得て更なるレベルアップを目指す。起承転結での起が終わりました。
次からは中だるみをしないよう、プロローグで置いたチェックポイントを通過しながらストーリーを進めていかなくては。
それでは、なるべく早く更新できるよう頑張ります。